・開拓9日目 溶鉱炉と畑 1/2
朝、身を起こすと香ばしいパンの匂いがした。
目を開けると寝そべったクラウジヤがこちらを見ていて、どういうわけかうろたていた。
「うっ……」
「おはよう。なんかいい匂いがするね」
「う、うむ……。ピオニーが、パンを焼いておる……」
「おはようです、ノアちゃん」
ベッドから身を起こして暖炉の前のピオニーに寄った。
パン生地をスキレットで焼いているようだ。パンというよりパンケーキみたいな感じだ。
「そういえば小麦粉、結局使ってなかったね」
「へへへー。実は昨日、こっそり用意しておいたですよー」
「結局、あの後眠れんでな……。ノアが寝ている間に、仕込みをしたのじゃ……」
「全然気づかなかった」
「熟睡しておったからな……。隣で、ワシが寝ておるというのに……」
「ノアちゃんは、そういうやつなのですよー」
適当に受け答えて、俺はドワーフたちを呼びに家を出た。
ところが彼らも匂いにつられてもう家を出ていて、途中でばったり行き会うことになった。
「パンを焼いたそうだよ。バターを使っていないから味は期待するなって言っているけど、間違いなく美味いだろうね」
軒先に戻ると、全員分のパンがテーブルに配膳されていた。
「バターの代わりにですねー、オイルとお砂糖を使ったのですよー」
「あと、そこに炒った大豆を加えたのじゃ! 炒ったのはワシじゃぞ!」
パンは甘かった。メチャメチャに甘かった。
中には香ばしい大豆が入っていて、それを主食に塩辛いハムをかじると、朝っぱらから優雅な気分に慣れた。
朝食が済むと、溶鉱炉制作のプロジェクトが始まった。
これにはクラウジヤも加わることになったので、今日はピオニーと2人だけの作業だ。
「いつの間に、倉庫大きくしちゃったですか……。病み上がりなの、忘れてるですよ……?」
「君らがプールから出てこないから暇だったんだよ。それじゃ石材を集めてくる。その後はミミズ集めかな。終わるまでピオニーは自由に動いていいよ」
「そうですかー? 応援、いらないですかー?」
「パンを焼いておいてよ。お昼もまた食べたい」
「おおっ、そうですかっ! あまーく、しますねー♪」
「いや、それはほどほどにしてれると……」
「いえいえ遠慮なさらず。あまーく、しておくですよーっ♪」
「……任せたよ」
小麦粉と砂糖、そして油の組み合わせは最強だ。
この組み合わせで不味くさせる方がきっと難しい。ただこれはパンと呼ぶよりも、お菓子と呼んだ方が正しいのかもしれない。
「じゃ、また後でね」
「ノアちゃん、最初に言っておくです。ピオニーはたぶん、つまみ食いしちゃうです……」
言わなきゃバレないのになぜ言うのか。
「ちょっとならいいよ」
「ちょっとじゃ済まないかもです!」
「じゃあほどほどにね」
「はいです! いっぱい焼いて、ほどほどにむさぼるですよーっ!」
そういうわけで石切場に場所を移して石材の採集をした。
ちょうど100集めて、倉庫に引き返すとオブジェクト置き換えの力で、土部分を石に変えた。
これでモンスターに襲撃されても備蓄を奪われることはない。
「おお、立派じゃのぅ」
「クラウジヤ」
「ん、どうしたのじゃ?」
「食べかすが口に付いてるよ」
「な……っ?! 何もつまみ食いしておらんぞ、ワシはーっ!」
「ま、あんなにいい匂いがしてたら、つまみ食いくらいするよね。溶鉱炉の方はどう?」
「今設計をしておる。ノアのこの石材があれば、良い炉が作れるじゃろう」
「ならピオニーに余った石材を渡しておくよ」
「おお、そうじゃな。そうしておいてくれると助かる」
ピオニーのところに行って、おやつを貰っていつもの丘のその向こうに場所を移した。
ミミズは地表の浅いところにいる。なので浅い部分だけを狙ってツルハシを振ってゆくと、狙い通りの結果になった。
ミミズ、それにモグラちゃんがインベントリに収まって、振れば振るほどに魔法の畑の材料が集まっていった。
「ふぅ……っ。さて、どれくらい集まったかな……ん?」
お昼前までせっせと採集した。
ドワーフたちのこの先増えるならば、畑はもっと用意しておかなければならない。
ところがインベントリを確認すると、そこに予定外の物が増えていた。
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【インベントリ】
荒野の土 ×445 /9999999
→ ×607
大理石 ×27 /9999999
プールの残り水×10 /9999999
→ ×0(プールに戻した)
ミミズ ×58 /9999
→ ×123
モグラ ×9 /9999 new!
芋(野生種) ×33 /9999
→ ×47
??????の魂 ×1 /?
体毛 ×1 /9999
→ ×0(もちろん捨てた!)
汗 ×1 /9999
→ ×0(正直、キツかった……)
ミスリルソード+2
→ ×1 /9999 new!
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モグラの方じゃない。ミスリルソードとやらだ。
インベントリから取り出してみると、それは青白い刀身を持った美しい剣だった。
「ちょっと重いな……」
「は、はわっ?!」
「うわっ!?」
「大変ですノアちゃんっ!! モグラさんがっ、モグラさんがノアちゃんの中にいるですよーっ!」
パンを焼くのに飽きたのだろうか、インベントリを背中越しにピオニーがのぞいていて、大声を出すものだから驚かされた。
「いや、モグラはどうでも――」
「どうでもよくないですよーっ。そうですねそうですねー、うちも余裕が出てきましたし、飼いましょう」
「却下」
「えーーっ?!」
「モグラだけはダメ」
「そんな……。しゅーん……」
「それよりこっちの剣の方に驚いてほしいんだけど……?」
「はわっ、なんですかそれっ、綺麗!」
何も言わずに彼女へと剣を手渡した。
「俺には大きいからピオニーが使うといいよ」
「本当ですかーっ!? こんなに強そうな剣……ピオニーが貰っちゃっていいですかー!?」
「いいよ」
ミスリルソードを受け取ると、ピオニーはゴソゴソと始めた。
やがてピオニーの腰の剣が青白い色合いに変わると、銀色のカクカクした剣が俺に差し出された。
「そんなやさしいノアちゃんにはー、この銀ピカのよくわかんない剣あげるですよー」
「気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ」
「えーっ!?」
「見るからに使いにくそうだし、怪我しそう……」
「そんなこと言わないで貰って下さいよーっ!」
「そう言われても……おっ」
銀の剣(ドット絵)が俺の手に押し付けられると、なんとそれが三次元の美しい銀の剣に変わった。
これならば悪くない。ボロボロのサーベルよりもこちらの方がしっかりしているように見えた。
「不思議ですねー♪」
「不思議なのは君だと思うけどね。これなら使えそうだ、やっぱり貰うことにするよ」
「はい、どうぞどうぞ♪ あっ、モグラさんは貰っておくですよ!」
「ならピオニーの持ってる石材と交換かな。インベントリ枠――あれ?」
「えっへんっ! 実はですね、ノアちゃん! 後から気づいたんですけど、枠がなんと2つに増えたのですよーっ!」
「なら問題ないね。捨ててきて」
「えーーっ、もうちょっと驚いて下さいよーっ?」
「いいからモグラを放してきて。それが終わったら畑を設置しよう」
「あっあっ、それピオニーがやります! 待ってて下さいね、ノアちゃんっ!」
ピオニーが荒野の彼方から戻るまで、少し休憩して待った。
次はどんな作物が生まれるのだろう。できれば癖の強いやつじゃなければいいのだけど……。




