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・開拓8日目 ノア・ウィンザーラッド死す

 それは奇妙な夢だった。

 夢の中の俺はノア・ウィンザーラッドではない別人で、常にある大きな悩みを抱えていた。


「足リナイ……」


 それは底無しの飢えだった。

 食べても食べても満たされることのない空腹がその者を苦しめ、どれだけ腹を満たそうとも腹の中はいつだって空っぽのままだった。


 あまりのひもじさに涙を流しても救われることはない。

 それでもいつか満たされると信じて、その者はただ空腹を満たすために喰らっていった。


 最初は肉。動くもの全てを喰らった。

 その次は草。ありとあらゆる樹木を喰らった。

 次は水。海を底まで涸らしても満たされることはなかった。


 土、石、鉄、溶岩。何を食べても満たされない。


「ナイ……」


 地を喰らい、天を喰らった。


「ナニモ……ナイ……」


 気づくとその者の周囲には、底無しの闇だけが残された。

 何もない。その世界には何もない。


「ア……」


 けれどたった1つだけ、食べていないものがあったことに気づいた。


「最初カラ、コウシテオケバ、ヨカッタノカ……」


 最期に彼は『何も無い』を食べて世界から消えた。



 ・



「まずいぞ、さっきより熱が上がっておる……」

「ど、どうしましょう……っ。えと、えと……冷やす物、冷やす物……。ぅぅーっ、ノアちゃん……っ」


 誰かに呼ばれたような気がしてハッと悪夢から目を覚ますと、身体が全く動かなかった……。

 暖炉の赤い光の中、やけにうろたえたピオニーと焦ったクラウジヤの姿がぼんやりと浮かんでいる。


「何……?」

「ノアちゃんっ! よかったのですっ、意識が戻ったですね……っ!」


「意識……? 何を……言って……」

「ずっと、うなされていたですよっ。それに、お熱が、しゅごく熱くて……」


「あ……。そう、言われてみれば……なんか、苦しい……。あれ……なんか、頭が、朦朧として……」

「えーっ、気づくのが遅いのですよーっ?!」


 何がどうしてこうなったのかわからないけれど、目覚めると最悪の体調不良が俺を待っていた。

 高熱に過去体験したことのない虚脱感、咳はないがとんでもなく息苦しくて、苦しいまま呼吸が戻らない。


 世界がぐわんぐわんと歪んでいて、これは幻聴なのか、家の中なのに風の音まで聞こえている……。

 あ、ヤバい……。これ、もしかしたら……最悪は死ぬかも……。


「ぬぅ、これはまずいな……」

「なんですかー、朝ご飯の話ですかー?」


「そうではない。あっ、待て、これ以上ノアには触るな!」

「ほへ……?」


 思考回路までグチャグチャなので論理的には言えないけれど、俺もそれが正しいような気がした。


「ピオニー、壷に石炭を入れてこちらに持ってきてくれ。明かりが必要じゃ」

「わかったですけど……なんでですかー?」


「ワシの知っている症状に似ておる。まずい病気かもしれん……」

「え……」


 ピオニーは動揺しながらも要求に従った。

 石炭の炎が近付けられて、その明かりが俺の皮膚に起きた奇妙な症状を暴いた。


「え……。えっ……えっ……」

「はは……これ、聞いたこと、あるよ……。これ、あれだ、あれ……なんだっけ……」

「なんてことじゃ……。これは、このテラ・アウクストリスの風土病の1つじゃ。ワシらドワーフの大半は免疫を持っておるが、ヒューマンはとかくこれに弱い」


 名前は思い出せないけれど、その病気の生還率は2割だったはずだ。

 その病気は腫れ方が独特で、毛細血管が皮膚の上に浮き上がるように腫れる。


「ノアちゃん……治りますよね……?」

「わからん……。ともかくピオニーは離れておれ、この部屋にはもう、入らぬ方がいい……」


「え……」


 意識がもったのはそこまでだった。

 また深い眠気が俺を飲み込んで、底無しの悪夢へと俺を誘っていた。



 ・



・ピオニー


 お昼。ご飯を食べるとドワーフさんたちが採集に出かけて、私はまた独りぼっちになったです。

 クラウちゃんは私をお家に入れてくれなくて、今夜の私は1人で2階で過ごさなきゃいけないらしいです。


「クラウちゃん、中に入ってもいいですか……?」

「ダメじゃ」


「でも、ノアちゃんの寝顔だけでも……」

「諦めよ」


「でもっ、でもでもっ、私は人間じゃないので大丈夫なのですよっ!」

「免疫を持つドワーフでないのが問題なのじゃ。もしピオニーに伝染ったらノアが気に病むぞ」


「ぅ、ぅぅ……。わかったです……」


 ノアちゃんとクラウちゃんが動けない間、私は私の仕事をしたです。

 畑の管理をして、お水を蒸留して、玉石の道を整理して、それからあっちこちブラブラしたり、ぼんやりしたです……。


 昨日までは毎日があっという間だったのに、いつまでもいつまでもお昼が終わらなかったです。

 あんなに楽しかった毎日が、こんな簡単に変わっちゃうなんて……知らなかったです……。


 夕方になると、知らないうちにご飯がもう完成していたです。

 せめてご飯だけでもノアちゃんに食べてもらいたくて、そう思ってたら手が勝手に動いて……。


「あ……クラウちゃん!」


 そんな時、お家の白い扉が開いてクラウちゃんが出てきたです。

 クラウちゃんはどうしてかお返事をくれなかったです……。


「ピオニー、中へ入ってくれ……」

「もしかしてノアちゃん、治ったですか……?」


「いや……。ノアが別れを告げたいと、言っておる……」

「そんな、大げさですよ、ノアちゃん。そんな、そんなはずないですよ……?」


「諦めよ」

「そ、そんなのダメです! そんなこと、急に……言われても……」


「もう無理なのじゃ。ノアは……もう……」


 なんで……。

 なんで、こんな、簡単に、壊れるですか……?


 なんで、なんで、なんで、昨日までずっと、楽しかったのに、なんで……。


「ピオニー……」

「ノアちゃん……? 死んじゃうなんて、嘘ですよね……? そんなの、そんなのおかしいですよ……? ノアちゃんは、神様みたいな力、持ってるのに、なんで、なんで……なんで……」


「今日までありがとう……君のおかげで、寂しくなかった……。新大陸、きた、とき……本当は、寂しくて……悔しくて……でも、君のおかげで、幸せだった……」

「そんな素直なノアちゃん変ですよ……。ノアちゃんはもっと、おへそが曲がってるですよ……? そんな、お別れみたいな……こと、言っちゃヤダ……」


「ごめん……俺はもう助からない……。死ぬんだ」

「死、死ぬわけ……ノアちゃん、死ぬわけないです……」


「ごめんね……」

「そんな……そんなはず、ないです……こんなの、変です……」


「今日まで楽しかった……。思えばあの日、俺……本当に君に、一目惚れをしていたのかも……」


 何がなんだかわからなくて、私はお家を飛び出した。

 でも真っ暗になって、お腹が空いて戻ってきたら、みんなが私を迎えてくれた。


 ノアちゃんに望まれて生まれた私なのに、ノアちゃんが消えたら私はどうなっちゃうですか……。

 ノアちゃんがいない世界で、私たちはどうすればいいのですか……。


 だけど……。


「ピオニー、ノアから伝言じゃ」

「伝言……? なんで、そんな顔で言うですか……? ピオニーは、聞くのが怖いのです……」


「もうノアは喋れない、だからワシが代わりに言う。『ピオニー、もし生まれ変わったら君の子供に産まれたい。俺は君たちとずっと一緒にいたかった』……そう言い残した」

「ぇ……ノア、ちゃん……?」


「ノアは死んだ。今日からワシらがそなたの新しい家族じゃ」


 ノアちゃんが死んだ。

 家の中に入ろうとしても、クラウちゃんは私にしがみついて離してくれなかった。


 ノアちゃんが死んだ。

 私を作ったノアちゃんが死んだ。

 私は……私は、私の姿を保てなくなっていた……。


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