・開拓7日目 ハク・ジージャ
「へ……? ハク……ハク・ジージャ?」
「いやなぜそこで区切るし……。白磁だよ、白磁」
「美しいな……。見ろ、つるつるしておる……なんと優美な玄関じゃろうか」
「スリスリ……おぉぉー、これ、玄関にしておくには、おしいやつですよー」
「いや玄関以外の何物でもないだろ」
白く光沢のある材質も驚きだったが、むしろ俺は設置による挙動の方に興味が向いた。
1×1のスペースしかない場所に、2×1サイズの扉が設置されたことで、押し出された荒野の土が光となって俺の中に消えていった。
見ると白磁の扉には鉄製のドアノブが付いており、よく見るとそこに鍵のような物が突き刺さっていた。
「なんですかー、それ?」
「驚いた、これって最初から鍵付きみたいだよ」
ドアノブを回して引くと、扉はきしみ1つなく開かれた。
陶器製にしてはやけに重く感じることになったけれど、扉はそれも当然の分厚さだった。
厚みを見てみるとなんと10cmほどもある。陶器にあるまじきとんでもない厚みだった。
もう一度閉めて、鍵を回して抜くと今度はがっちりと施錠された。
「あ、開かないです!」
「ピオニーは時々アホの子じゃの……。そりゃそうじゃろ」
鍵をピオニーに差し出すと、彼女はドアノブの鍵穴にそれを挿してクルリと回した。金属の冷たい音がして、ピオニーがノブを引くと扉がゆっくりと開かれていった。
「あ、開きました!!」
「そりゃそうだ」
「むふーっ♪」
「ツヤツヤの見た目も素晴らしいが、材質も素晴らしいな。何せ陶器製でこの厚みじゃぞ? これはかなり頑丈そうに見える!」
頑丈と結論を出すには早いけれど、陶器が壊れやすいのは薄くしか焼けないのが一因だ。
けれどクラフトで作られたこの扉にそんな事情はない。真まで焼けているとするなら、扉としての強度を期待していい。
「ではでは、ご飯のところの扉も新しくしちゃいますねー。わっわっ、やりましたよ、ノアちゃんっ、ピンクです、ピンクになりました!」
「……それ、撤去しない?」
テラスに通じる出入り口にピンク色の扉が現れて、ピオニーの手により開かれた。
扉から明るい午前の日差しが家の中に入り込んで、いつもよりも家が明るかった。
「えへへー、私に任せたのはノアちゃんですよー? ここは、ピンクの扉になると最初から決まってたのです」
「別にいいではないか。水と蓮のテーブルに、花のベッド。扉がピンクになったところで大してかわらん」
「そうかな……」
「そうですよー。残り3つは、どこに置くですか?」
「2階の部屋のこと忘れてない?」
「おおっ、すっかり忘れてました!」
「ドワーフの家にも頼む。帰ってきたところに扉が増えていたらみんな喜ぶじゃろうて」
そう言われて不足に気づいた。
ドワーフの家には個室がある。せっかくだからその全てに扉を設置したい。
そうなると残り3つどころでは足りない。そこで俺はインベントリをまた表示させて、クラフト画面から『陶器の扉×10』を作成した。
「ピオニーは2階と倉庫に設置をお願い。クラウジヤ、ドワーフの家に行くよ」
「あいさーっ! これで倉庫にも使いやすくなりますねーっ!」
「今日はあそこの増築もしないとね」
ピオニーと手分けして、俺はクラウジヤの手を引いてドワーフの家に向かった。
手と手が触れると純情な彼女はビクリと震えたけれど、気にせずに手を引いていった。
「ノア……」
「何?」
「こんなガサツな女に、そんなことしなくていい……」
「そう言われてもこれが俺の自然体なんだ」
クラウジヤが整備した玉石の道を歩いて、ドワーフの家に向かった。
「さ、着いた。どんどん中に配置するよ」
「ワシなんぞエスコートしてどうする……。そなたは変なやつじゃ……」
「よく言われるよ」
ドワーフの家の各部屋に色とりどりの扉を設置すると、たったそれだけで文化レベルが大きく上がったように見えるというか、自己満足感あふれる嬉しい見た目がそこに生まれた。
「どう?」
「うん、よいな……。ワシもここに住みたいくらいじゃ」
「当面は俺たちと一緒だからそれは難しいね」
「うむ……そこは1人で寂しい生活をするより、そなたたちと一緒の方がずっといい」
「同感。君といると楽しいよ」
「ぅ……っ」
ふと思うところがあって、倉庫への通路を荒野の土で塞いだ。
それから玄関、それに加えて家の裏から倉庫に繋がるように新たな扉を設置した。
「あっあっ、それいいですねっ! そっちの方が、倉庫のお隣のお部屋の人も、嬉しいと思います!」
「扉があると全く違うのぅ! ふふ、仲間が帰ってくるのが楽しみじゃ!」
こうして全ての扉が設置されると、間に合わせの家だったものは本物の家となった。
やっぱりちょっと重いけど、その分厚さが頼もしい。
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■ 個 ■ 個 ■ 倉 ■
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■ | 個 ■
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■ 居 間 ■■■■■
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■ | 個 ■
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「あ、あれ……?」
「ん、ノア、どうしたかしたか?」
ところがそこまでやり切ると、途端に世界がぐらりと揺れ始めた。
「ノアッ?! おい、ノアッ!」
「ノアちゃん、どうしたですかっ!?」
どうしたといわれてもよくわからない……。
急に平衡感覚が狂って、そのまま前のめりに倒れかかったところで、クラウジヤが飛びつくように俺を支えてくれた。
遅れてピオニーもくっついてきて――だけど肌の感覚が希薄で、今はほとんど何も感じない……。
「今日中に倉庫、広げて……井戸、作らなきゃ……」
そう言ったつもりだったのだけど、腹に力が入らなくてまともな言葉になっていなかったみたいだ。
「クラウちゃん、ノアちゃんをお家に運びましょう!」
「ならば運搬はワシに任せよ、ピオニーはベッドメイクと飲み水を!」
「ノアちゃん、しっかりして、ノアちゃん!」
情けないことだけど、今は指先1本すら動かすのが億劫だった。
俺はクラウジヤに抱き抱えられて、ピオニーの準備したベッドへと運ばれていった。




