・開拓6日目 6×6 → 9×9の分厚く大きな土の家 - 石化の腕 -
「何してるですか?」
「触ると変わるのかなと思ったんだけど、変わらないみたい……」
「ちょっと見せてみるですよ。えとえと……」
いつものことと言えばいつものことだけど、またピオニーは俺のインベントリ画面を勝手に操作しだした。
「もういいよ、諦めてぶっ壊すことにする」
「ダメですよー。せっかく神様がくれたノアちゃんのための加護なんですから、使いこなさないと罰が当たりますよ」
「その件については反論したいね。その加護というシステムのせいで、どれだけの人生が神にもてあそばれたのだろう。こんな恩恵、最初からなかった方がよかったんじゃないかと、時々そう思わずにはいられないよ」
「そんなことはありません。この力のおかげで、クラウちゃんもドワーフちゃんも助けられたですよ?」
「まあ……それはそうだけど、でも……」
弟のイーサンが歪んだのは、俺がSクラスの加護を持っていると判明してからだ。それまではやさしい弟だった。
「それにー、私だってノアちゃんに――あ、ありましたっ、ありましたよっ、きっとこれですよっ……ぽちっとな」
「ちょっと待ってっ、何を押したの!? 何かボタンを押すなら先に確認――うわぁっ?!」
ピオニーがパネルを操作してまもなくして、目前の壁が突然に土から石に変わった。
俺が触れていたキューブを中心に、3×3が土から石へと変換されて、光が俺と壁を行き来した。
「わぁぁぁーっ、まるで魔法みたいですねーっ♪ あっ、早く早くっ、別のところも触ってみて下さいっ!」
「それはいいけど、君こそこれ……どうやったの……?」
「それはですねー、えっへんっ。画面のここを押したですよー」
「どこ?」
「ギャーッ、その手でピオニーを触っちゃダメですーっっ!!」
振り返ってパネルに手を伸ばすと、ピオニーが一目散に逃げ出した。
ピッタリと壁に張り付いたその姿は、まるで街角に描かれた落書きのようだ。
「ピオニーはキューブじゃないから、石にはならないと思うけど」
「そ、そうかもしれないですけど……。さ、触ったのが石になったのを見ちゃうと、ど、どうしても、ガクブルです……」
インベントリ画面を確認すると、石材の項目が選ばれた状態だった。
見るとそこに新しい項目が増えていて、『オブジェクト置き換えモード』というのがONになっていた。
「ふーん……ならピオニーで実験してもいい?」
「ピィッ?!」
「ごめん、軽い冗談のつもりだった」
「ノアちゃん……っ、ノアちゃんは、ピオニーのヘタレっぷりを甘く見てるですよっ! おしっこ、ちびるかと、思ったですよぉ……」
「ごめん、それは勘弁して」
「だったらこっちくるなですよっ」
「わかった。だけどピオニーのおかげで大発見だよ。ほら、見てて!」
土台から壁、天井まで全ての段が石材に置き換わるように、西の壁に手を置いてなぞった。
「わぁ……っ!!」
左上段から右上段、右下段から左下段へと1往復だ。次々と光が俺と壁を行き来して、ものの5秒足らずで工事が完了した。
これは楽しい。激しい光の行き来がとても幻想的で、とても楽しい!
「綺麗ですねっ、光がぶわぁーって入ったり出たりしてっ、ノアちゃんは神様みたいですっ!」
「……確かに。確かにこれって、神の領域なのかも」
地形を易々と変える力は、大げさに言ってしまえば天地創造の力と言えなくもない。その気になれば世界すら変えられるのだから。
「あ、置き換えモードとやらはもう切ったから、逃げなくても大丈夫だよ。脅かしてごめんね」
「ノアちゃん、本当に反省してますか……?」
「逆の立場だったら、相当におっかないだろうね。ごめん、反省してます」
「そうですかっ、それならいいですっ。はぁぁっ、よかったです……」
「これ、下手に外の人間に見せたら魔女狩りにでも遭いかねないね」
「まじょ……? ノアちゃん、やっぱり女の子だったのですか……?」
「やっぱり? やっぱりってなんだよ、やっぱりって……。違うに決まってるでしょ」
誤解を解こうとすると魔女と魔女狩りについて説明しなければならないので、そこは簡単な否定だけに止めた。
「あっ、でもでもっ、よく考えたらこの力! 模様替えとかし放題ですねっ!?」
「模様どころか建材そのものが変わっちゃうけど、まあ確かにそういう使い方も面白いね」
「そうなるとそうなっちゃうとっ、もっと色々、キューブになった建材がほしいですねーっ! お水とかで作った家とか、楽しそうです!」
「さすがにそれは無理じゃないかな……」
ピオニーの手を引いて外に出て、大きくなった我が家に俺は微笑みを浮かべた。
後は屋根だ。以前テラスを作ったときに使った階段を上って、ピオニーと俺は屋上に上がった。
「これ、広くした分だけ中が暗くなりそうだね」
「そうですねー。だったらノアちゃんの新しいクラフトに、窓とか増えてほしいですね」
「窓か、それはいい考えだ。道具と木材さえあれば、クラウジヤたちが作ってくれそうなものだけど……」
「あっ、クラウちゃん!」
後ろを振り返ると、クラウジヤが気持ちよさそうに風に髪をなびかせてこちらを見ていた。
「うむ、木工仕事もワシらに任せておけ。ワシらは少しでもここに貢献したい」
「じゃあ、その時はお願いするよ」
「窓作ってくれるですかっ!? それは楽しみですねっ、楽しみですよっ!」
「しかし、これは随分と楽しそうな仕事じゃな……。後はそこに屋根を作れば完成じゃろ?」
「はいっ、そうなのですよ! 私がパッと作っちゃいますので見てて下さいねーっ」
屋根を作るその作業は、キューブを使った建築において最も楽しい作業だ。
完成間近のパズルにピースをはめてゆくその感覚は、1つ1つが快感であり、完成までのカウントダウンだ。
「あれ、ノアちゃんはいいのですか?」
「いいよ、クラウジヤの前でいいところを見せるといいよ」
「そうですかっ。それでは、いくですよー」
ピオニーが俺のインベントリから荒野の土を引き出して、次々と足下に屋根をはめ込んでいった。
彼女は鼻歌を歌いながら満面の笑顔を浮かべている。
そんな楽しくてたまらない姿を見ているだけで、俺たちまでつられて微笑みがこぼれていた。
「最後のこれをはめて……はいっ、新しいお家の完成ですっ! クラウちゃんっ、どうでしたかー?」
「…………ずるいのじゃ」
「ずるい、ですかー?」
「なんて……なんて楽しそうな家造りなのじゃ……」
クラウジヤがぺたりと足下に座り込んで、つなぎ目一つない土の天井を撫でた。
こんなに羨ましがられるとは思わなかったな……。
「へへへ、そうでしょそうでしょー。楽しーんですよ、これっ」
「ぅぅ……っ、ずるいっずるいっずるいっっ、ワシもノアやピオニーみたいにこの四角いやつを並べたい! なんでワシだけがこの楽しい積み木遊びができんのじゃっ、こんなのずるいのじゃっ!」
俺が床の点検にキューブ1つ1つの上で飛び跳ねていると、クラウジヤも同じことをしてきた。
跳ねても全くびくともしない奇妙な天井の強度に、揺れる彼女の胸の中でますます羨望が膨れ上がるのが見えた。
「私も、クラウちゃんと一緒にお仕事したいです。そしたらもっと、もっと楽しいでしょうねー!」
「ノアッ、ワシもピオニーみたいに改造してくれ!」
「いや改造と言われても……」
「これを楽しめるなら、ワシはドットとやらになってもかまわんっ! 頼むノアッ!」
「あっあっ、それいいですねー。私からもお願いするです、クラウちゃんをドットに変えてあげて下さい!」
「君たち俺のことをなんだと思ってるの……」
どういう思考回路をしていたら、ドット化すればキューブを持てるようになるという発想になるのだろう。人間がドット絵になれると思うのだろう。理解できない。
「そなたはワシらに夢をくれる男じゃ!」
「だからきっとできますっ、いつかクラウちゃんを、私と同じ姿に改造してあげて下さい!」
「ごめん、ここはあえて荒っぽい言葉使うね……。できるかっっ!!」
立て続けにピオニーとクラウジヤの胸にツッコミを入れると、やわらかな感触が返ってきた。
ともあれこれで『9×9の分厚く大きな土の家』の完成だ。今夜は広くて快適な夜が約束されたも同然だった。
――――――――――――――――――――――
荒野の土 ×100 /9999999
→ ×69(建築に)
石材 ×153 /9999999
→ ×123(建築に)
石炭 ×20 /9999999
ミミズ ×40 /9999
芋(野生種) ×41 /9999
木綿生地 ×49 /9999
ハム ×48 /9999
干し魚 ×50 /9999
??????の魂 ×1 /?
――――――――――――――――――――――
■■■■ ■■■■■■■■■■■
■ ■
■ テラス
■ ■ ■
■ 家 ■
■ ■■■■■■■■
■ ■
■ ■
■■■■■■■■■
ちなみに荒野の土は結局かなり余った。
けれどこれは建材から畑まで万能の用途があるので、いくらあっても困ることはないだろう。
本日、コミカライズ版・超天才錬金術師1巻が発売しました。
ご購入をご検討くださると嬉しいです。




