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・開拓5日目(夜) 招かれざる客

「シッ、黙って」

「えー、どうしたですかー? お話に飽きちゃ――ムグゥッ?!」


 やっとのことで開拓地に戻ってきた頃には、既に暗闇が肌寒い荒野を支配していた。

 快晴の夜空には白く弓のように細い月が浮かび上がり、その青白く頼りない月光が蓮池にきらめいていなければ、自分たちの家さえ見つけられなかったかもしれない。


「ムゥ~ッ、ンムゥ~ッ……ぷえっ。もー、何するですかー、死ぬかと思ったですよ……?」

「だから静かに」


 そんな折り、厄介な問題が発生した。家の中からあるはずのない物音がしていたのだ。

 俺たちの絶対不可侵の空間に、何者かが断りもなく入り込んで、ガサガサと妖しく蠢いていた。


 獣か、モンスターか。盗賊、あるいはもっと得体の知れない新大陸の悪霊か。

 ……どちらにしろ、これはよくない展開だ。最悪は複数に囲まれて戦うことになるかもしれない。


 胸の中で恐怖、不安、怒りの感情が入り交じって、俺の背筋をゾクリと震わせた。


「ど、どうしましょう、ノアちゃん……。なんか、なんか中に、いるですよ……?」

「そうみたいだね。こんなことなら、一帯を石材で囲んでおくべきだったかな……」


「それいいですねっ、お城みたいで素敵ですっ」

「君はお城にこだわるね。……それに、この状況で他の話ができるだなんて、ピオニーは何気に剛胆だね」


「へへへ、そうですかー? 褒められちゃいましたー」

「それじゃ、ピオニーは遠くに下がっていて」


「えーーっ……私も一緒に行きますよ……?」

「目立つから邪魔」


「ガ、ガァァーン……」


 どんな獣もモンスターも盗賊も、こんな真夜中に動く絵なんて見たら悲鳴を上げて逃げ出すかもしれない。

 それはそれでいいのだけど、もし盗賊ならば盗品を奪い返すまで逃がすわけにはいかない。いつでも抜けるようにサーベルに手をかけた。


 本当は槍の方がずっと得意だ。

 だけど移民船への携行が許されたのは、この短いサーベルだけだった。


「戦うですか……?」

「最悪はそうなるね。……あの巨大ワニじゃなかったらいいんだけど」


 家が生臭くなっていそうだし。


「ひぃっ?! ピオニーたちを、ワニさんが追いかけてきたですか……っ!?」

「静かに。まあアレはアレで、皮とか肉が美味しそうではあるね」


「ノアちゃん……。ちっちゃいのに、たくましいですね……」

「ちっちゃいは余計だっていつも言ってるでしょ。じゃ、あの辺りで待ってて」


「気を付けて下さいね……?」

「心配されるほど俺は弱くないよ」


 今となってはバカみたいな話だけど、ついこの前までは武の名門の跡取りとして日々訓練を積んできた。

 さすがに戦争での実戦経験はないものの、家のコネで士官学校にも通っていた。……まあ、色々と問題児でもあったけれど。


「ハハハ…………ニョゴ……ンゴ……ンゴォ……」

「ォゴ……」

「ォゴォ……」


 我が家の壁まで忍び足で接近してみると、荒野の土で戸締まりをしたはずがその部分に、穴を開けられてしまっていた。それに加えて注意深く耳を澄ますと、中から微かな『声』が漏れていた。


 我が家に招かれざる客がいることはこれで確定だ。

 続けて俺は他に仲間はいないかとテラスの方に回り込んだり、軽く家の反対側の荒野を偵察してみた。


「これ、酷いな……。せっかくピオニーが楽しみにしていたのに……」


 今どうなっているのか気になって畑までやってくると、そこに青い果実が実っていた。

 さらに足下を照らせば熟した果実が食い捨てられていて、まあ要するに盛大な畑荒らしに遭ってしまっていた。


「あれ……。でもなんか変だな……?」


 違和感にもう少し観察してみると、作物の背の高い部分にだけ赤く熟したトマトが残っていた。

 そう、正体不明のツル植物の正体は新大陸名物のトマトだった。


「敵は背が低いのか……?」


 その疑問はこれから招かれざる客をとっちめれば、自ずとわかることなのでさほど重要ではない。

 俺は畑から家の前へと引き返した。


「ピオニー?」

「ノアちゃん……大変、大変ですっ。ほんとうに、お家に誰かいるですよ……っ」


「そうみたいだね。だから危ないから隠れていてって、さっき言ったつもりなんだけど」

「どうしましょっ、どうしましょっ……なんか、喋ってるですよ……っ、喋ってるのです……っ」


 ピオニーにはあれが言葉に聞こえたらしい。

 しかしそうなると変だ。作物の荒らし方はまるで獣のようなのに、それが喋るというのだから。


「ヒャッッ……?!」


 またそれに加えて、中の連中は投石の技能を持っているようだ。

 空を切って飛来した石つぶてを、俺はサーベルで弾き返した。


「おおっ、やるではないか!」


 すると俺たちの家から影が立ち上がり、勇ましく甲高い声を上げた。


「ちょっと、いきなり人に石を投げ付けるなんて酷くない? しかも全力投球、後少しで連れに当たるところだったよ」

「連れ……その呼び方は悪くないですねっ! 相棒感があってとってもいいですねっ!」


「大怪我をするところだったんだから、君はもう少し怒ろう」

「ひぇっ、そうだったんですかー!?」


「そうだよ」

「ほぅ……これはずいぶんと饒舌なゴブリンじゃな」


 闇の向こうからそんな一言が漏れた。

 ゴブリン、ゴブリンだそうだ。

 俺たちが楽しみにしていた収穫をあれだけ荒らしておいて、ソイツは人を矮小なゴブリン扱いした。


 おまけに人の家に勝手に上がり込んでやりたい放題。さらにはピオニーにまで怪我をさせようとした。

 ……許さん。


「誰がゴブリンだ!!」

「は、はわわわっ、ノ、ノアちゃんっ!?」


「せっかく穏便に済ませてやろうかと思っていたのに、もう許せない!! お前ら全員っ、グレイアークに突き出してやる!!」

「面白い! やれるものならやってみせろっ!!」


 家の奥から『ゴニョゴニョゴニョ』と声が聞こえた気もする。

 どことなく止めているようにも聞こえたけれど、ここまでされてもう止まれるはずもない。俺と生意気なソイツは、剣と鈍器を激突させる。


「バカめっ、そんな短い剣でワシの斧を受け止め――どわぁぁーーっっ?!!」

「……どうやら、バカはそっちだったようだね」


 重心が狂って派手にすっころんでいった敵を注視しつつ、俺はインベントリを確かめた。


―――――――――――――――――

 ブロードアクス+3  ×1 new!

―――――――――――――――――


 こちらの狙い通りの結果になってくれた。


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