・開拓3週間前 Sクラスの外れ加護
「勝負あったようだな。よくやったイーサン、父はお前が誇らしいぞ」
参ったな。人生どこで落とし穴が待ち構えているかなんてわからない。
俺の名はノア。ヴィンザーラッド辺境伯の長男だ。しかしたった今、弟のイーサンとの果たし合いに破れて、次期当主の座を弟に譲ることになっていた。
「ありがとうございます、お父上! これよりヴィンザーラッドの世継ぎとして、このチャランポランな兄の代わりに粉骨砕身して参ります!」
おい、イーサン、そこでチャランポランは余計だ……。
しかしマジで参った……。まさか弟に負けるだなんて、試合前までは全く予想すらしていなかった。
「ノア、お前には失望した」
「ぐっ……!?」
試合用のグレイブを取って立ち上がろうとすると、俺は実の父親に手のひらを踏み付けられた。
「ノア。思えばそんな貧相な体躯のお前に、我がヴィンザーラッド家の世継ぎの資格などあろうはずがなかったのだ」
「ハハハハ、Sクラスの加護持ちが聞いて呆れますな、兄上!」
4年に1度、貴族の血筋にある若者は聖霊からの選別を受ける。
5~8歳の間に1度。そして16~19歳の時にもう1度だ。
「加護を使いこなせない者に貴族の資格はない。約束通り、新大陸行きの船に乗ってもらおうか」
俺は今、その仕組みのあまりのおぞましさに言葉も出せずにいる。
俺たち貴族は幼少期に神殿へと連れて行かれる。そこで生まれ持った特別な才能『加護』の有無を調べられる。
ぶっちゃけ、ここで加護無しと判別されれば平民になるしかない。
そこは仕方がない。加護無しという酸っぱいブドウは取り除いて、次の世代に引き継がれないように間引きしなければならないのだ。
貴族の血筋に生まれたのに、加護を持たない可哀想な子供を増やさないためにも。それが残酷な仕組みであろうとも受け入れなければならなかった……。
「返事はどうした、ノア」
「返事? 返事はちょっと今出払ってますね……。はぁ、どうしたものか……」
「ふざけるな!! 返事はどうしたと、この父が聞いている!!」
「うぐっ……?!!」
俺の実の父親アイザック・ウィンザーラッドは、まるで葉巻でも消すようにグレイブごと俺の手をさらに重く踏み付けた。
「よろしければ、もう1度チャンスをさしあげてもいいですよ?」
「その必要はない。さあノアよ、新大陸行きの船に乗ってくれるな?」
「ははは……いや、ご冗談でしょ?」
俺の父は鬼だ。この国の国防を担う一族として、甘えを許さない教育を俺たちに施してきた。
まあ、俺は父上の望み通りのお堅い性格には育たなかったけれど。
「私が冗談を言ったことがあったか?」
「マジでないから困る……」
「兄上、恨むなら私ではなく、凡才に生まれたご自分を恨んで下さいよ」
「おお、そしてイーサン、お前は実に素晴らしかった。『剣豪』の加護による力と技の融合、確かに見届けた。これからもその加護に甘んじることなく、研鑽に努めよ」
「はっ、もちろんです、お父上!」
どうか聞いてくれ。俺は幼少期の選別で、戦闘系に属するSクラスの加護を持っていると診断された。対する弟のイーサンはAクラスだ。
父は希代の大器の誕生に舞い上がり、熊のように大柄な弟ではなく、女よりも小柄な俺に期待を寄せた。
具体的に加護の正体がわかるのは、16歳以降だ。
ところが先日、神殿におもむき聖霊の選別を受けてみれば、俺の加護は大外れも大外れだったことが判明した。
「立て。手を貸してやれ、イーサン」
「心底同情しますよ、兄上」
「いや、そのセリフをニタニタ笑いながら言われてもね……」
「これは失礼、クククッ……」
「イーサン、お前は悪趣味だ……。せめて笑うのを止めてよ」
「無理ですよ、とても笑わずにはいられませんよ! 10年に1度とまで呼ばれたSクラスの加護を持って生まれた男、我が兄、ノア・ウィンザーラッドッ! 兄上は英雄となるために生まれた選ばれし者でした。ところが――」
「おまけに性格も悪い……」
「聖霊の選別を受けてみれば、兄上は人生の谷底に真っ逆様! ああ、なんて可哀想な兄上なのでしょう……」
イーサンが単騎で局地戦を一変しえる力『剣豪』の加護に覚醒する一方、俺の加護は言葉にすらなっていなかった。
「ビ%ド&Yラフト」だそうだ……。
よくわからない専門用語で、神殿の連中はバグっていると表現していた。もちろん効果や使い方も不明のままだ。
「移民船の出港は来週だ。あちらで切り拓いた土地はお前の好きにするといい」
「まあせいぜいがんばって下さいね、兄上」
いや、いやいやいやいや、当主の座を諦めるのはよしとして、新大陸は嫌だ。あえて重ねて言おう、新大陸行きだけは絶対に嫌だ!
これなら普通に家から叩き出された方がマシだ。何があろうとも新大陸行きだけは避けたい!
「それなんだけどさ、どうしても行かなきゃダメかな? あそこに送られるくらいなら、まだ普通に勘当してくれた方がマシなんだけど……」
「お国に貢献できるではないですか」
「そういうのは趣味じゃない」
「まあいいではないですか。夢と希望にあふれる新大陸。常夏の陽光と南国の果実が実る、遥か西方に隠された楽園ですよ? ク、クククッ……」
「劇場も本屋も骨董屋も、公共風呂すらない楽園ね……」
世間では夢と希望にあふれる新天地ともてはやされているが、実際のところは棄民みたいなものだ。
俺みたいに用無しになった連中があちらに送り込まれて、過酷な自然環境の中、開拓する他に生きるすべがない状況に追い込まれる。
輸出品が移民者で、輸入品が新大陸の富って言えばわかりやすいだろうか。あそこに帰りの便なんてものはない、って話だ。
「ならば金を払え」
「……は?」
「今日までお前に、どれだけの教育費と私の人生をかけたと思う。その全てがムダだった、私の18年間の全てがだ……。ならば最後くらい、父の役に立て」
俺はしかめっ面で鬼のような大柄な父親を見た。
「いや、父上……? 何言ってくれちゃってますの?」
なぜこの体躯が俺にだけ遺伝しなかったのだろう。
この体躯さえあれば、加護無しだろうと弟に勝てただろうに……。
「何とはなんだ?」
「だからっ、損したり得したりするから投資でしょうがっ!? 俺の才能を見誤った自分自身をまさかの棚上げ!? ありえねーしっ! いや我が親ながら、厚顔無恥にもほどがあってドン引きなんですけど!?」
イーサンは俺のガチ本音に青ざめた。
俺たち兄弟、いやこの家の住民にとって、このアイザック・ウィンザーラッドこそが絶対であり法律だった。
「どうしてそうも品のない喋りをするように育ったのだろうな……。このまま果たし合い中の事故に見せかけて、イーサンにお前を斬らせてやってもいいのだぞ」
「は! お父上がそうお望みなら、血を分けた兄ですがやむを得ません。斬りましょう!」
イーサンが鋼鉄の剣を抜いた。このままでは現世から更迭されてしまう。
「わかった、新大陸に行く。だから兄弟で殺し合いは止めよう」
「兄上ならそう言うと思いました」
「はははは、いやぁ新大陸も新大陸で、面白い骨董品が眠っていそうだからなー。わーい、楽しみだなぁー、なんだか俺急にワクワクしてきたよー」
今は従う振りをしておこう。そうして隙を突いて逃げる。
そこから先は――まあ、傭兵か、噂の冒険者とやらにでもなるか。うん、今よりずっと自由でいいかもしれない。
「わかってくれたか。ではイーサン、ノアを牢へと軟禁しておけ」
「それ軟禁じゃねーよっ、監禁じゃねーかよっ?!!」
「だてに18年もお前と付き合っていない。逃げようとしてもムダだ」
「一番暗くて狭い牢屋にご案内しますね、兄上」
「お前ら鬼かよっ?!!」
こうして俺は週明けまで屋敷に軟禁??されると、友人たちにも挨拶すらできないまま、荷物のように移民船に押し込まれた……。
・
ああ、嵐と疫病とモンスターのあふれる新大陸テラ・アウクストリス。好き好んで行く者といったら犯罪者か、広告を真に受ける頭お花畑か、あるいは危ない異端宗派くらいのものだ……。
「はぁ、夕日がまぶしいや……」
移民船の甲板から眺めた夕焼けと本土は、目にしみるほどに美しく、そしてあまりに遠く果てしなかった。
ドナドナドーナドーナ……船が行く。行けば2度と帰れない新大陸へ。
「へへへ、おい小僧、おめぇなかなかかわいいじゃねぇか、俺といいことしようぜ。おい、そう逃げるなよ、おい――あ」
「誰か船から落ちたぞーっ!!」
変なやつの足を払って海に突き落とすと、船長にしこたま怒られた。
今日は後2回更新します。
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