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神様の手先の手先  作者: わやこな
夏のはじまり
9/59

九話


「どうしました? 食欲がわきませんか?」


 カイハンに問われる。ちょうどミレイスとズヤウの間に降りてきたのは、羽休めのようなものだろうか。カイハンに羽根はないが。

 頭部のみで器用にバランスを取って、カイハンがミレイスを見上げた。


「カイハンの分は?」

「このなりですからね。食事を必要としないのですよ」

「私も精霊だけれど、食べることができるから。だから、カイハンもそうではないかと思ったんですが……ちがう?」

「うーん、どう思います? ズヤウ」

「黙って食べろ」


 冷たく返されたが、カイハンは気にした様子もない。しかしカイハンだけ何もないのも気になる。

 ミレイスは器を横に下ろして、膝に置いてあるパンを千切ってカイハンのほうに差し出した。クチバシに近づけると、カイハンは驚いたように口を開く。


「駄目ですか?」

「ああー……その、ミレイス嬢。気持ちはありがたいのですが、私は固形物を食せないもので」

「そうなんですね。では、これなら大丈夫?」


 パンの欠片を引っ込めて、膝に戻す。両手で椀の形を作って魔法で水を作る。

 透き通った、ミレイス得意の魔法の水だ。水精ならではの魔力を含んだ水は、アセンシャもお墨付きのもの。植物でも栄養になるのならば、自在に動く鳥の頭だって平気だろう。

 飲みやすいように下へと持って行けば、カイハンは困った風に頭をキョロキョロさせた。ズヤウは何も言わず、我関せずと食事を続けているのを見て、観念したようにそろそろと手の器にクチバシを寄せた。鋭いクチバシが手のひらにコツコツと当たる。少しこそばゆい。

 そうして、数度にわたって頭が動いて、急にバッとミレイスを見て口を開いた。


「芳醇!」


 びくっと肩が跳ねる。同時にズヤウが怪訝そうにカイハンを見下ろした。


「おお、乙女の手ずから与えられた甘美なる蜜。なんという、なんという……!」


 きらきらと灯火の色をした瞳が輝く。カイハンの興奮度合いに合わせてクチバシが鳴る。


「……ミレイス嬢、妻問いをしても?」

「つまどい」

「ええ、貴女を私の花よっ」


 目の前からカイハンが消えた。

 ズヤウがまたしてもカイハンを鷲掴み放り投げたのだ。遠くの壁に当たって大きく弾んで落ちていく。


「カイハン? あの、ズヤウ?」

「色惚けた鳥頭の戯言だ。本気にするなよ。あと、お前は早く食べろ」

「えっ、はい。でもカイハン」

「いいから」


 横に置いていた器をズヤウが取って、改めて渡された。押し負けて受け取る。

 転がったまま唸る鳥の頭とズヤウを見比べるが、ズヤウに「ほら」と促されてミレイスは食事を恐る恐る始めた。

 よくわからないが、仲の良い間柄はこういうものなのかしら、と思いながら。


 出された料理は、予想に違わず美味だった。

 恐る恐る始めた食事はあっという間に夢中になる。

 そんなに食べないと思っていたはずが、ペロリとパンまで平らげてしまった。カイハンには「健啖家である貴女も素敵です」と囀られ、ズヤウには「おかわりあるけど」と言われた。おかわりはありがたくもらった。

 代わりにと、ミレイスはカイハンにも差し出したように魔力の水を作ってズヤウに差し出した。それがお礼代わりになれば良いがと思ったが、これは予想外に喜ばれた。道具を洗って清潔にできたと、ズヤウと会って一番機嫌が良くなった瞬間でもあった。

 そのときに投げかけられた「掃除が便利になるな」という言葉に、ズヤウは家事が趣味なのかもしれないとミレイスはひっそり思った。


 食事が終われば、一晩はここで明かす、との説明を受けた。

 何故と問えば、外では活動を始める獣や魔物たちがうろついているとのことらしい。夜の移動も危ないからとも続けて言われた。

 魔物が狙っていた、とカイハンが言っていたことを思い出す。実感はわかなかったが、夜間行動の危険も納得できる理由だったため、ミレイスは了承したのだった。

 寝床は、鞄に入れられていた寝袋だ。野宿の可能性があるから、と鞄に元々詰められていたものである。ズヤウも似たようなものを持っていたため、元々作ったのはアセンシャではなくシギだったのだろう。

 アセンシャが得意とすることは調薬や宝飾品を呪い具へ変化させること、それから魔力を持つ生き物の調教も得意だ。

 水の魔法で口の中を清める。先ほど掃除に便利と褒められたので、ズヤウにもミレイスはしてみせたが今度は呆れられた。無駄遣いするんじゃない、とのことだ。

 一方、カイハンは喜んだすえにミレイスの寝袋まで着いてこようとして、またズヤウに投げられていた。仕舞いには鞄から弓矢を出そうとしていたので、慌てて止めた。もしかして昼の狩りで執拗に鳥ばかり狙っていたのはと思ったが、口には出さなかった。


「おやすみ」


 そして落ち着いたところで、ズヤウは小さくミレイスに言った。

 言葉こそ時々乱暴になるが、やはり態度は紳士的だ。床に寝袋だけでは固いだろうと自分の鞄から柔らかい布や枕も用意してくれた。カイハンにも専用のクッションらしきものを用意して、自分はそのままなのに。


「だから私はズヤウが好きなのですよ」


 こっそりと囁いてカイハンは自分の寝床となるクッションに頭ごと埋もれていった。


「はい。よくわかる気がします」


 ミレイスもそっと返して、寝袋に入り目を閉じた。

 色々なことがあった。この体は疲れにくいはずなのに、睡魔はすぐに意識を誘い始める。ゆっくりと微睡みにふけって、そのまま溶けていくように眠りに落ちた。



 ――ぱしゃん。

 音がした。

 水が跳ねる音。落ちる音。


(また、この夢)


 ミレイスは目蓋を開けた。

 辺りは真っ暗で、足下すらわからないくらいの黒一色。浮かんでいるのか立っているのかわからなくなる空間にミレイスはいた。

 見知った空間だった。アセンシャに拾われて、度々見ている夢だ。


(今日もいるのかしら)


 そう思えば、暗闇から形を成したかのように人が現れる。いつも通りのことだった。

 ただそこに現れて、じいっと何かを言いたそうに見る人物。それは、ミレイスと瓜二つの少女だった。

 いや、ミレイスにはなんとなくわかっていた。この少女が、ミレイスを器にした少女ではないかということ。昔の自分なのでは、と。

 今日も少女は、黙ったままミレイスを見ている。そうして、目が覚めるまで、ただただ、じっと見続けている。そんな夢だ。


(……あれ?)


 しかし、今日は違った。

 少女は左手の甲をミレイスに向けた。そして、親指を強調するように数度突きつけた。

 こうして直接訴えるように行動するなんて初めてのことだ。


(親指? あっ)


 少女につられて、自分の指を見る。すると、左手親指に見覚えのある指輪が嵌まっているのに気づいた。

 あの指輪だ。

 アセンシャの家、二階の物置で見つけた小さな指輪。それが、ミレイスの指のサイズにぴったりと嵌まるように変化してついている。古い木製で、厚みのある側面には文字が彫られている。くっきりと彫り込まれた文字は浮かび上がっていた。


(確か言葉は、さきはへ……)


 思考の内で読み上げようとして、ふと少女が気になった。見れば、少女は首を振って親指をなおも突きつけていた。

 口が動いている。

 大きく開けては閉じてを二度、三度繰り返して手を振る。今までにない必死な様子だ。

 顔は泣きそうで、自分が苦しむ顔はこんな様子なのかとミレイスは意外なほど冷静に見ていた。

 改めて、この少女と隔てられている。そう感じてしまう。

 しかし、その必死な様に、何かがあるのだろう。ミレイスは自分の指輪が嵌まった親指を見せてみる。なおも、少女は何かを伝えようと口を開いては閉じている。同じような口の動きを繰り返してはミレイスに訴えていた。


(たぶん、指輪のことね。きっと)


 捻ることだろうか。いや、違う。

 ではさらに深く嵌めることか。異様に拒絶された。これも違う。

 それなら。


(外す?)


 親指から指輪を抜こうとする。パッと少女は頷いた。

 そうとわかれば話は早い。ミレイスが指輪を力を入れて抜き取ろうとしたが、すぐに止まる。

 抜けないのだ。

 何度も引っ張っても捻っても抜けない。困りきって少女を見れば、きっと同じだろう表情で眉を下げてこちらを見ていた。今にも泣きそうで、瞳に水の膜が張っている。

 水。

 は、としてミレイスは水の魔法を右手で操って親指へと向けた。隙間に流し込むように水の糸を巡らせる。最初は細く、そして徐々に指輪を覆うように使ってゆっくりと。

 まるで抵抗しているみたいに揺れ動いた指輪は、とうとう勢いに負けて指先から飛び出ていった。空へと放られた指輪は、そのまま少女のほうへと向かう。

 少女はミレイスを見て、ほっとしたように口元をほころばせた。指輪を抱き込んで、少女は潤んだ瞳から涙をこぼした。


(どうして泣くの? 何が、言いたいの?)


 そして、少女は暗闇に溶けていった。


(待って)


 思わず伸ばした左手。その先の親指を見て、何故かミレイスも悲しい気持ちになった。

 あの少女の気持ちを写し取ったかのように、ひたひたと押し寄せる悲哀が心を満たして堪らなくなった。



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