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神様の手先の手先  作者: わやこな
夏のはじまり
6/59

六話


 夕食こそは。

 そう張り切ってミレイスは用意したが、食卓の最中でズヤウは渋い顔をした。

 顔が半分見えなくても、こうもわかるのかというくらい口を引き結び、ただ黙って咀嚼している。無言の罵声が聞こえるようだ。

 対するミレイスは、本日何度目かの気まずい気持ちを味わっていた。

 静かな食卓が、ここまで気重に感じるとは思わなかった。アセンシャとの食事も物静かだが、こうも緊張しなかった。

 やがて、嚥下をしたズヤウがゆっくりと告げた。


「……これは、確認だが。お前、料理をしたことがあるのか」


 体をすくませて、ミレイスはうつむく。

 口に合わなかったのだ。

 自分では、昔より多少は上達したと思っていただけに、客人の舌を満足させることができなかったことが不甲斐なくて泣きたくなった。今日だけでどんどん自分が嫌になってしまいそうだ。


「いや、責めているわけじゃなく……ああ、くそ、いちいちうつむくな鬱陶しい!」

「だ、だってズヤウ怒って」

「そりゃこんな味の薄すぎるものを食わされれば!」


 カッと声高に言われれば、ますます身がすくむ。それを見てさらにズヤウは苛立ったようだ。


「っ、だから、ぐ、う」


 そして何かを飲み込むように、口をつぐみ深く息を吸って吐いてから続けた。


「はあ……もういい。お前、精霊だったな。期待をした僕が悪かった」

「うう」

「むしろ、精霊の身で人間のまねごとができるだけでも褒めてもいい。ほら、顔上げろ」

「ズヤウ、その、ごめんなさい」

「なんで謝る」


 もう怒ってはいないようだ。ズヤウは、どこか疲れた様子で机に肘をつき、自身の額を押さえた。

 くしゃりと長い鈍色の前髪が無造作に歪む。まるで隠された目元もそう歪んでいるかのようだ。


「お前があまりにも人間っぽいから、勘違いしただけだ。当たって悪かった」

「私、そんなに変でしたか」

「変」


 短く返して、ズヤウは皿に残っている料理をまた口に入れた。

 遠回しに不味いと言ったその口で、黙々と食べていく。顔色は相変わらず良いのか悪いのかわからないが、決して美味しいとは言っていない食事風景をミレイスは見つめる。


「あの、無理して食べなくても」

「五月蠅い。食事最中に話しかけるな」


 律儀に文句を返して、ズヤウは残り少ないコップの水を飲み干した。ズヤウ側の料理を盛り付けた皿はすっかり空となっていた。

 すかさず空のコップに魔法で水を入れる。


「……水は美味い」

「本当? よかったです!」


 ほっとして言うと、「嫌みだよ。馬鹿」と返して、新たな水をズヤウは口に含んで飲み込んだ。




 夜になっても、アセンシャが戻ってくる気配はなかった。

 唐突に自室から現れるわけでも、疲れた調子で入り口のドアを足で開けて入ってくるわけでもない。

 音沙汰はと言えば、部屋のプレートに『もうちょっとかかりそうなの。だから、仲良くね?』といたずらっぽい声音で囁かれたくらいだ。

 ちなみに、それを聞いたズヤウは口をへの字にしていた。

 不服、と言わんばかりの様子に、ああやっぱり好かれてはいないのねと再確認して若干落ち込んでしまった。


 客人だからと、湯浴みを先に進める。

 一般的に湯浴みというと、大きな桶に湯を張ってそれを使用して体を清めたり、洗ったりするくらいが普通だ。大きな街だと蒸気を浴びる場がある。

 しかし、ここはアセンシャの家だ。魔法の道具はいくらでもある。

 更に言えば、アセンシャは綺麗好きだった。水浴びも好きで、専用の部屋を作っている。これにはズヤウも驚いたようだった。

 浴室は、アセンシャがよく使用するため、アセンシャの個室の隣にある。ちょうどミレイスとの個室の間にある位置だ。わざわざ魔法で空間を操作して、ドアを開けば大きな洗濯場、手洗い場、さらに奥に浴室と作っている。それを見て「シギ様に劣らずの魔法の無駄遣い」とズヤウが感想をこぼしていた。


「ええと、男の人の着替えはなくって。アセンシャ様のものはお出しできないから、私の服なら」

「いらない」


 提案をする前に即座に断りをいれて、ズヤウは浴室のドアを閉めた。やや強く閉ざされたドアに強い拒絶を感じる。


(あああ……また、駄目だった)


 距離は一向に縮まらず、むしろ離れていく気さえする。

 同じ尊き方に仕える者同士の話でもできたらいいが、それさえも出来ない。ズヤウに迷惑をかけすぎたのがいけなかったのだろうか。

 ミレイスは、しっかりと閉じられたドアを前に肩を落とした。


(せめて、二階の部屋を早く掃除してしまわなきゃ)


 今日は仕方ないかもしれないが、なるべく早く居心地の良い部屋を提供しなければ。


(大丈夫。できるわ!)


 自分に言い聞かせて拳をつくってうなずく。気合いあらたに、ミレイスは薄暗い二階に続く階段に足を掛けた。



 二階の物置部屋の掃除は、多少は慣れているのだ。

 まずは、階段を上がってすぐ壁に掛けてあるランタンを手に取る。魔力に反応して光る道具で、当然、アセンシャ謹製である。ミレイスの魔力を受けて青白く光るランタンは、さらにと魔力を込めると部屋一杯に広がる。しばらく持つように、さらに魔力を注いで部屋の空いた床のあたりに置く。

 それから、昼間出したように透明な水の手を作り出し、植物の蔓のように方々に伸ばして危険を察知する。


(これは、動かしても平気。あれは、慎重に)


 直接手では触らずに、仕分けをする。

 爆発の恐れや毒が発生するような危険物は部屋の隅へ。そうでないものは手前に。元々物置にするための棚や整理タンスがあるので、細々とした作りかけの薬らしき粉末の包みや干物はそこに入れれば良いだろう。

 それにしても様々な品物を押し込んでいることに改めて驚いた。

 整理をしはじめると、見たことのない宝物のような絵画や装飾品、布地まで出てくる。無造作に放り込んでてよかったのかと思うような贅をこらしたネックレスや簪もあった。大きな鉱石や貴金属までもある。

 貴重品だと判断できるものは、豪奢なジュエリーボックスに詰めておく。これにも魔法が掛かっているのか、いくらでも詰め込むことが出来た。

 こういう仕分ける作業は、薬草採取の選別もそうだがミレイスの好きな作業だ。思わず熱中して取り組んでしまった。


 しばらく続けていると、多少のスペースが空いてくる。この調子ならば、早々に寝床の場所として使えるようになりそうだ。

 さらに幸運なことに、積まれた物たちを避けていると掛布で隠されていた折りたたみ式の簡易ベッドが見つかった。思わず嬉しそうな声が漏れてしまった。保存の魔法がかかっているのか多少埃はつもっているが、ベッド自体は清潔な状態を保っている。

 急いでその周りの道具を移して水の手を動かすと、コロリと小さな指輪が転がり出た。

 木製のシンプルな装飾を施された指輪だ。これまでの装飾品と比べても、いかにも古くさく、値打ちものでもなさそうなちっぽけなサイズは、明らかに異色を放っていた。アセンシャの趣味でもなさそうだ。

 そろそろとミレイスは近づけて、それをよく見てみる。


(小さな指輪。子どものものかしら)


 宙に掲げて上下左右と回し見る。

 今のミレイスの小指くらいならかろうじて嵌まるくらいだろうか。小ぶりの輪の側面はくすんだ木目に隠れて文字が彫られていた。


(なにかしら。さきはへ、たまへ)


 ――幸へ給へ。

 耳の奥で聞こえた。


 幸へ給へ。幸へ給へ。

 男の声だ。年嵩の、冷たい声の男が呪文のように何度も呟いている。

 目蓋の裏、黒くなる視界に何かが映っている。いや、違う。これは。


(わたしの、記憶)


 泡。

 上へと浮かんで、膨らんで、弾けて、消える。

 まるで自分の意識が形になって抜け出していくような。そのたびに、下へ下へと水底に落ちていく心地がした。

 そう。そうだ。自分は誰だったか。

 泡が上る。消える。自分が消えていく。


(わたしは)


 しかしそれは恐ろしくはなかった。むしろ、その分周りから何かが注ぎ込まれて満たされていく充足感が、安心を抱かせた。

 そうして、暖かなまどろみに身を委ねて完全に意識が遠ざかる。

 ゆらりと揺れる。ゆりかごに揺すられるように、ゆっくりと。



「――おい!」


 がくりと体が揺れた。

 は、とミレイスは目を開く。いつの間にか暗くなった部屋の中に居た。

 ゆっくりと瞬きをして、周囲を見回す。そうしてようやく肩に当てられた手に気づいた。しっかりと肌を隠すように着けている長手袋の先を見る。


「ズヤウ?」

「ああ。お前、正気か」

「正気?」


 言葉尻をとって聞き返す。


「暗がりでうずくまって歌っていたが、お前の趣味か? だとしたら最悪の趣味だが」


 苦々しく言われて、咄嗟に首を横に振る。

 そんなことをしていた自覚はミレイスにはなかった。

 先ほどまで近くにあった指輪も見えなくなっている。一体どれほど時間が経ったのかもわからない。

 不思議に思いながらズヤウを見上げれば、歯噛みした様子のズヤウが暗がりの中で薄ぼんやりと見えた。


「……くそ、西の御方は何を考えて」

「アセンシャ様? アセンシャ様から何か連絡が?」

「いや、ない。戻るぞ」


 ズヤウが肩に置いていた手を離して、腕を取る。引っ張られる力につられて立ち上がる。いつの間にか地べたに座り込んでいたようだ。

 そのまま引かれて二階から降りていく。


「あ、ズヤウ。ベッドを見つけたんです」

「今日はもういい。明日にしろ」


 言葉少なに返されて、明るい一階へと到着した。

 ズヤウの髪はまだ濡れたままだ。後ろにゆるく髪を結ぶのもしていないようで、長さがまばらな毛先を水滴が伝って落ちていく。それでもしっかりと目の辺りに布きれを厳重に巻いているのが不思議だ。

 それに格好も首から下は完全に肌を隠している。よほど見られたくないのか、どうなのか。

 ズヤウに引っ張られるがまま歩いて、ミレイスの部屋のドア前まで来ると腕が自由になった。腕を組んだズヤウは、顎先でドアのほうを示した。入れと言っているのだ。

 だが、その前にと、ミレイスはズヤウに手を伸ばした。


「あの、髪が濡れていますよ」


 水気を取ることを意識して手のひらをかざしながら動かす。


「あ? おい。まて、いい」

「乾かすくらい、私でも出来ますから」


 集中して毛先の一つ一つから水の粒を振り払って空気中に拡散していく。

 鈍色の無造作に散らばった髪がふわりと浮かぶ。その最中で、ズヤウの髪が淡く明るい色に一瞬変化した……かと思うとすぐに戻った。


「いいから。余計なことをするんじゃない」


 まだ途中だというのに、ズヤウはミレイスの手首を掴んで止める。そして、少し口ごもって小さく付け足した。


「気持ちだけ、ありがたく受け取る。だから、お前はさっさと身を清めて寝ろ」


 静かに手を下ろされて、ズヤウはそっと掴んだ手を開いて離し、ほら、と促してきた。心なしか少しだけ優しい声だった。

 言われるがまま、「わかりました」と返事をする。しかしその場からズヤウは動かない。

 早く入れということだろうか。ミレイスがドアノブに手をかけて開くと、無言でうなずかれた。


「あの、ズヤウもお部屋へ入ります?」

「誰が入るか」


 優しい声は途端冷たくなった。何故。ミレイスが見上げると、見えないはずの目から、さらに冷たい眼差しとぶつかった気がした。




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