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神様の手先の手先  作者: わやこな
春にめぶく
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九話


 吹き抜ける風とともに、役目を終えた花々が旅立つ。

 満開の盛りが終わり、また次の春を待つのだ。


 すこしずつ強くなる日差しは、確かな季節の変わりを感じさせ、知れず吹き出す汗を腕で拭った。

 庭での作業にようやく終わりが見えて、一息つく。

 いくら魔法があったとしても、区画を整理しながら新たに手入れを施したり、剪定したりの農作業は思った以上に骨だった。一人でも大丈夫と言い切ったこともあり、どうしても時間内に終わらせる必要がある。

 そうでないと、やはり無理をするからと目に見えて不機嫌になる相手が戻ってくるのだ。


(あとはここの片付けを終わらせるだけだから……ええ、時間もまだ、きっと平気)


 ミレイスは膝をはたいて土埃を払って立ち上がる。

 視界が高くなれば、遠くまで見渡せる景色が広がっていた。水平線が映る水辺にぽつりぽつりと浮かぶのは岩山や遠くに見える島々だ。風が時折吹けば、周囲の木々から花びらを散らせると同時に潮の香りを運ぶ。

 ミレイスは今、南方のシギの隠れ家。正確には、現在ズヤウの持ち家となっている住処に身を置いていた。

 森を隠れ蓑にした、切り立った岬の一部分に結界を張った白い家。ミレイスの希望はと聞かれたので、水の精霊だから水場が近くだと嬉しいことや畑や薬草、自然が多いところだといいと告げた結果、色々と便宜が図られた場所だ。


 経緯は実に単純なことで、ズヤウがミレイスを連れてここにきた。それだけだ。

 アサテラの最期を見届けたあと、数日もせずにミレイスたちは水の国を発った。

 大きすぎる力が留まるのも、国に肩入れするのもよくないとカイハンやズヤウに言われたのもある。あるが、第一の理由は、ズヤウがミレイスに着いてきてほしいと願ってくれたことだ。

 一も二もなく了承したミレイスを抱えて、ズヤウはこの場所へと飛んだ。最初こそはカイハンも出入りをしていたが、今は時折顔を覗かせるくらいで、ここしばらくは穏やかな生活を送っている。


 水の国で起こった出来事はつい昨日の出来事のように思い起こすが、気づけばいくつもの夜を越えて日が過ぎ去っていた。

 それを改めて感じさせてくれたのは、カイハンが渡してくれた手紙からだ。

 イマチたちにアセンシャからの伝言と木の実を渡して、水の国での出来事は終焉を迎えた。水の国は今事後処理に追われて、非常に大変だという出だしでイマチの手紙は始まっていた。

 ことの騒動を引き起こしたアサテラは、罪人として処理をされた。

 かの王子がした実験証拠が押収されたためだ。その罪人に引導を渡した若き指導者としてお膳立てされ、イマチはなんとかすると言ったとおり、そのレールに乗り王へと名乗りを上げた。

 反対者もいるにはいたが、背後に王族である兄姉や前皇太后がついているため表立っては歓迎をされているようである。アサテラの遺体から出来た木の実は、ミレイスがひっそりと王城の庭の片隅に植えたが、無事に芽を出したようだ。

 また、アセンシャが残した伝言から、キサへの思慕が籠もった手記も見つかり、痴情からのもつれだと、文字にすると呆気ないほどの簡素な情報で動機が告発された。

 内容はイマチも改めたそうだが、愛や恋は恐ろしいものだなとしみじみとした感想があった。


 ミレイスは、見なかった。見るべきものだとどうしても思えなかったのだ。

 あの兄の母に対する愛情が本当だったのかは、今となってはわかりえないことだ。

 イマチの知らせを読み、ミレイスはアサテラのあの最期を思い返して、自身を捨てたあの顔とを比べてわずかな感傷を抱いた。

 ついで、水の王都に新たな神の御使いたる像が増えたとの報告もあった。これに関してはお守りも出回ったと、綺麗な札に描かれた図をもらった。

 白銀の龍に抱えられた娘の絵は、誰が元となったものかすぐにわかる。

 というよりも、当人である。

 思いっきり美化されている気がしたが、ズヤウの龍の姿絵は美しく、見事な出来だったため大事に取っておくことにした。きっとズヤウは不機嫌になるかもしれないが、とてもよく描けているのだ。


(ズヤウは龍の姿でも、綺麗で格好良いもの……)


 なお、ズヤウはすでに像を建立したという情報を知っていたようだった。ミレイスをここに残して出かける用事の際に見たらしい。用事は、シギやアセンシャの使い走りだとぼやいていた。

 都では新たな王の誕生と、御方が祝福をしたとイマチたちが触れ回ったことで、各地へと逃げていた民や貴族が少しずつ戻って賑わいを見せているらしい。気が向いたときに遊びにきてくれ、と手紙は結んで終わっていた。


(そろそろ一度くらい、出かけてみたいものだけれど……)


 収穫が終わった作物は籠に入れて持ち、家の前に移動する。

 ちょうど戻ってきたのか、旅装束のズヤウが立っているのが見えた。

 間に合ったことにほっとしながら、声を掛ける。


「おかえりなさい、ズヤウ」

「ああ、ただいま。ミレイス」


 そのまま歩いて近づけば、抱き寄せられて鼻先に軽く口づけをされた。

 ズヤウは出かけるときには、相変わらず目を隠して行動している。目は口ほどに物を言うズヤウの表情が半分隠れてしまうのは寂しいが、仕方がない。

 あの美しい瞳を、家の中にいるときやごくたまにしか拝めないというのも、悪くはない。特別感が気持ちを高揚させるの、と前にアセンシャの恋物語で聞いたが、その通りだった。

 荷物を取り上げられて、先に家の中へと促されて入る。籠を置き、ローブや装備を外しながらズヤウは言った。


「五十年、御方々から時間をもらった」


 ローブや装備を片付けるのを手伝う手を止めて、ミレイスは首をかしげた。すると、やや気まずそうに顔を逸らしてズヤウは数度呼吸をしてから続けた。


「……人間の寿命は大体が五十年だろ」

「そう、ですね?」

「だから」

「だから?」


 だから何なのだろうか。続きを促せば、紅潮する頬が見えた。ぱちりと瞬きする。


「普通の、夫婦らしいことを、お前としたい」


 最後はかき消えそうだが、しっかりとミレイスの耳に届いた。


(夫婦らしいこと? それは、今のようなことではないの?)


 よくわからないが、こうもズヤウが言うのだ。

 それも御方々、アセンシャやシギに許可までもらって。ミレイスに否やはない。ズヤウのことは好きだ。だから、嫌だという選択肢はなかった。


「私でよければ。五十年なんていわなくても、ずっとでもいいくらいだわ」

「……僕もできるならしたいが、あまり際限なくはお前も困るだろう」

「どうして? ズヤウに好かれるのはとても嬉しいことよ」

「お前……本当に死ぬまで囲ってしまいそうだから、思っても言うなよ」


 言いながらまたぎゅうと抱きしめられた。


「くそ、シギ様のしみったれ。気まぐれ。理不尽の権化。なんで五十年なんだ、蜜月だぞ。もっと気前よく払えばいいものを。元々僕らなしで管理していただろうに、底意地が悪い。邪神め」

「お、おつかれさま、ズヤウ」


 どうやらズヤウは疲れているらしい。ぶつぶつと文句を言いながらミレイスを抱きしめて、頭をミレイスの首筋に埋めている。


「西の御方も御方だ。なんだよ、占で僕らの相性わかってたから導いてみたとか言われても、くそ、感謝はするが、最悪だ。ミレイス、ミレイス、神や御方には絶対に染まるなよ」

「え、ええ……」


 背中を撫でながらうなずいてみる。

 さらにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。暖かくなってきたからと襟ぐりがあいた服を着ていたせいで、さらさらとしたズヤウの髪先や吐息が当たってこそばゆい。

 なんだか、心臓も忙しなく働いてむずむずする。


「……それで、僕が一番言いたいのは、なんであれがいるってことだが」

「今日は、荷物を届けに来てくれたのですって。遠い所を飛んできてくれたのだから、すこしは休んでもらおうと思って。それに、おもてなしは必要だわ」

「お前のそういうところは美徳だし、好ましいが、あれに関してはいらない気遣いだ」


 抱きついたままでズヤウは、非常に嫌そうに頭を起こして言った。

 とても苦い薬草を噛んだみたいな様子である。ちらりと居間の方を見れば、少年の姿となったカイハンがご丁寧にも椅子に座った仕草をしてお茶を飲んでいた。


「あ、いちゃいちゃするの終わりました?」

「お前の存在そのものを終わらせてやろうか」

「嫌ですね、物騒な。こちらもこちらで働いているんですから、無闇に悋気で噛みつくのはやめなさい。余裕がなくてみっともない」

「みっともなくて結構だ」

「はいはい、今の様子を昔のお前に見せたいところですが、ともかく。二人が揃っているところに説明しろと西の御方より仰せつかっているので」


 そう言うと、カイハンは大きな姿鏡を懐から取り出すと壁際に置いた。見覚えがある大鏡だ。鏡面にはアセンシャが出てきたときと同じようにドアが着いたままに固定されていた。


「これは?」

「遠くを出入りするのは手間でしょう? とのことで、西の御方より簡易の出入り道具をいただいています。使い方はズヤウが知っていますが……先日、会ったときに忘れて置いていったそうなので、私が代わりに持ってきました」

「そうなの?」


 見ればあからさまに知らないふりをされた。


「別に、ミレイスが出かけなくても良いだろ」

「うーん、これは駄目ですね。浮かれ野郎になっています。私の予想以上に、執着も執念も深くて重たい面倒な男ですが、どうか見捨てないでやってくださいね」


 軽く笑ってミレイスに笑いかけたカイハンは、パッと元の鳥の姿に戻ってみせて、くるりとその場を優雅に飛んで回る。


「どうしてもってときは、呼んでください。貴女のカイハンが助けに参りますので。では、また」

「さっさと帰れ」


 威嚇するズヤウに笑って返しながらカイハンは、早速、姿鏡のドアを活用して出て行った。


 パタンと音を立てて閉じれば、嵐が去ったように沈黙が降りる。

 腕の力を緩めてミレイスを離したズヤウは、ぽつりと呟く。


「なあ、ミレイス」

「なあに、ズヤウ」


 右手を握り込まれる。まるで懇願するように両手で包まれた。


「あいつの……カイハンの言うとおり、僕はお前が思っている以上に、嫉妬深い。それに、懐も狭い自覚がある。だが、前に言ったようにお前を離してやる選択肢はないんだ」


 膝をついて、見上げられた。誓いを立てる騎士のように。


「僕の愛しの対。逆巻く風が阻む日も、穏やかにそよぐ日も、絶えず傍に居ることを許してくれるか」


 伝わる熱が頭まで届きそうだ。ミレイスは左手でズヤウの手に添えて同じように跪いて、正面に見据えた。


「喜んで。私の愛しの貴方。今まで知らなかったけれど、私も情が深いみたい」


 そして、自分からそうっと口づけた。









 時代は下り、後世。


 風の国の動乱のあとを次いで起こった、水の国の王位交代劇は長きに渡り語り継がれ、国を超えて民草へと物語として広まった。

 国の中心地、王城の庭に審判の木と名付けられた見事な樹木が広がる頃。

 少年王ラルネアン、王妃フリエッタの恋愛や、平民から護衛へと抜擢された傭兵団。様々な立役者たちが名を残した中で、著しい戦功を上げたという精霊の娘や龍、猛禽の頭をもつ御遣いの、人ならざる者たちはひっそりと世から姿を消した。


 ただ、今でも世界の中心地となった水の国には、時折神々の使者が訪れているという。







〈了〉





これにて、このお話は終わりです。楽しんで書くことができてよかったです。

とっちらかったり、説明不足だったりがよくある拙作ですが、創作の話をここまで長く書いたのはあまりないので、余計に荒があるだろうと戦々恐々しています。

また気が向けば、番外小話置き場にでもおまけ話や閑話など投げ込めたらと思います。


長らくのお付き合い、大変ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
最後まで楽しませて頂きました! ズヤウさんの過去を垣間見たミレイスちゃん、本人に正直に申し出るところがものすごく彼女らしいなと思いました。 ミレイスちゃんは最後まで一貫して純粋で素直な精霊さんでしたが…
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