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神様の手先の手先  作者: わやこな
冬のひしめき
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十一話


 冬空の訓練では、先ほど見たままの上空にあるものを狙い定めるというものであった。馬上弓から引き絞って、あの空飛ぶ的を狙うと良い具合に敵陣に落ちるのだとか。

 広大な平野で長距離の試射をする予定だったが、時季と天候により取りやめたらしい。

 ミレイスを側に置いて、ズヤウは一つ二つ指示を出す。

 こなれた様子は、何度も繰り返して行っているのだろうと予想できた。思った以上に、ズヤウはこの場所に馴染んでいるようにも見えた。しかし、長く見届けることはできなかった。

 新鮮な気持ちで眺めていると、訓練場の様子を見ている使用人や参加している傭兵たちがミレイスを気にしていると判断したのか、さっさと追い出しにかかったのだ。それでも、乱暴に放り出すではなく、館の中に入って見送りまでしてくれた。

 その間の訓練指示はサムエルに任していたことから、傭兵団の対外的な長は彼なのだろう。バーデンはそれに関して不満はなさそうで、ミレイスが戻る際に「またぜひどうぞ」と優しく声をかけてくれた。

 ただしズヤウは、ミレイスを部屋に押し込んだ後「あまり僕以外の誰かと歩き回らないように」と念押ししてきた。

 なぜかと首を傾げれば「まだ魔物が出る、可能性も、ある」と歯切れ悪く言われた。なるほどと納得して頷けば、ズヤウ自身も、何故か自分の言ったことに納得したようにして帰って行った。


(ズヤウ、どうしたのかしら)


 調子が狂ったような、変に優しいような。いや、ズヤウはいつも優しい。ミレイスは首を振って、巻いたままの首巻きに手を添える。


(あとで返さなくちゃ)


 ふかふかとした動物の毛は柔らかく暖かい。きっと上等な素材なのだろう。ズヤウの私物だろうか。シギのものであったなら、魔力であったり魔法が編み込んでいそうである。すり、と頬を擦って暖を取る。


(ふふ、あったかい)


 与えてくれた思いやりで心まで温まった気がした。



 その日の午後。

 首巻きを外す気にはならず、ミレイスはそのままの格好でイマチが待ち受ける部屋へと訪れた。

 今も続くカイハンによる勉強会のためである。

 本日は私室ではなく、専用の勉強するための部屋へと通される。ミレイスを案内したケアレは、フリエッタに無理に引き離されたことを真っ先に謝ってきた。ズヤウが付いてくれたからよかったのだ、と伝えれば、微笑ましそうな顔を向けられた。

 少し歩けば、広い部屋に着いた。壁や装飾品は派手すぎず、大人しい。

 勉強に集中するためだろうか。代わりに壁際には本棚が並べられている。部屋の中央には机が四つ足の机がいくつか置かれ、机に座った正面の壁には大きな地図が貼っている。

 すでに待機をしていたイマチとカイハンに迎えられて、席に着く。

 カイハンは今日も少年の姿をしている。人前に出るときは基本的にこの姿になっているのだろう。便宜上、女官という身分をもらったが、基本的にはこういった勉強会やイマチの話し相手である。

 実際の世話は侍女や使用人がするので、とミレイスは早々に返される。そうであれば、アセンシャの仮宿から通うのもいいのではと考えるが、体裁上それも難しいそうである。形式とは大変なものだ。イマチが何度も抜け出すのもわかる気がした。


「ミレイス、ずいぶんと暖かそうな格好をしているな」


 無邪気にイマチがたずねてきた。暖かそうなと聞かれて、首巻きを触れれば、そのことだと言う。


「それは、ズヤウからですか?」

「ええ、そうなの。よくわかるのね、カイハン」

「その毛織物は、見覚えがあったもので。へえ、そうですか。ズヤウが」


 にこにことカイハンが笑う。


「カイハン、ズヤウがどうしたの?」

「成長を微笑ましく思っただけですよ、ミレイス嬢。わざわざ御方が用意したあの大量の衣服でなくて自分の物を渡したあたりに、思うところがあっただけで。いやあ、よかったですねえ」

「よくわからないが、二人が仲良くしているということか?」


 それならわかるが、とイマチが言う。


「フロウリー卿もケアレも家族を大事にするが、あいつらに劣らず仲が良いとはおれも思うぞ。それは良いことだ」

「ありがとう、イマチくん」

「それでな、ミレイス」

「はい」

「やはり、夫婦とは、いいものか?」

「え?」


 改まった顔で聞かれて、思わず聞き返す。

 すると、やや早口になりながらイマチが説明した。わたわたと身振り手振りで体が動くのが、落ちつかない気持ちを表しているようだ。


「べっ、べつに、その興味がない……わけではなくてだなっ! ほら、あれだ、おれも、許嫁がいるからだな。いずれは、その、だろう!?」


 きょとんとしていれば、教卓の位置に立っているカイハンがくつくつと忍び笑いをこぼしている。


「イマチ殿下、フリエッタ嬢が来てからずっと気にしてらっしゃるようで。可愛らしいものですね、ミレイス嬢」

「ち、ちが……くはないが! カイ! お前はそういうところが意地悪だぞ! 笑うんじゃない!」

「あっはっは! なまじ嘘がわかるだけに、真っ向からぶつけられて好きになっちゃんたんですねえ。いや、本当、直球に弱いところ、殿下、ズヤウと似てますよ、ふっ……くく」

「カーイー!」


 顔を赤くしたイマチが席を立ってカイハンを追い回す。

 カイハンは笑いながらひらりひらりと飛んで逃げている。魔法で映した姿は丁寧に駆ける仕草をしているのが器用である。

 ちょっとした騒ぎにドアが開いて、侍従と護衛が顔を出したが楽しそうな様子に苦笑して閉められた。じゃれているように見えたのだろう。

 しばらく追いかけ回して息を切らしたイマチの背中をさする。

 数少ない女官としての働きでもと、魔法で水を作って差し出す。ミレイスの魔法の腕もそれなりに上がっている。今なら水のカップを作って口を付ければ飲めるようにできるようになった。水の魔法限定の器用さではあるが、ズヤウやカイハンにはいっそ無駄なまでの精密さと器用さであると褒められた。

 水を飲み干して、一息ついたイマチは「それで」ともう一度ミレイスにたずねた。


「意地悪カイはおいておいてだな。ミレイス、どうなのだ? かしこまった答えはなしだぞ。飾らず頼む」

「ええと……イマチくんが期待する答えを私が用意できるかはわからないけれど」

「おれと年が近しくて結婚をしているのはお前たちしかいないからな。参考までだ!」

「ううん、一人きりよりは、二人でいるととても安心できるわ。だから、良いもの、なのではないかしら。それが信頼や信用できる人なら、なおさら」


 ふんふん、とまだ赤みの残った頬のままイマチが真剣にうなずく。


「ミレイスはズヤウを頼りに思っているのか」

「そう、ですね。ズヤウはとても頼りになります。私、頼ってばかりなの」

「そうか……」

「私から色々言うのは、すこし違うかなとは思うのだけれど。でも、イマチくん。フリエッタ様は、どんなイマチくんでもきっと好きだと仰ってくれると思うわ」

「いや、それは、ちょっと困る……悪いわけじゃないけど、こう、なんか、いやだ」


 腕を組んで考える仕草をして言われた。ああでもないこうでもないと言葉を探りながら、ううんと頭を捻っているようだ。


「おれは、好かれるなら、ちゃんと自分に自信を持ちたいのだ。それで、好いてほしいと思う」

「自信」

「ま、まだまだだとわかっているから笑うんじゃないぞっ。特にカイっ!」

「笑ってませんってば。ひどいですよ」


 堂々と言えるイマチに感銘を受けた。

 前向きな意見は、なるほど、館の者たちからもイマチが好かれるわけだと思わせた。ミレイスがここで世話になってからは長くはないものの、王都から来た末王子を好意的に思っている者が多いことはわかった。

 基本的にカヒイの都、テネスナイ執政官の配下はイマチに好意的だ。

 そもそも権力の筆頭が孫馬鹿だからというのも関係あるのかもしれない。こっそりケアレから教えてもらったが、テネスナイは隠しているつもりらしいのでそれらしく振る舞うようにとのことである。

 だが、こうしてイマチと会話をしてみると、皆に好かれているのはイマチ自身が魅力的な人柄であるということも理由の一つだろうと感じた。


「とても素敵な考えだわ」


 そう言えば、照れくさそうにはにかまれた。


「では、自信を持つためには勉強ですかね」

「うむ。それは大事だが、ほかにもあるぞ」


 まだすこしからかい混じりが残る声音でカイハンが言えば、イマチはかぶりを振って答える。


「他ですか?」

「フリエッタの母親が王都で襲われたと聞いた」

「ああ、未だ行方は不明でしたね」

「ばーちゃんも王都を追い出された。ミレイスも、何か嫌な目にあったというのも聞いた。おれも、思うところはあるぞ。だからな」


 ひとつ区切ってイマチは息を吸って、言った。


「王都を、王家をおれがなんとかするのだ」


 カイハンが片眉を上げる。面白いものを見つけたとでもいうような表情で、曙色の瞳が輝いている。


「なんとか、ですか。国落としでもします?」

「いや、国は落とさないぞ。おれはよくてもばーちゃんたちやフリエッタも困るだろ。カイは甘いというだろうけれど、おれは、極力関係者だけで終わらせたい。だから、まずは二の兄上を訪ねようと思っている。まだ面識あるから、話しやすいんだ」

「はあ、そうですか。自信を持つために王家をどうにかするとは、怖いものしらずと言えば良いのか、傲慢と言えば良いのか……まあ、貴方は私ではないですからね。好きなようになさればよろしい。ただ、臣下を巻き込むのは覚悟を決めて巻き込むのですよ」


 いやに実感がこもった口調でカイハンは言った。


「そのとき、カイたちは付き合ってくれるか?」


 子どもながらの甘えもあるが、それよりも純粋な疑問に思っての言葉なのだろう。縋るというよりも、素直な瞳でこちらを見てくる。

 水の国に関して、ミレイスはあまり良い記憶を抱いていない。だが、自分の過去の体験が今も他に迷惑をかけているのかと考えると恐ろしい。

 ミレイスもまた、関係者なのだ。たとえ、すでに一度死んだ身だとしても、この体はあの王家と関わりがある。

 それに、おそらく血のつながりがあるイマチや、最近会ったばかりではあるがフリエッタのことは嫌いではない。幼い身で抱えて困っているようなら手を差し伸べてあげたいと思える程度には情ができていた。

 口にして言えば、甘いとまた言われるのだろう。そう思いながらも、ミレイスは答えた。


「……私は、イマチくんの助けはできるかは、わからないけれど。できる限りは手助けできたらいいと、そう思うわ。カイハンは?」

「ええ……ああ、はい。ミレイス嬢がそのように仰るのなら、私は付き合いますけども。おそらく、ズヤウは怒りますよ」

「やっぱり?」

「あの男、存外心配性で過保護ですよ。内に入れると」


 そんな気はしていた。しかしそうなると、ミレイスは内側に入れているというところだろうか。思わず小さく笑う。


「カイハン、ありがとう。きっと、本意ではないでしょう?」

「おや、そんなことはありませんとも。そもそも我らは貴女の見守りを頼まれているので、否やはございませんよ」

「では、あとでズヤウの説得を付き合ってくださいね」

「おっと、そう来ましたか」


 軽く返ってきた言葉に、ミレイスはほっと息をついた。




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