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神様の手先の手先  作者: わやこな
冬のひしめき
40/59

十話


「ほら、何かあるでしょ? 例えば、どういうところが好きだとか。夫婦生活の秘訣だとか。いろいろ!」

「え、ええと」


 夫婦生活なんてものはない。カイハンがでっち上げた設定だからだ。


(あ、でも、籍? は入ってしまったのだっけ)


 起き抜けにズヤウから決まり悪そうに言われたのを思い出す。

 書類上、夫婦になったのだった。とはいえ、普段から何か気を遣うことはなく、むしろ気を遣われている。

 周囲の人々にとってのミレイスは、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるズヤウの病み上がりの妻、である。精霊由来の人間よりも優れた膂力はおかげで発揮できないままでいた。


(どういうところが好き、なら話せるかしら)


 ズヤウのことは好きだ。

 なんだかんだ言って、ミレイスによくしてくれる。言葉だけでは伝わりにくいかもしれないが、真面目で優しく面倒見が良い。隣に居て心地が良いのだ。それが恋愛の意味での好きということなのかはわからない。

 だが、快い方向へ流れがちな精霊の性質や感性からしても、ズヤウをつい探してしまうことから、かなり好きなほうなのだろうとミレイスは客観的に理解している。


「ズヤウは、こんな私でも、とてもよくしてくれます」

「それで、それで」

「変化があれば気づいてくれますし、心配もすぐにしてくれて」

「まあまあ! 尽くしてくれるのね! 私、尽くす女ですから、尽くされるよりも尽くしたいけれど、そう、大事にしてくださるのね。いいわね」

「はい」

「そういえばミレイス。貴女の旦那の顔、どんなものですの? 私の世話をする侍女たちはよくわからないなんて言うけれど、よくよく見れば整っているほうじゃなくて? 格好はちょっと不思議な方ですけど、どうなの?」

「えっと、それは」


 隠している容姿のことを簡単に言って良いのだろうか。答えに窮して、ミレイスはどうにかぼかして伝えることにした。


「私にとっては、とても素敵で魅力的です」


 フリエッタは不満足そうだ。背伸びしたやりとりをするフリエッタではあるが、むすっとすると少女らしい少女に見える。


「それではわからないではないの。ちょっと、ミレイス。旦那様の場所は?」

「今は、第二訓練所へ出ています」


 確か、場所は館内にある第二訓練所だ。執政官の近衛師団が所有する場所とはまた違い、イマチに与えられた場所である。つまるところ、イマチの配下となった元抵抗軍が控える場所だ。

 抵抗軍がイマチに下った結果、現在では王子専属の傭兵団となっている。

 雇われた部隊ではあるが、公的に末王子の所有とされたことで、一定の身分が保障された。王都の刺客から横やりが入っての蜂起であったが、元は生活の不安から立ち上がったものだ。きちんと契約がなされたことで、イマチの手足となるべく奮起しているのだとか。というよりもそうなるように仕向けますとカイハンが言っていた。

 実際、ミレイスが起きてからイマチによく従っている姿を目にしたことがある。カイハンは調教や扇動といった、人を操作するような才能でもあるのかもしれない。


「あらっ! では、殿下もいらっしゃる?」

「どうでしょうか」

「それならば、応援にいかなくては! なにより私の腕も見ていただきたいわ!」


 目を輝かせたフリエッタが机に手を置いて立ち上がる。


「コット!」

「フリエッタ様、ほどほどになさってくださいませ」

「ええ、わかっていますわよ!」


 意気揚々と部屋の隅に置いている武具を持って、期待に籠もった眼差しでミレイスを振り返った。愛用なのだろう、槍斧をぶんと振って担いで気合い十分だ。


「行きますわよ! ミレイス!」


 フリエッタは行く気満々だ。ミレイスが断ることなど思いもしていない調子で誘う。好きな人のために、こんなにも熱意をもって行動できるのは素直にすごいと思えた。


「貴女の旦那に会いに来たと言って、偶然を装えば、私も殿下と……!」


 たとえ下心にあふれていても。

 ミレイスをだしにして、会いたいのだと堂々と言う姿は、憎めない。侍女とケアレをちらと見てからミレイスも立ち上がる。


「はい、フリエッタ様」

「よろしくてよ!」


 溌剌と笑うフリエッタに、ミレイスも笑い返した。





 寒空の下で、甲高い指笛の音が響いている。

 それに合わせて、馬の嘶きが聞こえた。大地を力強く踏んで跳ねた馬が駆けている。馬上には軽鎧の男が乗っており、弓矢を構えて上空へと狙いを定めていた。

 第二訓練場では、曇天の冬らしい天気でも、お構いなしで訓練を行っている姿が見えた。時折吹く北風に、出る前に着込んだ上着を寄せる。今日はまだ雪が降っていないだけ、良い天気なのかもしれなかった。


「あら、我が領の魔馬ですわね」


 近づきながら視認をしたフリエッタが呟く。

 先ほどの長い惚気話の合間に聞かせてくれたため、ミレイスの知識にしっかり刻まれている。ポーティア辺境伯領の主な産出は家畜、それも魔力を持った馬だ。

 魔馬と呼ばれて貴族や軍に愛されている種類であり、移動速度が速く、力強く、タフであることが特徴である。

 ポーティア辺境伯領は火の国との境であり、峻険な山が領内にあることは以前にも聞いていたが、その土地が重要であるそうだ。

 深い谷間から広がる牧草地に溜まった魔力が育成に非常に適しているという。他の土地でも育てられてはいるが、ポーティアの馬ほど頼りになる馬はいないと世に謳われている、とはフリエッタの言だ。代々受け継いできた産業だが、水の国の領となってからも変わらず続けているとのことだった。


「まだまだ乗りこなしていませんわね」


 自分ならもっと上手くできるという自負があるのだろう。フリエッタの声には優越感があった。

 そうこうしているうちに、男が矢を放つ。狙いは何かと見上げて行方を追う。遠くに凧が見えた。おそらくあれが的なのだろう。

 矢は最初こそ勢いよく空へ昇っていったが、的には届かずやがて弧を描いて落ちてきた。そして、途中で下に引っ張られるように進む。

 このままでは危ないのではと思ったが杞憂だったようだ。落ちてきた矢は徐々に失速して、訓練中の男たちがいる一角にゆっくりと辿り着いた。魔法で集めたにちがいない。


(ズヤウだわ)


 こうして外向きの仕事をしている姿は初めて見た。

 人に囲まれて、若干嫌そうではあるが、先ほど矢を放った男に何か告げていた。

 それから、今度は手本を見せるのか、男から弓矢を取り上げた。同様に控えていた馬に乗って上空に引き絞る。

 狙いを定めたか否かくらいの短い間に矢が放たれて、間を置かずに上空から破裂音がした。空を泳いでいた凧がくるくると回っている。注視すれば、どうやら穴が開いているようだ。的を突き破ったらしい。


(そういえば、ズヤウは弓のほうが得意だと言っていたのだったわ。鳥を狩るのも上手だったもの)


 感心していると、近くのフリエッタも感嘆の声を上げた。そして同時に、訓練場のほうからも感嘆の声が上がる。

 それは男性だけではない。どうやら女性は他にもいるらしい。見れば、訓練場を囲んでいる女性の姿がちらちらとあった。


「あっ! 殿下狙いの女たちでは?」

「休憩中の使用人かと存じますよ、フリエッタ様」


 背後で控えていたケアレが訂正する。


「でも身なりのよい娘もいるわよ! これは、私に対する宣戦布告では?」

「館に出入りする子女は基本的に身分が必要でございます」


 冷静に返されても、フリエッタは不安そうに見ている。ぎゅ、と手の内にある槍斧を握りこんでいた。


「戦働きや武功を上げられる女はいないわね! はっ、ケアレ、お前は?」

「私はもう子がいますゆえ、殿下は守備範囲外です」

「コット! は、いいわね。私の侍女ですもの。ミレイスも、よし! ええ、よくてよ!」


 ミレイスたちを見回して、フリエッタは槍斧をぐるりと回して構えて息を吸った。


「お供なさい、目に物をみせてやりますわ!」

「フリエッタ様?」


 ふんす、と息巻くフリエッタに声を掛けるが届かないようだ。


「ミレイス様、見捨てずお付き合いくださいませ……お嬢様は昂ぶると少々視野が狭くなるのです」


 こっそりと侍女のコットから言われて、うなずく。

 フリエッタが先頭をきってつかつかと歩いて行けば、すぐにこちらに気づいたズヤウの顔がミレイスを見た、気がした。

 何か言われている様子だが、手に持っていた弓と回収した矢を他の者に押しつけると、大股でこちらまで向かってきた。

 その前に、フリエッタが仁王立ちで立ち塞がる。


「なんです? 私たちに何か……あら、ごきげんよう。よく見れば護衛殿だわね」

「ここへ何しに?」

「ミレイスが貴方に会いたいと言っていたので。私も顔を見てみようと思いまして」

「……ミレイスが?」


 一瞬の間で、そんなわけあるか、とでも言っているような気がした。

 じ、と見下ろされてミレイスは怯みそうになる自分を抑えて見上げ返した。横からはフリエッタの視線が刺さる。

 これはわかる。どうにかして交渉してイマチのところまで案内しなさい、だろう。


「その、迷惑、だったかしら」

「急に来られるのは困る」

「う、ああ、そ、そうよね! えと、その」

「それに、お前、寒さは平気なのか」


 水の精霊であるから、極端な暑さ寒さが苦手というのもズヤウは知っているのだろう。

ミレイスが言葉に詰まれば、だと思ったと言わんばかりに、ズヤウはどこからともなく防寒具をとりだした。動物の毛でできた暖かそうな首巻きだ。それをさっとミレイスに装備させて整える。


「体に障る前に戻れよ」

「ありがとう、ズヤウ。その、それでね」

「なんだ……ああ、いや、わかった」


 お礼を言いつつ、ちらちらとフリエッタを目線で示せば伝わったようだ。


「殿下は、こちらには居ません。本日の護衛は別の者がしています」

「なん、ですって……!」

「あと、ミレイスを外へ連れ回すのは止めていただけると」

「では、殿下はどちらに」

「言う必要がありません」


 淡々とかわすズヤウに、フリエッタのお嬢様然と繕っていた表情が崩れる。悔しそうに変えて、ミレイスを見る。


「ぐ、ぬぬ! ミレイス、貴女からも言ってちょうだい!」

「え、えっと。こうして気遣ってくれるし、殿下のご不在も教えてくれるし、ズヤウは優しいです?」

「違います! 惚気が聞きたいのではなくてよ! もうっ! 貴女のお話はまた後で聞くわ!」


 ひゅうと風が吹く。肌をさす冷たい空気でも、防寒具のおかげでましになっている。だがフリエッタの供たちは少々寒そうだ。


「フリエッタ様、ケアレもコットも寒そうです。ひとまず戻っては?」

「むむ……殿下が今いらっしゃらないなら、仕方ないですわ。戻ります。ミレイスは?」

「私は、あの、見学しようかと」


 会いに来たと言ったのはフリエッタだが、せっかくなので見学もしてみたい。そう言えば、にまっと微笑まれた。


「まあ、そう。ええ、良いわ。私、気が利く女でもありますの! せいぜい仲良くすることね! そして殿下に会ったら私のことをよろしく伝えてよくってよ!」

「では、私も残りましょう」

「いいえ! ここはそっとしておくのが駆け引きってものですわ! さっ、行きますわよ、ケアレ!」


 ほほ、と槍斧片手に笑いながら踵を返してフリエッタは戻っていった。残ろうとしたケアレを引っ張って大股で去って行く。嵐のような少女である。

 それを見送れば、ズヤウは呆れたように言った。


「カイハンといい、殿下といい……お前は、変な奴を引っかける性質でもあるのか」

「そんなつもりはないのだけれど」


 言い返せば、ズヤウが手を出す。


「ほら、手」


 夫婦のフリとしてよくしているため、反射で差し出された手に手を乗せる。そのまま包まれるように握り込まれて歩く。

 訓練に励む傭兵たちの視線が向かってくるが、ズヤウは気にせずミレイスを目の届く場所に立たせて手を離した。

 囁きが風と共に入ってくる。夫婦だとか、新婚だとか、羨むような微笑ましく見守るような悲喜こもごもの感情がこもった囁きたちに、目が瞬く。

 傭兵団のなかには、見知った顔もある。バーデンとサムエルだ。どうやら弓矢を放っていたのはバーデンで、サムエルは近接で戦う風体をしている。目が合えば冷やかすように口笛を吹かれた。


「……お前、なるべく早く、戻れ」


 どうしたのかと見ていれば、ズヤウは寒さか耳を紅くして気まずそうに呟いた。





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