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神様の手先の手先  作者: わやこな
冬のひしめき
39/59

九話


「コット! 私よ。開けなさい」

「――お嬢様。旦那様の恋文の数は」

「先月千を超えて、今朝千一通目を書いていらっしゃるでしょう」


 ガチャン、と大きな金属音を立ててドアが開いた。ずいぶんと変わった合い言葉である。

 開いた先で心配と顔に書いた侍女がフリエッタを迎えた。フロウリーも同様にイマチの姿を見て礼をした。ケアレの姿はない。


「殿下! 大事はございませんか」

「無事だ。問題ないぞ。それよりも閣下に土産話ができたのでな、早く戻ることにしたい」

「そうですか。門にケアレが馬車を呼び待機させています」

「うむ。フロウリー卿、ご苦労。フリエッタ嬢も共に報告をするのだが、馬車に余裕はあるか」

「ございます」

「ではゆくぞ」

「は」


 堂々とイマチの姿で命令するカイハンに、フロウリーが従う。フロウリーもおそらく知っているのだろう。表情を変えずきびきびとした仕草でフリエッタとイマチの後ろに付いて歩く。

 それを見て、ミレイスは数歩足を動かして止まる。まだ部屋の中にズヤウが残って、床に広がった水たまりを見ているのに気づいたのだ。


「ズヤウ、行かないの?」

「いや、魔力が籠もりすぎた水があるままはまずいだろう。土地に障りが出かねない」

「へえ……あ」


 おもむろにズヤウの手袋をしたままの手が動く。


(まさかズヤウ、また痛い思いをしてまで何かするんじゃ)


 咄嗟に魔法で落ちた水を手のひらに集める。


「どうした、急に」

「だ、駄目です!」

「なんだ」

「ズヤウ、魔力をまた吸うつもりじゃ」


 そう言うと、一瞬呆気にとられたように口を開けたズヤウが否定した。


「いや、しない。魔道具の素材になるから集めようと思っただけだ」

「本当?」

「こんなことで嘘をついてどうする」


 じいっと見つめれば、ズヤウは呆れた風に言って、瓶を取り出した。

 木製の栓が付いた丸い瓶だ。ぽん、と軽い破裂音とともに瓶の口が開けば、ミレイスへと向けられる。


「ほら」


 近くに出されて、催促のように振られる。仕方なしにミレイスは集めた水を注いだ。見た目以上の量だというのに、すべて飲み干して丸瓶へと水が入り込んだ。

 そして、瓶の栓を閉めて、ズヤウは脇腹辺りの見えない空間に道具を入れた。あれはシギが作った魔法鞄を見えなくさせているのだろう。賓客がいる屋敷だからと格好を気にしたのかもしれない。それにしても、一部分だけ不可視にできるとは器用なことである。


「ミレイス」

「なに?」

「魔法を使っていたとき、気がそぞろだったが、どうした」

「えっ、あ、それは……」


 ――何かあれば言え。


 ミレイスが一月半眠りに落ちてから、ズヤウはやや過保護のきらいがある。

 どうもミレイスが倒れてしまったことを自分の監督不足だったと思っているらしい。

 それはとんでもないことだった。

 なぜなら、あれはミレイスの不注意、事故みたいなものだ。彼は真面目すぎる。無愛想を装っていても、マメに面倒をみては世話を焼いてくれていた。

 カイハン曰く、ズヤウの精神的疲労が世話を焼くことで回復するなら好きにさせてやれ、らしいが、ミレイスとしては落ち着かない。なにせ、元々は自分が倒れたせいなのだから。申し訳なさもあるが、どぎまぎと落ち着かないのもある。

 耳にたこができるかと思うほど言われた言葉を思って、また心配をかけてしまうのではと、躊躇いに口が籠もってしまう。

 だが、そんな様子では、何かあったなどと見え見えだ。ズヤウは目が隠されていなければ、眉根を寄せて出来の悪い子どもを見るようにミレイスを見下ろしていただろうとわかる様子で、トン、と軽くミレイスの額を指先ではじいた。


「黙ったままじゃわからない。僕は御方みたいにお前の思考は読めないんだ。言え」


 呆れられたのだろうか。額に手を当てて見上げる。


「……魔法を使ったとき記憶を見てしまって」

「お前の、ではないな。ああ、なるほど」


 ズヤウは納得したようにうなずいた。


「魔力にあてられたか。そういうこともある、安心しろ。害はない」


 言って聞かせるようにミレイスの顔をのぞきこんで、ズヤウが額にあてていた手を取ってそのまま握った。

 そして、引かれるまま歩き出す。部屋の前で控えていた、館の使用人たちに会釈をして通り過ぎる。


「魔法で水を操作したとき、お前と水は繋がっていただろう。相手も魔力を向けて抵抗したとき、見えることがある」

「おかしなことではないのね」

「あまり起こることではないが、ないわけではない。それで、何を見た」


 安心して、ミレイスはそのまま見たことを口に出した。


「コンハラナ様が、王都で過ごしているところを」

「水の王都か」

「はい。それから、兄上とお会いして……ズヤウ」

「なんだ」


 言いながら、肌が粟立ったのを感じた。


「私を実験した人、見つけたわ」

「そうか」


 それで、と視線を感じた。それに勇気づけられて続ける。


「第四王子、アサテラ兄上」


 震えそうになった手を、ぐ、と強く握られた。エスコートをする手が暖かい。


「……身内か」

「たぶん、そう」

「そうか」


 少ない言葉が、かえって慰められた。あれこれと言われるよりも、労りの感情が伝わる声に、ミレイスは繋がる手を握り返す。


「大丈夫。私は大丈夫です」


 言い聞かせるように繰り返す。


「今の私は、あの頃の私ではないもの」


 しっかりと声に出せば、よく言えたとばかりにズヤウの口元が緩んだ。


「ああ。それでいい」

「はい」


 繋いだ手の先、ズヤウの腕にそろりと身を寄せる。普段なら文句の一つも言われたが、このときばかりは何も言われなかった。

 これは依存だろうか。わからないが、心を穏やかにさせてくれる存在に、気持ちが傾いているのだけはわかってしまった。







 コンハラナの偽物の事件からしばらくして。

 ミレイスはフリエッタに招かれて、先ほどまで怒濤の語りに巻き込まれていた。


 ちら、と一息つきながら部屋を見回す。

 フリエッタが与えられた部屋は、ミレイスの部屋とはまた大きく異なっていた。

 彼女の趣味なのか、全体的にひらひらとした装飾が目立つ。

 ベッドやソファなどの家具を飾る布には裾のレースがひらめき、少女めいた甘やかさが部屋に溶け出しているかのようだ。色合いも淡い春めいたもので、この部屋だけは季節が早く巡ってきた気さえする。

 ただし、部屋の一角は物々しい。

 ミレイスが招かれて案内された席から、奥のほうが見える。そこにはフリエッタが着用していた甲冑の他に、鎖帷子やら盾やら武具やらが並んでいる。どれもこれもきちんと手入れをしているのだろう、明かりを反射して鈍く光っていた。

 向かいには華やかなドレスを着たフリエッタが座っている。ひとしきり語り終えて満足したのか、用意されたお茶で喉を潤してほう、と息を吐く。


 そもそもこの部屋に招かれたのは、唐突なことだった。

 執政官の館へ戻り、あった出来事を報告した後、賓客としてフリエッタは館に部屋を与えられた。

 立場としてはテネスナイの縁者だということになっているミレイスと同等らしいが、フリエッタはイマチの許嫁である。可能であれば願いは聞き届けるようにという通達があった。これはテネスナイから下手に言われたが、そう言われなくても尊重するつもりだ。

 なにしろ、館には年若い者たちは少ない。フリエッタと同じ年頃はおそらくイマチぐらいである。これでは息苦しいかもしれない。何度も退屈で抜け出すイマチを見ているから、そう思えてしまった。

 なお、ほかの同世代の子どもはイマチの学友や側近候補として揃える前の段階。

 つまり選定中らしいが、館を自由に出入りできるほど信頼を置かれている者はまだいない。現状、ミレイスたちやフリエッタのみである。

 刺客やわけのわからない化け物が現れているからこそ、過敏なほど警戒をしているのだ。イマチが言うには、「御祖母様はおれを大事にしてくれるが過保護すぎるのだ」だそうだ。

 報告を兼ねての謁見が、フリエッタとイマチの二回目の顔合わせとなったが、両者の相性は良いも悪いもまだわからない。

 ただ、ミレイスにもわかったことはある。


「ああ、こうして直にお顔を拝謁できる日がまた来るなんて! 明日も会えるのよ! それってとっても、とってもとっても素敵なことなのよ! わかるかしら、ミレイス!」


 よほど、イマチのことを好意的に思っているのだということだ。

 最初、フリエッタと会ったときも随分と好いているとは思ったが、二度目の顔合わせの日に再確認した。

 ふわふわと足元に羽根を生やして浮いているかのような。カイハンのように風魔法を使って飛ぶような。そんな調子で好意を前面に出したフリエッタにイマチは終始困惑しつつも照れていた。勢いはすごいが、可愛らしい少女に好かれて悪い気はしないのだろう。


「あれは、まだ幼い殿下が王都にいらしたばかりのころ……私もまた、右も左もわからぬ小娘でしたわ」


 そして本日五回目の思い出話が始まった。

 言葉は少々変わりつつも内容は同じだ。幼いころとは、今より五年ほど前のことらしい。


「辺境の蛮族と口悪く囀ずる宮廷雀どもなど気にせず、殿下が私の手を取ってくださったとき。私は確信いたしましたのよ! 嗚呼! これが! 愛!」


 恍惚に頬を赤らめて両手を添えて身をよじる。ミレイスはただ相づちをうちながら聞くばかりである。

 部屋の壁際にはフリエッタの侍女であるコットと、部屋の護衛にとケアレが控えているが二人はすでに生暖かな目から無の表情へ変わっている。


「お前の手は、努力したものの手だ。細かな傷も、おれには羨ましい。励めよ……と、仰せになられた私の殿下! 貴女、信じられて? あの頃の殿下はそれはもう素敵でしたのよ! あっ、もちろん今の殿下も立派になられて……とても凛々しくて私、目眩がしそう……ねえ、聞いていらっしゃる?」

「はい、聞いていますよ」


 こくこく頷いて返せば、フリエッタはよろしいと言って続けた。まだまだ続くらしい。


「最初、殿下の専属女官がつくと聞いたときは心配しましたのよ。私がいくら殿下をお慕いしていて、水の国の法では重婚が推奨されないとしても、絶対ではないですもの。オトイラ殿下がいい例ですわ」

「たしか、第二王子殿下のお相手が複数いらっしゃる、のでしたか?」

「王子宮には住まわせないのに、城下や各地域にいらっしゃるのよ。まったく、殿下の教育によろしくないわ! 王都を離れてくださって、どんなに良かったと思ったことか!」


 ぐ、とフリエッタが握りこぶしを作る。


「その点、貴女には安心していてよ。だって、結婚なさっているのでしょ? 私たちのような親や家で決められた許嫁ではなく、好き合って結ばれた者同士なのでしょ? まるでお話のようですわね」


 きゃあとはしゃぐ姿に、恩人の姿が重なって見えた。

 たっぷりと伸びて巻いた赤毛も、恋や愛を喜んで語る姿も、アセンシャの姿を彷彿する。だからだろうか、ミレイスはフリエッタを好ましく思えていた。


「人妻が殿下に粉をかけるなんてことも思いましたが、新婚で仲も良好そうですし。心配するだけ無駄だとわかりましたわ。それで!」

「は、はいっ」

「ミレイス、貴女、私に何か語って見せなさいな」

「ええ……」


 思わず苦笑いする。何かと言われても、この場合どうすればいいのかわかりかねる。

 助けを求めてそっと控えているケアレたちを見たが、そっと首を横に振られた。フリエッタの侍女に至っては、申し訳なさそうに見返されてしまった。


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