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神様の手先の手先  作者: わやこな
夏のはじまり
3/59

三話


「このお店のお勧めを一つお願いします」


 注文を取ってわくわく待つ。

 ナカハは自然豊かな土地であるため、獣肉の料理が自慢らしい。他の客が頼んでいるのは、かぶりつきの串焼き肉。ちょうどよい大きさに切り分けた分厚いステーキ。薄くスライスした薫製肉。どれもこれも肉料理がメインだ。

 人の器を持つためにおよそ何でも食べられるのは喜ぶべきことだろうか。

 間もなく届けられた料理はでかでかとした分厚いステーキ。湯気が顔を仰いで昇る。まだパチパチと跳ねる油が出来立てを歌っているかのようだ。


(ふああ……すごい量だわ)


 周囲に自分はどう見えているのだろう。

 年端もいかない娘が一人で肉を食らいつく様子は変ではないだろうか。きょろりと辺りを確認するが、だれもミレイスを気にした風でもなく、各々好き勝手に食事や会話を楽しんでいる。ほっとして一切れ分けて口に運ぶ。

 美味しい。暖かい。

 もちろん家で食べる食事も格別だが、他所へ出掛けて食べる食事も甲乙つけがたい。

 人が入れ替わる。なかなか人気の店らしい。しかし気にせずミレイスは食事を続けた。

 一皿。おかわり。もう一皿。

 栄養を摂るだけならすでに必要十分以上の量を平らげて、ようやくミレイスは一息ついた。

 そうして、自分の目の前で頬杖をついている男が居ることに気づいた。

 席がないために相席をしていて、料理を待っているのだろうか。

 くすんだ鈍色の髪は目元までのびていて、目線を隠してはいるが、顔の向きでこちらを見ているとわかる。退屈か時間つぶしか、長い指先が頬をゆっくりと触れるように跳ねている。

 年若そうな男だ。

 しかし格好は暑い時期にそぐわない肌を覆った季節感を無視した格好だった。

 長袖のシャツの下に手袋をしっかりとはめて、顔以外の肌の露出は一切ない。さらに、目元は隠されて、わかるのは通った鼻筋と形の良い唇だ。おそらく造作が整っているのだろうとはわかるが、格好のせいで不信感が先に立つ。

 なんだろう、とうかがっていると、やがてため息をつかれた。


「役目を放って食い遊んでいるとは、何を考えている。この大食らい」


 開幕、暴言を吐かれた。

 あまりのことに、一度瞬きをしてまじまじと相手を見る。


「おい、返事も出来ないのか」


 落ち着いた柔らかな声。思わず耳を傾けてしまうようなものだった。水精は歌を得意とするものも多い。だからこそ声音や楽に関しては、ミレイスも多少は耳が肥えている。

 しかしそんな優しい印象の声で罵倒されるとは。

 自分に言われたのかと思わず左右を見て、もう一度目の前の人物を見る。


「え、と……私にご用でしょうか」

「他に誰がいるんだ。気づくのが遅すぎる」

「はあ」


 呆れた調子で返されて、はて、と相手を見る。

 まじまじと見れば、伸びた前髪の隙間から目元を覆う布が目に映る。

 は、とミレイスは鞄からアセンシャに渡された布を取り出す。広げて交互に男と布を見比べて、あっ、と気づいた。


「あっ、お弟子様!? あのシギ様の」

「こんなところで御名(みな)を気安く呼ぶな馬鹿!」


 素早く遮られた。それから辺りを注意深く確認して、ちらちらとミレイスたちの机を見られていると把握したのか、取り繕うように和やかに男は言った。

 机に両腕を置いて組み、前屈みになる。柔和に口元は笑っているのに妙な威圧感がある。


「んんっ。いいか、僕は急いでいる……わかったら、さっさと行くぞ」

「は、はいっ」


 滅茶苦茶怒っている。それだけは人との交流が少なく、感情にまだ疎いミレイスにもよくわかった。





 男は怒りを隠しながら、丁寧にミレイスの手をとって食事処から連れだした。

 ミレイスが自分で支払いをする前に支払いを済ませた様も実にスマートだった。

 振る舞いだけは、品の良い青年ともとれるが、時折吐き出される言葉は鋭くミレイスをひるませた。

 キョロキョロするな、田舎者みたいだ、だとか。もっと堂々と振る舞え、良いカモになりたいのか、だとか。遠慮がないというか、険のある声で言うのだ。


(アセンシャ様……やっぱり、ご期待に沿えることは難しいと思います)


 心の内で、ミレイスと前を歩く件の弟子との仲を期待するアセンシャに謝る。

 やはり誘惑に負けて食事をしてしまったことが悪かったのだろう。それに支払いまでさせてしまった。反省をしながら、しょんぼりと腕を引かれて道を歩く。

 弟子だと思われる男は、目隠しをしているにも関わらず、足取りもしっかりとしていて障害物も避けている。

 目が見えないわけではないのか、それともアセンシャと同等の力を有する者の弟子だから特殊な術や魔法を心得ているのかもしれない。もしくは、ミレイスと同じタイプの鞄を肩から提げていることから、特殊な神具を与えられているのかもしれない。


「おい」


 歩きながら前から声が掛かる。ちょうど街門を通り抜け、人気もない道にさしかかったあたりだ。

 男は立ち止まると、辺りに誰も居ないことを確認してからミレイスを振り返った。


「お前、何者だ?」


 急に問いかけられて首を傾げる。

 わかっているものかと思っていた。それこそ、彼の師匠であるシギから聞き及んでいそうだと思っていただけに、知らなかったのかと意外に感じながら答える。


「ええと、私は精霊のミレイスと申します」

「……いや、そうじゃなく」


 そう言って、男は考えるように黙り込んだ。じっとミレイスと繋いだ手を見下ろしている。

 どうしたというのだろう。

 ミレイスの手はなんの変哲もない人の手、のはずだ。肉の器は間違いなく人と同じものである。あまりに考え込む様子をするもので、どこか調子が悪いようにも思えてくる。東の果てという場所から来たのなら、疲れも出てきたのかもしれない。


「あの、お弟子様。体調が悪いようでしたら、私、多少の魔法の覚えがあります」

「いい。お前より僕のほうがずっと上手くやれる」


 善意のつもりでかけた言葉は、あっさりと断られてしまった。まだ何か含んだ様子の男は、一つ呼吸を置いて手を離した。


「……挨拶が遅れた。お前が変なことばかり言うから……僕はズヤウ、東の御方に仕える者だ」

「あっ、はい。よろしくお願いいたします、ズヤウ様」

「様はいらない。敬語も。そう畏まれる身じゃない」

「ええと、でも、シギ様にお仕えする方にそれは」

「いい。精霊だっていうお前に呼ばれるのは具合が悪い。やめろ」

「は、はい」

「ん」


 それでいいとばかりにズヤウは尊大に頷いた。

 まるで、命令をしなれているような態度をする。しかし、最初よりは少し険がとれたような雰囲気になった。精霊だと言って、アセンシャの庇護下にいるとわかったからだろうか。

 なんだか、不思議な人だとミレイスは場に飲まれたように頷き返す。


「言っておくが、僕は人が嫌いだ。だから、お前が人じゃないっていうなら、まあ、多少は信用しよう。シギ様の鞄を持っているし、嘘ではないだろう?」


 そう言うズヤウは人ではないのだろうか。

 たしかに町の人とは違う雰囲気がある。見た目の格好ではなく、内包する魔力というか精霊が同輩と告げる何かがある。それは、隠された手足だったり目元だったりと、ちぐはぐな感覚があるのだ。

 もしかして仲間なのかも知れない。

 精霊の亜種だというミレイスの数少ない仲間だから、アセンシャは仲良くと言ったのだろうか。期待がふっと胸にわく。


「ズヤウは? ズヤウも精霊なの?」


 そう思って問いかければ、ズヤウはただ黙って見返して街とは逆方向を指し示した。ミレイスが来た道だ。


「あそこが、お前が来た道か?」

「えっ」


 あからさまに返答を濁された。

 だが、何度も聞けるほど親しくもない。会ったばかりの相手に、気軽に話題をふれるほどミレイスのコミュニケーション能力は育っていないのだ。

 ズヤウの指先を見て、ミレイスは肯定する。


「あ……ええ、あの奥に家があるの」

「そうか。じゃあ、ほら」


 手招きをされた。

 首を傾げてから近寄ると、また腕をとられる。一歩開けた距離までさらに寄せられた。自分より幾分か高い位置にある顔は、何を考えているのか解りづらい。


「どうして手を?」

「移動するから」


 そう言うやいなや、視界がぐるりと変わる。

 驚きに目を白黒する。周りはミレイスが来たときに通った木々の小道だ。

 一瞬で移動をしたのかと理解がおよぶ前に、再びぐるりと辺りの景色が変化する。木々が歪み、遠くへ流れるように動いてさらに奥へ。

 それを一度、二度、三度繰り返していく。


「ズヤウ? これって」

「五月蠅い。集中が途切れる。次は、あっちだな」


 ぴしゃりと質問を切って捨てられて、ズヤウは頭を上に向ける。ミレイスもその方向を追えば、白い煙が空へと浮かんでは消えていくのが見えた。

 いつの間にか、家の付近まで戻ってきたのだ。

 一日、二日かかる距離をあっという間に。

 さすが、強大な力を持つ存在の弟子なだけはある。感嘆に息を飲んで、ズヤウを見る。


(すごい。すごい力だわ。やっぱり、私なんかよりよっぽど高位の方なのかも……なんの精霊なのかしら)


 ミレイスは自分以外の、意思がはっきりとした精霊を目にしたことはない。

 アセンシャが暮らす土地にはたくさんの精霊種や魔物も存在するが、ミレイスのように言葉を発して意思を持って動き、考えるほどの力を持つものはいないのだ。

 世の中は広いので、いることはいると教わったが、会ったことはなかった。きっとそれは、ズヤウのような者なのかもしれない。

 やっぱり敬ったほうが良いのかもしれない。目をぱちくりと瞬かせてミレイスはただズヤウを見上げた。




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