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神様の手先の手先  作者: わやこな
秋にゆらぐ
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十七話


 身だしなみを整えて、貴族街へと訪れたのは昼に近づいた頃だった。

 予想外に衣装選びに熱が入ってしまったのだ。いざ体に当ててみるとどれもいいように思えた。

 魔法に長けた者、つまりは魔法師という職業らしいが、こちらの衣装は基本的に長いローブ姿が多い。ただし、今回は執政官と王子に面会するため、色合いやデザインであれがいいかこれがいいかで迷ったのだ。ほかにも、それに合わせた小物や飾りなど、執政官は派手さを好まないらしいので大人しいものをと探る。


 結局、ミレイスの服はズヤウが「これ、似合うんじゃないか」と指してくれたドレスローブとなった。

 翡翠色がベースの明るい色合いである。動きやすいように下にはズボンを履いた。それからシギからの腕輪に、羽根の髪飾りと髪紐で髪型を整えて、アセンシャが用意しただろうなめし革のブーツへと変えた。

 対するズヤウは、ほぼいつもの格好に、せめてこれはとカイハンが身につけさせた深緑色のフードローブだ。

 ただ、いつものチュニックやその下の長袖はより素材が良いものへと変えた。ズボンも動物の皮ではなく、シギ謹製らしい恐ろしい価値だろうズボンとなった。選んだときにズヤウが一瞬固まっていたほどだ。

 カイハンは、アセンシャからもらったブラッシング用のブラシで羽根を整えて羽根飾りをつけて、他にいくつか魔法の道具を持ってもらった。持つといっても、どう見ても首の中に吸い込むみたいに収納していったのだ。アセンシャからの道具ということで、シギに取り上げられるかもとは言っていた。ミレイスの弁当の前科があるだけに否定はできなかった。



「止まれ。何用か」


 貴族街の門には衛士が配置されている。立派な衣装に身を包んだ男がぎょろりとした目で睨むように見て、居丈高に言う。

 だが、あらかじめ通達があったのだろう、昨夜のことを話し始めたら顔色を変えて止められて小声で詳細を確認された。

 答え合わせのように詳らかに話して、証明だとカイハンが大粒の青い石が嵌まった指輪を見せれば頭を下げて通された。どうやらこの衛士はイマチの捜索時にかり出された者の一人であったらしい。すぐにお送りできますと馬車へと乗せられた。

 乗車のときにミレイスたちを見て、馬たちが頭を下げたのには驚いた。とても賢い馬なのだろう。馬車を用意した衛士が言うには魔力を持つ特殊な馬らしく、早く駆けることが可能らしい。

 そのまま見送られて、貴族街を馬車が走り出す。馬車内が自分たちのみということを確認してから、ミレイスはカイハンにたずねた。


「指輪、どうしたの?」

「どうせ止められるだろうからと、昨日酒場で交渉して預かっておいたものです」


 指輪をしまいながらカイハンが言う。胸元にしまっているかのように見えたが、実際はどこか別の空間だろう。

 貴族街の通路は下町よりも整然と並んでいる。建物も一つ一つが大きく立派で、垣根を作っていたり柵で囲っていたりと広い敷地ばかりだ。

 徒歩で歩く人はほとんどが使用人か御用聞きの商人なのだろう。ごくたまに豪奢な衣服を着た男女が歩いているが、それは大店への前であったり大きな劇場などの施設に限ってだろう。下町のごったがえすような人通りはない。


「到着したら、基本的な対応は私がしましょう。ズヤウはミレイス嬢にもし何か聞かれたら、フォローしてくださいね」

「ああ」

「設定も忘れずに、ですよ?」


 いたずらっぽくカイハンが言う。橙色が楽しげにほそまっている。からかっているとわかったのだろう、ズヤウは黙った。代わりにミレイスはうなずいておいた。

 揺られることしばらくして、馬車が停止した。

 下車すれば、すぐに立派な邸宅の正面だ。白い石造りの壁に金と極彩色の細工が施され、美しい青緑の色合いをした屋根の上には旗が躍っている。

 一際豪華な造りの入り口の扉には、門で見た衛士よりも立派な格好をした者がいる。軽く礼を取って重い音を立てて扉を開けて中へと通される。

 磨き上げられた石の床に蒼い絨毯が敷かれている。その上を歩くように案内されて、さらに奥へ。きょろきょろと辺りを見てみたい気持ちもあったが、エスコートする手に視線を向けて気を落ち着かせる。


 ――貴方たちは、それは仲の良い夫婦ですからね。


 そう言ったカイハンの指示に従って、ズヤウは手を取って移動してくれる。とてもありがたく心強い。時折安心させるかのように、掴む指先をそっと握っては緩めてくれている。

 ちなみにカイハンの立ち位置は、訳ありの良家の子息、ということになっている。ズヤウはその臣下で妻ともどもこの街で落ち合った……という設定だ。だからこそカイハンが一番前に立ち、交渉や言葉のやりとりを主に行えるのだ。


 貴賓室で、お待ちです。

 そう案内が終わり、繊細な細工が施されたドアが開く。

 中には黒い円卓を囲むようにゆったりとした曲線の椅子が置かれ、その上座に勇ましい軍服姿の老婦人と黒地に金の装飾の宮廷服に身を包んだイマチが座っている。臙脂色の壁際には数人の帯剣した騎士姿の男女が直立して控えていた。


「よくぞ参った。座るとよい」


 老婦人が言った。

 おそらく彼女が、カヒイの都の執政官、テネスナイ・ダスィア・ミクノニス本人だろう。

 威厳ある口調で開いている椅子を視線で示す。すぐに控えの者が椅子を引いた。カイハンが動いて着席したのに倣って、ズヤウに案内されてミレイスも椅子に座る。


「まずは、この土地を治める者として礼を言おう」


 視線だけで礼をされ、それにカイハンが頭を下げるのに合わせてミレイスたちも頭を下げる。うむ、と言ってテネスナイは続けた。


「さて、妾は堅苦しいのは好まぬ。続けて、この子の保護者として礼を言おう」


 そしてすっくと立つと、隣のイマチを立たせた。


「妾の孫を二度、保護したと。感謝をしよう。誰に似たのか、すぐに抜け出して困っていたのだ。其方らのおかげで、大事なく過ごせたと聞いている」


 そしてイマチの頭を下げさせた。


「直答を赦すゆえ、好きに話せ。話に聞くが、其方らただの者ではあるまい?」


 またゆったりと椅子にかけ直して、テネスナイは指を組んだ。イマチはその様子を見て真似をしている。ミレイスと視線があうと、いたずらっぽく笑みを見せた。

 それに笑みを返しそうになって、表情を引き締める。好意的な場ではあるのだろうと、すこしばかり安心したが、まだ気を緩めてはいけない。


「安心せい。妾とて、王家にいた身。神々の配下たる御身の話は聞き及んでいる。拝謁を賜ったことはないがの」

「然様ですか」


 カイハンがそこでやっと声を発した。


「それならば話は早い。殿下より、聞いていますか」

「ああ。この場に居る者は、ラルネアン・イマチ・ミクノニスの特異な才能を理解している者のみ。光栄なことよの、妾の孫が『いと賢き強大なる金腕の君』の声を拝聴するとは……のう、イマチ」

「はい、御祖母様」


 執政官、ではなく祖母と言う。形式的な場というよりも、私的な場に近いのだろう。

 テネスナイの唇は柔らかく弧を描いている。彼女は孫であるイマチを慈しんでいるのだ、そう思わせた。

 ミレイスは視線をカイハンへと向けた。ズヤウに似た面影を残す美しい少年の顔がほころぶ。


「それは結構。端的に申しましょう。我らが主である、東の御方の道具を真似たものがこの街にあるのです。心当たりは?」

「道具、とな」

「御祖母様! おれが王都で見たものです。あの部屋の、神様のすごい道具だっていう」

「ふむ? 妾が押収した物のいずれかだな?」


 テネスナイが使用人に顎を向ければ、一歩前に出た騎士服の男が礼をして答えた。両手を前に出して右手で左手を包む、水の国特有の礼だ。


「申し上げます。宝物庫にいくつか該当の品がございます」

「あいわかった。宝物庫の出入り許可を。他の者へも通達いたせ」

「直ちに」


 テネスナイの声に、頭を下げて騎士が一人出て行った。


「妾はこれにて下がろう。斯様な老婆でも、馬車馬のように働かされるのじゃ。ゆるされよ」

「いえ、格別のご配慮痛み入ります」


 カイハンが言えば、テネスナイはミレイスたちを見て、やがてくつくつと笑い出した。


「ぬかしおる。其方ら、御方の先触れであるならば妾と同等以上であろ。畏まるでない。まったく、我が孫はとんでもない御仁を引き当てる」

「うむ! カイたちはすごいのだ、ばーちゃん!」

「これ! 客人の前じゃ! まったく、勉強が足りておらぬぞ……ほれ、イマチ。其方が案内せい!」

「あっ、はい! わかっております。こちらだ、各々方。付いてまいれ!」


 元気よく言ったイマチは、祖母の叱責を物ともせずに衣装を翻して早足でドアの前に向かう。続いてカイハンが。その後に立ったズヤウの手を取ってミレイスも立ち上がる。

 高位の立場であるテネスナイに礼をした。

 胸の前に手のひらを内側にして重ねて置き、右足を引いてすこし曲げ、頭を下げる。拝礼の次に丁寧な仕草である水の国のお辞儀だ。マナーとして学んでいてよかったと思いながら、下がる。


「……娘」


 出る前に、ミレイスに向けてテネスナイの声がかかった。


「生まれはどこじゃ?」


 聞かれて、ミレイスは困った。精霊として生を受けた場所でいいのだろうか。

 言ったら言ったで余計な混乱を与えそうだ。答えようか答えまいかで迷っていると、肩を抱かれた。落ち着いた声でズヤウが言う。庇ってくれたのだ。


「妻が何か」

「いや、随分と水の国の儀礼が自然だったのでな。引き留めてしまった。ま、其方がどこのものでもよかろ。行くがよい」


 今度こそ肩を押されて、ミレイスは貴賓室を後にするのだった。




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