十六話
朝日だ。
地下の部屋だが、窓に魔法を掛けて外の景色の天気を反映しているらしい。
つまり、今は天気の良い朝だということである。部屋の窓から差し込む光を見て、目を擦って起き上がる。
夢で見たことを思い返して、部屋の中にある衣装棚を覗いてみる。明らかに増えている。わざわざ魔法で容量を拡張しているのか、開けて頭を突っ込んでみれば、この部屋よりも大きな部屋が内包されてそこに衣装がぎっちりと詰められていた。
ありがたいが、恐れ多い。ひとまず、手前にあったいつも着ているシギからの衣装を手に取る。着慣れているのもあるし、選ぶ手間も省けて楽なのだ。もしも必要になれば、あとから着替えればいいだろう。
着替えを済ませて部屋から出る。
まだ誰も起きていないのか、しんと静かだ。
(アセンシャ様、ありがとうございます。私のお願いどおりだわ)
きょろりと見渡しても、カイハンもズヤウも居間にはいない。
いつもなら、早々に起きているカイハンが挨拶してくれたり、眠りが浅く、同様に朝の早いズヤウが淡々と調理準備をしている。
それを確認してから、また部屋に戻って鞄から薬と換えの包帯などの救急道具が入っているのを確認して持って出る。
(そうだわ。体に良い何かを作っておきましょう)
以前料理したときにはズヤウにがっかりさせてしまったが、薬草料理ならば。
たとえ数年であっても、薬に長じているアセンシャの元にいたのだ。多少は出来る自信があった。
それに、ズヤウの料理をしている姿を見ながら、勉強してはいる。まだ任せてもらったことはないが。すこし落ち込みそうになったが、気を奮い立たせて台所に向かう。
日々、調理以外の工程は手伝っているので、ある程度の食材の場所や使い方はわかっている。あとは、体に良い薬草などが必要だ。そしてそれも、鞄にたくさん詰められている。アセンシャの気遣いだろう。
本当にありがたいことだと、両手を組んで祈っておいた。
鞄から、何種類かの薬草や香草、種子や果実を取り出す。どれもこれも、実は貴重なのものだったのだと街の薬問屋で知ったが、ひとまずその価値は思考の片隅に置いておく。
(ええと、滋養に良いもの……それに昨日のズヤウはなんだか興奮していたから、落ち着く効果があるもの)
魔法で鍋に水を入れて、火にかける。
汁物には、口に運ぶと舌先で蕩ける白い果実を入れる。湯に通すと半透明になって、栄養が溶け出すのだ。この実自体がほんのりしょっぱいので、味はすこし足すだけでいい。前はそれだけだったから文句を言われたのだ。
(うう、ズヤウの料理が美味しいから舌が肥えてしまったわ……でも、でも、前よりは美味しい。美味しいと、思うわ)
一口味見をして、物足りなさを感じる。
鞄から乾燥茸を取り出す。切り株の根元に生える平べったい白い茸で、無毒だ。こちらは小鍋で炙ってから切り、汁物に追加した。
さらにその出来た汁を使う。本来なら、アセンシャの畑で取れた変わった野菜を使うが、今回は台所の食糧入れから根菜をとりだして、小さく切り分けて煮る。この根菜は中身が真っ黄色をしていて、熱を帯びるとほこほこと甘い。ただ火を通すだけで美味しいものに、ミレイスは感動したのを覚えている。
この街に来てから、好きな食べ物がたくさん増えた。
自分が食べたくなって、頭を振って我慢する。
(あとは、血も流れていたから、造血作用にお肉とかがいいかしら)
あのとき大量に狩っていた鳥肉は干したものがまだ残っている。
時折、違う種類をズヤウが出かける度に持って帰ってくるからなかなか減らないのだ。
台所の下の棚は冷暗所となっている食料保存場である。もちろん魔法がかけられており、いつまでも保存が利く。開けばひんやりとした空気が肌に触れた。そこから鳥肉を出して、堅さを確認する。これなら油で包み焼きをすれば良さそうだ。調味料は簡単に塩を振りかけるだけ。
風の国では沿岸部以外は塩が貴重らしく、なかなか手に入らなかったという。水の国に吸収されてからは、というより、現在の執政官が治めはじめてから流通がよくなり下町にも手が届く値段となったそうだ。為政者として、良い人物では、とカイハンが言っていた。
主食には買い置きのパンがあるので、それでいいだろう。
(薬草茶で、終わり。私にも、出来たわ!)
うんうんと満足感を抱きながら、お茶に使う薬草を選別して水気を魔法で抜く。
こういうとき水魔法でよかったと、現金な思考が浮かぶ。ティーポットに入れて、一度綺麗にした小鍋に湯を沸かして入れる。あとはゆっくり蒸らしてから注いで完成だ。
「ミレイス、終わったか」
「ええ、終わったわ!」
達成感から、掛かった声に元気よく返す。
「そうか。珍しいな」
(あら?)
くるりと振り向くと、朝焼け色の目と合った。
「おはよう? ございます?」
「……ああ、おはよう」
静かに挨拶が返された。
パチパチと目が瞬く。珍しいと言われたが、ズヤウこそ珍しい。瞳を晒したまま、落ち着いた様子だ。一晩休んで体調は良くなったのだろうか。
そう思ったが視線を腕へと落とせば、まだ怪我はあるのか包帯が見えた。服はまたきっちりと長袖とチュニックと革ズボンにブーツと着込んでいるが、長袖の先が折りたたまれていたのだ。おかげで確認が取れてよかったが、どういう心境の変化だろうか。
「ズヤウ、目はいいの?」
「ああ、まあ……どこかの五月蠅い鳥避けだ」
カイハンのことだろう。ミレイスが料理に奮闘している間に、何かやりとりでもあったのだろうか。すっかり部屋の音を気にしていなかった。
「袖もめくっているけれど。あっ、もしかして包帯の換えを探している? 待って、私、アセンシャ様からお薬をいただいたの」
「いや、これは、西の御方がしろと」
「ズヤウのところにもアセンシャ様がいらしたのね! アセンシャ様、素敵な御方でしょう? ちょっと、その、気ままなところがあるけれど」
「否定はしない」
それに笑い返して、ミレイスは居間の椅子を手で示した。
「座ってください。手当します」
「大丈夫と返しても、譲らないだろ、どうせ」
「はい!」
「お前も大概、西の御方の影響を受けているな」
「ふふ、それは光栄なことだわ」
渋々座ったズヤウのところに向かってから、腕を取って包帯を外して適当な場所にまとめる。
新たに血は滲んでいないようで安心した。相変わらず鱗はあり、前腕だけならば腕と言うよりも、は虫類の胴のようだ。滑らかな光沢の鱗はズヤウの髪色と同じ鈍色だが、明かりに反射すると虹色のように変化して白銀に光る。
(不思議ね。とてもきれい)
見とれて手が止まりそうになったが、鞄から夢で見た薬を探す。きちんと存在した透明な小瓶を手に取って、腕に塗り込む。
「痛い?」
「いや、まったく。だから、平気だと言ったのに」
「だって、わからないんだもの。ズヤウは我慢強いってアセンシャ様が褒めるくらいだもの。そんな貴方が我慢してるかどうか、私には判断がつかないわ」
手袋を外すときは、わずかに顔をしかめられた。おそらくこれは、あまり晒したくないからだろうとなんとなく察した。
昨夜見たままの獣の手だ。指先の第一関節から突き出た鋭利な爪は見ているだけで痛そうだが、本人は苦痛の声や表情はない。
なるべく早く薬を塗り込んでもう一度包帯を巻く。
「もういらないが」
「薬の効果が終わるまでは駄目よ」
手袋を嵌めて、もう片方の腕も同様にこなす。手袋を外して塗り込み、包帯を巻く。
「……なあ」
「何? 痛かった?」
「痛くない。ただ、お前が、前より慣れた口で話せるようになったなと思っただけだ」
「えっ」
そうだろうか。あまり意識をしていなかった。
「まだ畏まった物言いはするが、マシになった」
「そうかしら」
「ああ。そのほうが、いいよ。お前」
巻く手が止まってしまった。美しい朝焼けの瞳が穏やかにミレイスを見ている。柔らかな表情が、頭に焼き付く。
(あら? あれ? わ、私、なんで)
なんだか顔が熱い。こんなことは初めてだ。褒められたからだろうか。とても照れくさい。
「あ、ありがとう」
「いや、他意はない。ないからな」
何故かズヤウも頬が朱くなっている。気まずい沈黙が降りそうになったので、振り払うように手袋を嵌め直してそそくさと台所に戻る。
「あの! 滋養のある薬草料理を作ってみたの。味はきっと大丈夫だから、その」
「あ、ああ。もらう」
おかしい。ほわほわと嬉しい気持ちが後からじわりと滲んできた。
いつも通りに目元を覆う布を巻いたズヤウに、ほんのすこしホッとしてしまった。そして、ややあってから賑やかに戻ってきたカイハンに、ますますホッとしてしまった。
「そうですか。西の御方より、ちょうどよく衣装を賜ったのですね」
にこやかにカイハンが言う。逆さ吊りになりながら。
魔法を使おうと思えば使って脱出できるだろうにそれもせず、わざわざ人の形に変化した上で、ズヤウに吊るされていた。
実際には、鳥の頭をロープで巻いて吊しているが、魔法の道具を使って変化するとこうなるらしい。
なぜ人の姿になったのかと聞けば、こうしていると罪悪感が湧くかと思って、と言われた。ちなみにズヤウに効果はなかった。
それもそのはずで、この場に来た早々にズヤウをからかうように飛んだり話したりしたからだろう。なおその話す内容によって、ミレイスも先ほどのことを思い出させられてまたぽかぽかと落ち着かなくなったため、「カイハンも悪いと思うの」と言った。すると、ショックを受けるでもなく楽しそうに笑われただけであった。
というわけで、現状もこの姿のまま話は進んでいた。
食事も済み、イマチを訪ねて貴族街の門戸を叩くために、の話だ。
カイハン曰く、態度をわきまえていればとやかくは言われまい、とのことである。あくまで礼を受けに行くていを装うのだ。そこから交渉するのは、イマチだという。孫に甘い執政官を利用するつもりでいけばいい、と。
「格好は、魔法に長けた者だとわかるようなものでいいでしょう。ミレイス嬢の美しいドレス姿は見たいですが、動きづらくなれば大変でしょうし……残念ですね?」
「なぜ僕に同意を求める」
「それと、男性用の衣装もいただいたとか。せっかくだからミレイス嬢、一緒に選びましょうか」
それはありがたい。あれだけある衣装を選ぶのは骨が折れそうだったのだ。
ミレイスよりも事情通なカイハンたちに見てもらえるならば、一安心である。
なにせ貴族街は、下町とは勝手が違うと聞いている。作法については、ミレイスは出来ているほうだと言われたがそれでも不安はある。カイハンの提案に喜んでミレイスはうなずいた。
「ええ、アセンシャ様にたくさんいただいたから、使ってもらえると嬉しいわ」
「だそうですよ、ズヤウ」
「なぜ僕に言う」
「だって着替えが必要なのは、ズヤウとミレイス嬢だけでしょう?」
そう言うカイハンに「待って」とミレイスは声をかけた。
「カイハンにも使える小物もいただいているはずだわ。だから、カイハンも使ってもらえないかしら」
「おや? そうですか。ええ、そういうことでしたら。ありがとうございます」
それから、ズヤウのほうも見る。腕を組んでカイハンをねめつけているようなズヤウは、いろいろな格好をしてもきっと似合うことだろう。
何故だろう。あのやり取りから、ミレイスはついズヤウを気にしてしまう。
朝の手当を思い出す。すらりとした体格をしていても意外と力強く、しっかりとしていると知った。手も腕もミレイスより大きかった。どんな服がいいだろうか。そう思いながら口に出す。
「その、ズヤウも。よければ」
カイハンは僅かに片方の眉を器用に上げてみせ、ミレイスたちを見てからにこりと微笑んだ。
「では、着替えてから参りましょうか。なに、目利きは慣れています。東の御方の蔵番は伊達ではございませんとも!」




