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神様の手先の手先  作者: わやこな
秋にゆらぐ
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十四話


 心配しながら仮宿へと戻れば、ほどなくしてカイハンは帰ってきた。

 うっかりズヤウの目を隠すのを忘れていて、目の前でごとりと石になった鳥の頭が落ちたのには驚いた。

 慌てて手で目隠しをして数秒後には復活したので事なきを得たが、心臓に悪い。そも、精霊でも身体に欠損を負えば無事ではないのだ。不死身の存在はおそらくアセンシャやシギなどの高位の存在くらいである。


「とりあえず、怪我人がいることですし、部屋で休ませてあげてください。私、ちょーっと、また様子見てきますので」

「おい、鳥頭」

「ああ、ミレイス嬢。まだ目を隠したままでお願いしますね」

「カイハンは大丈夫?」

「ええ! 気持ちも今、元気になりました。怪我には癒やしですからね! ではズヤウ、お大事に」

「は? 待て。お前がいないで誰が手伝いを」

「ミレイス嬢がしてくれるそうですよ」


 心配をしたミレイスをよそに、快活に笑って鳥の頭のままカイハンは空気に溶けていった。もう出て行ったのだろうか。ズヤウの「あの鳥」という言葉で、おそらくそうなのだと予想をつける。


(カイハンにも言われたことだし、ズヤウは怪我をしているわ。早く休ませましょう)


 ひとまず避難したカイハンに言われるがまま、ズヤウが休むのを見守ることにしたミレイスは、背中を押して部屋へと入れた。

 手を気にしていたのか、ズヤウはミレイスが部屋に背中を押して入れても強い抵抗ができなかったようだ。

 されるがままが悔しいのか、手加減が難しいから、今だけだからな、と渋い口調で言われた。

 だが、そんなことは今のミレイスには関係ない。怪我人なのだから、早く休むべきだ。気にせずベッドまで押した。

 しぶしぶと座ったズヤウに、ミレイスはたずねた。


「ズヤウ、着替えはありますか?」

「あるが」

「では、まず着替えを」

「……ミレイス」


 きょろきょろと部屋の中を見回して、衣装棚を見つける。これに替えが入っているだろうかと近寄れば、名前を呼ばれて振り返る。


「何をしている?」


 両腕がうまく動かないのだろうか。それとも手加減が難しいから、という言葉から察するにあの腕では力が入りすぎてしまうのだろうか。ぎこちなくというよりも、注意深くゆっくりと腕をベッドに下ろしてズヤウが聞いてきた。

 何と言われても、とミレイスは首を傾げる。今のズヤウの格好は先ほどの戦闘のこともあって、ところどころ土埃や血が飛んでいるのだ。とてもじゃないが、寝る格好ではない。


「ズヤウの着替えを探しています」

「なんで探しているんだ」


 確認するように言われて、またまた首を傾げて答える。


「だって、汚れたままでは駄目でしょう? 腕の怪我もあるし、着替えは手伝います。あ、体も拭いて清潔を保たないといけません」


 そう言うと、ズヤウが固まる。

 もしかすると、まだ痛みがあったのだろうか。それならば急がなければと棚を開けて、それらしい服を探す。

 丁寧に折りたたまれ整頓された衣服が少ないが入っている。自由に仮宿を使っていいと言われてはいるが、遠慮があるのだろうか。その気持ちもわかる。ミレイスだって、アセンシャの私有宅を好き勝手に使うのは恐れ多いと思う。

 広げて確認して、たぶんこれだろうと思われる上下の衣服を取った。


(装備もしたままだわ。鞄も外させてもらいましょう)


 衣服をベッドサイドに置くついでに、自分の鞄も適当な場所に置かせてもらう。ズヤウのもとに戻ったが、まだ何か考えているのか反応が薄い。

 ひとまず肩掛け鞄を取ってすぐ横に置く。しかしズヤウの格好は本当に隙がない。今は肘から肌が見えるが、首から足先まで衣服に覆われている。手当の時には気にしていなかったが、丈夫な動物の皮で出来たズボンに分厚い生地のチュニック、さらには動きやすそうなぴったりとした肌着まである。


(ええと、脱がせるには腰元のベルトが邪魔だわ)


 さらに近寄ってベルトの金具を弄れば、はっとしたズヤウが座ったまま後ずさった。手からズヤウの胴が遠のいた。


「あっ」

「いいから!」

「え、でも。うまく動かせていないみたいですし」

「僕の鞄から! 手袋を取れ!」


 半ば叫ぶように言われた。

 困惑してズヤウを見れば、なぜか頬が朱くなっている。珍しい。


(熱も出てきたのかしら。怪我をしているもの)


 額に手を伸ばす。ほのかに熱い、気がする。


「ほんとに、勘弁してくれ! いいから早く」

「でも……あっ、もしかして腕以外にも怪我をして、隠していますか?」


 聞けばすぐに首を横に振られた。すごい勢いである。それが逆に怪しい。


(手があんな怪我だったから、もしかしたら足も? 歩くのもゆっくりだったわ)


 じりじりとベッドの上に靴を履いたまま下がろうとするズヤウの足を掴む。そのままズボンからまくろうとして失敗する。さらに後ろに下がられてしまった。


「お、まえ、なあっ! やめろ、ほんっとうに、やめろ! ほかに怪我はしていない、脱がそうとするな!」

「本当ですか? じゃあなんで逃げるんです、ズヤウ」

「お前が脱がそうとしてくるからだが!?」

「なぜ? 脱がないと体を拭いたり着替えも出来ないわ」


 怪我と混乱でうまく動けないらしいのを良いことに、隙をうかがってベルトを奪う。そのままチュニックを脱がそうとして、また失敗した。

 器用に身をよじってズヤウが逃れたのだ。何故だか、先の戦闘よりも息が荒い気がする。奪い取ったベルトを脇に避けて、声を上げた。


「大変だわ、ズヤウ。息が苦しそうだけど」

「お前の、せい、だっ! いいからっ、鞄から新しい手袋を取ってくれ。お前の使用許可はもう出しているし、取れるようになっているから。だから、それで、自分で着替える。頼むから、やめろ。たのむ」


 早口でまくし立てて、体をよじって掛けている鞄をミレイスに向けた。

 なんだか必死だ。顔も赤いし、睨んでくるし、まるでミレイスが悪いみたいではないか。

 む、としながら、そんなに言うのならとズヤウの鞄を取って中を探る。

 ミレイスに与えられた鞄と同じものだろうから勝手はわかる。


(ズヤウがいつもしているような手袋……)


 それらしきものと探っていれば、何かが当たった。おそらくこれだろう。

 鞄から腕を取り出すと、いつもと同じような手袋が手の中にある。鞄をひとまず着替えがあるベッドサイドに一緒におく。ズヤウは少しずつ戻ってきて呼吸を整えていた。

 まだ若干顔に赤みがある。叫んだり身をよじらせるから熱が上がったのではなかろうか。むむ、とミレイスが見れば、ズヤウが言う。


「悪いが膝に置いてくれ。あとは自分でする」

「いいえ。私がします! すこしは頼ってください」


 一人でどうやって手袋を着けるというのか。

 もう、と呟いてズヤウの腕をそっと取って慎重にはめる。

 人差し指を除いた指を手袋の先に通せば、不思議なことにないはずの指まで動くようだ。もう片方も同様に嵌めれば、ゆっくりと握ったり開いたりをして、ほ、とズヤウが息を吐いた。


「どうですか?」

「……たすかった」


 視線を落ち着かなそうにさまよわせてから、ミレイスを見て目を伏せた。


「はい! ズヤウのお役に立てて何よりです。それで、次は」

「あとは自分でやる。出てけ」


 そして来たときとは逆に、ミレイスが押されて部屋の外に出されてしまった。手袋はズヤウの力加減を補助するものなのだろう。


「きゃ! あっ、ちょっとズヤウ。私、まだお手伝いを」

「いらない。お前、ほんとうに、恥じらいを持てよ」


 ぴしゃりと言われて、同じようにドアもしっかりと閉められた。施錠までされた音がする。


(恥じらい……なぜ?)


 恥じらいを持てと言われたのは二回目だが、あれからミレイスの知識も増えている。アセンシャの元で学んだこと、カイハンから学んだことなどを鑑みても、怪我人の看護で着替えの介助は普通のことではないのだろうか。


(ズヤウだって、私のお風呂のときに入ってきたことがあったわ)


 それに比べたら、ミレイスは常識的な行動を取れていたはずだ。

 むっ、とドアを睨んでも仕方がない。だが、やっぱり腹立ちもあったので主張しておいた。


「私の裸を見たのに、ズヤウだけずるいわ!」


 途端、凄まじい音が部屋からした。

 ゴツ、というか、ゴォン、というか、なんとも重たい打撃音だった。振動から察するに壁だろうか。


「ズヤウ?」


 ためしにノックをしてみたが、沈黙が返ってくるばかり。何回か試したが、反応がない。

 ミレイスは納得いかない気持ちを堪えて部屋に戻ったのだった。


 湯浴みもすませて、着替えもした後にズヤウの部屋の前を通ったが、案の定施錠をされたままだった。

 物音も聞こえない。

 おやすみと声を掛けて、ミレイスも部屋に戻りベッドへと潜り込む。精霊とはいえ、眠るときは眠るものである。こういう色々なことがあったときは特に。

 そうして目を閉じれば、ミレイスにも緊張や疲れが溜まっていたのか、あっというまに眠りに落ちていった。







 その夜は久しぶりに夢を見た。

 もう一人の自分、少女が登場する夢だ。


(そう、いえば……シギ様の仮宿以来、見ていなかったわ)


 あれから何か変化があっただろうか。

 以前見たときは、泣きそうな少女が指輪を外せと身振り手振りで教えてくれた。今日は、またいつもとは異なるものだった。

 まず格好だ。

 これまでは、自分と瓜二つの格好をしていた。だが、今日は違う。

 穴をあけて、そのまま頭から通した白い布を腰元で巻いただけのような簡素なものだった。貫頭衣といったものだろう。カイハンとの学習で学んだ古い衣服だ。

 たしか今より150年以上前の宗教儀式で使われていたそうだ。学習の成果が自分の夢に影響でも与えたのだろうか。

 少女はその格好のまま、虚空をぼうっと見ていた。

 今よりも幼い自分は、随分と華奢で傍目にも栄養が足りていないようにも見える。声をかけようかどうしようかと迷っていたら、さらなる変化が訪れた。

 ドアが出来ている。

 いや、ドアと言って良いのだろうか。何もない暗闇の空間に、木製のドアの枠が浮かび、ノブだけがある。

 やがてそれはゆっくりと回って開いた。何もないところのドアノブが回ってもあるのは暗闇だけなのではと思ったが、どうやらそうではないようだ。


 チリン。

 小さく鈴が鳴った。どこか懐かしさを覚える、涼しい音色が広がると、暗がりから女が現れた。

 絶世の美女と言っても差し支えない美貌は、間違えようもない。赤銅色のゆるやかな巻き毛に、黄金の瞳。紅い唇が蠱惑的に笑んでいる。そのくせ、古めかしい枯れ草色のローブを着込んだちぐはぐさが目を惹いた。


「アセンシャ様!」


 思わず小さく叫んだミレイスに、少女もそれに気づいたのかドアのほうを向いた。

 コツリ、と上も下もないような空間のはずなのにヒールの音が響く。

 アセンシャは少女に向かって腰をかがめて何か一つ二つ唇を動かすと姿勢を戻した。少女がたちまち消える。そして今度は、ミレイスを見つけて手を振った。


「ああ、久しぶりね。わたくしの可愛い子」





Q.なんでそんなに着替えを恥ずかしがったの?

A.昂揚していたからです。いろいろと。


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