十二話
「――そうですね、前報酬があるとやる気もでますか? もちろん、嘘ではありませんとも。ほら、ズヤウ」
カイハンにつつかれて、ズヤウは鞄にごそごそ手を入れて宝飾品を一つ取り出した。金属細工にはめ込まれたキラキラと光る球だ。
「ほら、この宝玉。これは限られた者しか手にできないとされる、風の国の特権階級御用達な宝石細工です」
「ほう?」
男が手を伸ばそうとして、すぐにズヤウはしまった。
「まあまあ、呑みながら話しましょうか。ああ、酒代はこちらが持ちますので安心してくださいね。殴り合いより、呑み合いのほうが楽しいでしょう?」
「そりゃあそうだが、そこまでされる覚えはねえ……お前ら執政官のもんじゃねえだろうな。腕の立つ男に、妙に口が回るガキ。あの嬢ちゃんはずいぶんと腕が良い魔法使いだ。それにあの小さいのは」
「まあまあ。ほら、座って。私はこのなりなので、代わりに彼が付き合いますよ、ほら」
男の体が急に旋回して、カウンターに向かっていった。まるで背中を押されているかのようだ。
そうして、丸椅子にぎこちなく腰掛けると、その隣にカイハンが座り、同様にさらにその横にズヤウが座った。おそらく魔法を使って後押ししたのだろう。
ここからではすこし離れてしまう。イマチと手を握りつつ、近くの壁に移動する。
「騒がせて申し訳ない。金は払うので、酒を入れてくれ。ああ、私の分はいい。この二人に」
どこから取り出したのか、金属貨幣がころころカウンターに落ちる。あれは金貨だ。店主はそれを見て、驚いたがすぐにボトルから酒を注いでズヤウと男の前にコップを出した。さらには、景気よく数本ボトルも置いている。
「ついでに起きてきた男たちにも入れてやってくれ」
無口な店主はうなずいて、準備を始めた。
「なんなんだ、こいつらよお」
言いながら男が酒を呷る。
「僕もそう思う」
短く返してズヤウも飲み干す。
「あ、ミレイス嬢。イマチ殿下は私が見ていますので、お酌してあげてください。美人の酌はよい肴ですからね」
見ていればそう言われたので、おずおずとミレイスはうなずいた。
黙々と飲み続ける二人にことわって、カイハンと場所を変わる。ボトルを持ってそれぞれのグラスに入れることを繰り返す。
どちらも勢いがいい飲みっぷりだ。
男はミレイスを警戒しながらも、酌には応じている。
「大体急によお、俺は寝てるってのに、騒ぎやがって」
「騒いだのは向こうだが」
どんどんと酒のボトルが空いていく。
男はすでに赤ら顔だが、まだまだいけるようだ。
次第に後ろから歓声が上がる。ズヤウに伸されたはずの客たちが、二人の呑み合いを観戦しながらも酒を飲み始めているのだ。
「かなりやるじゃねえか」
「そこそこ、得意なほうだ」
さらに空いていく。
何故かはわからないが、すでにズヤウを受け入れ始めている雰囲気まで出している。
あんなに飛ばされたり気絶させられたりしていたというのに、いったい何があったのだろう。
ミレイスが振り向いて様子をうかがえば、口笛とともに手を振られた。カイハンたちもまじって何か楽しそうに話している。イマチに至っては、食事までおごってもらっているのか、美味しそうに食べていた。いつの間にか馴染んでいる。
ミレイスもよくわからないながらも手をふり返せば、肩を掴んで姿勢を直された。ズヤウの手だ。
「酌」
短く言われて、すぐに注ぐ。
またボトルが空いていく。陽気な音楽が流れ出した。そうしてとうとう、男がコップをカウンターに置いて言った。
「俺の負けだ、兄さん。これ以上は、俺には無理だ」
「ああ」
間に挟まれながらだが、二人は何か通じ合うものを得たのかうなずいている。途中ぼそぼそと愚痴が飛び交っていたが、そのせいだろうか。
ズヤウはコップの酒を飲み干して、置いた。
酔い覚ましにと、ミレイスは店主に頼んで、コップをもう一つずつ用意してもらって水を入れて渡す。ありがとよ、と男が受け取る。ズヤウのほうにもと渡せば、気が利くと珍しく褒め言葉を言われた。
「それで、抵抗軍になんの用事だ。参加かい」
水を一口のみ、酒臭い息を吐いて、男が言う。ズヤウは、ああ、と言ってイマチのほうを見た。男もそれにならってイマチを見る。ここに来た本題だ。
「おい、カイハン」
「はいはい。打ち解けたようで結構。さ、出番ですよ」
「うむ! ばーちゃん仕込みの成果を見せてやろう!」
カイハンがイマチに促す。頬張っていたものを飲み込んで、イマチは男の前に小走りで来ると、こう言った。
「お前たちを雇い入れたい」
「へえ。坊ちゃんがかい」
また水をのんだ男に向かって、イマチはさらに続けた。
「そうだ。ラルネアン・イマチ・ミクノニスがお前たちを雇おう」
人工的な噴水の雨が降った。
咄嗟に体をのけぞらせてズヤウのほうに寄る。文句は言われず、ミレイスをズヤウのもう一つの隣へと誘導して座らせてくれた。
「おいおい、坊ちゃんよ、冗談はほどほどにだな。俺たちには風王家の血を引く子孫がいるんだぜ」
「ふむ。お主たちは知らぬのか? 風の国の王族は一人残らず世にはおらぬ。種を継ぐ者は一切だ。いと賢き強大なる金腕の君さまの御業を知らぬとみた」
「いいや、確かに血を継いだお子がいるぞ! 悲劇の王子の子がな。えらい御方から証拠ももらっている」
「どれだ? 見せてみよ」
男は言われて、もったいぶってズボンのポケットから紙切れを出した。何度も確認したのか折り目がついて劣化してきている。
中を開いて見せて、どうだ、と男が言えば、イマチは眉をしかめた。
「なんだ。これはおれの兄上の従兄弟だぞ。たしか、侯爵の次男坊で、四の兄上のお付きだ。まかり間違っても、風の国の血は流れておらぬ」
「なにを!」
「信じられぬなら、祖母の執政官に話してもいい。身内だからと嘘は言わぬ人だぞ」
ちなみに四の兄上はこういう人だったと、イマチは紙の空いたスペースに近くにあった葡萄酒を使って描く。
驚くことに精巧な人物画がものの数分でできあがった。おもわず拍手すれば、照れたようにミレイスに向かってイマチが笑う。
「おれたちが来てから、抵抗軍が立ち上がって変だとは思っていたのだ。兄上たちの仕業であれば、納得だ。さて、お前たちの望みはなんだ?」
堂々と問いかける年端のいかない少年には、為政者の顔が見え隠れしていた。
「……同じ類いか」
ズヤウがぼやいている。誰のことかと思っていれば、にこやかなカイハンがこちらに来た。
「いやあ、今からならたーくさん詰め込めていいですね。腕が鳴ります。一国一城落とす将にでも仕立て上げましょうか」
「やめろ」
「二人ももう少し飲んでもいいのでは? ミレイス嬢、こちらは飲みやすくておすすめですよ」
ミレイスの隣に座って注文を始める。ほどなくして、コップに透き通った赤い液体が注がれた。明かりに照らされるとほのかに薄桃色に光るのが綺麗だ。
いいのだろうか。
ちら、と左にいるズヤウを見るが、とくに何も言われない。いいってことだろうか。
カウンターを背にして、イマチの様子を見ながらちまちまと口に運ぶ。
「……! 美味しいわ!」
思わず口に出して言う。
ぱあっと表情が明るくなったと自分でもわかる。香りはこの季節によくある果実だろうか。赤く丸い小玉の実がいくつもなる果樹がある。夏の時期に取れる実で、アセンシャに頼まれて取ってきたことがある。
口に入れると、ほのかな酸味と甘さがありプチプチとした食感が楽しいのだ。蜜につけても美味しい、ちょっとしたおやつになる。これにも蜜が混ざっているのか、呑みやすい甘さだった。
一口のつもりが、すぐに空けてしまった。
「貴女のお口にあったようで何よりです」
「ええ、もうすこし飲みたいくらい!」
「あまり飲み過ぎるなよ」
それでも同じものをまた頼んでくれたのか、言葉少なに左側から追加された。ズヤウも自分で追加を頼んでは飲んでいる。あれだけの量を飲んでいたというのに、まだ余裕そうだ。顔色の変化は半分だけ見える肌から予想しても平然としていそうだとわかった。
ミレイスはといえば、次第に体が温まってくるのを自覚していた。
ほわほわと全身から緩やかな熱がたまるような。気分もいつもより緩くなって表情も自然とほころぶ。陽気な音楽に誘われて歌おうとすれば、隣からおつまみを口の中に放り込まれた。これがまた甘くて美味しい甘味で、またにこにこと笑う。
イマチの話はまとまりつつあるようだ。
小さな君主に向かって礼をした男は改めて名乗った。サムエルと言ったあとに、カウンターを指し示して店主を紹介した。バーデンというらしく、驚いたことに抵抗軍の取りまとめをしているのはこちらのほうらしい。
バーデンは、ごく一般的な中肉中背の初老にさしかかる男性だ。他の男性陣が特徴的なら、とことん埋没するような容姿をしており、頭目ならば誰もがサムエルのほうだと思うだろう。あえてそうしているのか、落ち着いた様子でバーデンは礼をした。
そして大盤振る舞いをしてくれたお返しにと、店のとっておきの酒も出してきた。これにはズヤウもやや嬉しそうだ。ミレイスには価値がわかりかねたが、ズヤウやサムエルの様子を見るに相当な値打ちもののようである。
それからイマチも戻ってきて、また賑やかに話しはじめてしばらく。
なお、カイハンはその間に段取りよく用意していた書面に契約を書き込み、サムエルたちに署名をさせていた。こういう姿を見ていると、相当な切れ者で優秀なのだなとわかる。ズヤウはそういうことはカイハンに任せているのか見守るだけだ。
ただ、同時にミレイスが飲む様子も見ていたようで、持っているコップを取り上げられた。おかわりをくれるのだろうかと笑顔でお礼を言うと、止めておけと注意された。
惜しくてむすりとしていても効果はない。むしろ余計に駄目だと言い重ねられた。
「そろそろ退散しましょうか」
契約書を魔法か何かでパッと収納したカイハンが提案して、その場はおひらきとなった。
行くぞとズヤウに腕を取られてミレイスも立ち上がる。しかし、うまく足が動かない。おまけにぐらぐらと揺れている。
(あれ。あら? なんだかふらふらするわ)
よろけて腕にもたれかかれば、ズヤウは息を吐いてミレイスを支えて歩く。
腰元に触れる手の先は酒気のせいもあってか暖かい。自然と近くにある体に擦り寄れば、カイハンの楽しげな笑いが聞こえた。他にも冷やかしの声が飛んでいる。それはわかるが、気分が上がっている状態のミレイスにとってはどこかおかしな光景に見えて、ひらひら手を振る。
「飲ませるんじゃなかった」
「美味しそうに飲むのを見て、つい飲ませちゃったのは誰です? 甘やかすからですよ」
「……うるさい。もとはお前が最初に勧めたから」
「あっはは! 照れ隠ししちゃって」
「仲良しだな! 良いことだぞ!」
「うるさい」
ズヤウがカイハンたちを空いている手で追い払って店を出る。
歩幅が違えば、バランスも崩す。うまくついて行けなくてまた寄りかかってしまう。
ズヤウが立ち止まり、ミレイスが掴む手を外して背中に誘導する。
わからないまま伸ばせば、また腕を取られて背負われた。急に変わる視界に小さく笑ってしまう。今のミレイスには、愉快に思えたのだ。
「やめろ、あまり足を動かすな」
たとえぴしゃりと言われても、高い視界が面白い。それにズヤウの後ろ頭が見えるのも新鮮だ。肩まであるざんばら髪を一つにまとめているが、ぼさぼさで不清潔なわけではない。むしろ良い匂いがする。
鈍色の髪は歓楽街の明かりに照らされて、ミレイスの目には楽しく映る。触ろうとしたら、首に回していた両腕を前から掴まれた。
どうして、と聞こうとする前に、騒々しい足音が前方から響いてそちらに注意がいく。「殿下」と叫ぶ声は、昨日聞いた声と同じだ。
ほどなくしてミレイスたちの前に息を切らせて、また昨日と同じ者たちが立っていた。




