十一話
「目立たず行動してきたおかげで、思いっきり動けば注目は間違いないでしょう。相手方の印象に強烈な爪痕を残しましょうね」
そう言ってカイハンが始めた段取りは次のようなことだった。
まず、イマチを連れて抵抗軍に会いに行く。
抵抗軍は、都市カヒイの執政官の頭を悩ませる種の一つだ。抵抗軍はカイハンの調べによれば、下町のごろつきが多く、職にあぶれた者たちの烏合の衆らしい。
執政官は取り締まりを行っているが、討伐までは至れていない。頭目は大の酒好きで街のあちこちに移動しつつ活動を行っているのだそうだ。風の魔法の応用で情報収集は得意なのだと、自慢げに言って見せた。そんなことができるのかと感心すれば、こいつだけだとズヤウが突っ込んでいた。
当然、会いに行けば怪しまれる。下手をすれば絡まれるだろう。そこを利用して、イマチ配下に組み込むのだと、カイハンは言った。
「ずいぶん行き当たりばったりに聞こえるが」
「今回は策らしい策なんていりませんよ。烏合の衆相手です。油断は禁物ではありますが、なるべく手っ取り早く終わらせたいので。武術の腕前もズヤウに遠く及ばないでしょうし、下手すれば魔法技術はミレイス嬢よりも下でしょう。どう転んでもどうにでもなります」
ズヤウが苦々しく突っ込めば、カイハンはわざとらしく肩をすくめた。
「大事なのは、イマチ殿下が直接赴いて言葉を交わして、抵抗軍が下った。そこが成立しさえすればいいんです」
「うむ。頑張るぞ! 部下にした後でばーちゃんにお前たち共々報告すればよいのだな? 任せてくれ」
「はい、良いお返事です。ということで、抵抗軍を取り入れて、手柄を立てるのを手伝った選抜お供作戦。はじめましょうか」
カイハンがそう締めくくる。作戦。こういうことに参加するのは初めてだ。心なしかわくわくした気持ちでミレイスは呟いた。
「なんだかわくわくしますね」
「うむ! おれもこういう働きは好きだぞ」
すかさず張り切った声でイマチが同意する。
「それで、どこに向かうんだ」
一人だけ疑うような調子でカイハンを見るズヤウが聞く。カイハンがにこりと微笑む。
「抵抗軍たちがたむろする場所に決まってるじゃないですか」
下町の南区画。
商店街、医薬通りと並んで有名な歓楽街が広がる場所だ。
近くには安宿や木賃宿といった素泊まり用の施設も並んでいる。なお、広がる建築物や営業されている職種により、治安は良いとは言えない。
夕間暮れから朝間にかけての間はとくに人の出入りが多くなり、喧嘩や酔っ払い、勧誘に怪しい押し売りまで賑わうのだ。
そんな中を子連れで堂々と先頭を切ってズヤウが歩く。遠巻きに視線が集まっている。傍らにミレイスを連れているため、その視線の集中砲火をミレイスもまた浴びていた。
この場所に来たのはカイハンの指示だ。
この通りを歩いているが、本当にいいのだろうか。刺さる好奇の目を見返そうとすれば小さく引っ張られて前を向く。
話に聞いたことはあるが、足を踏み入れたことがなかった環境に興味を抱かないと言えば嘘になる。だが、はぐれないようにとしっかりと繋がれた手によって、ミレイスは慌てて足を進めた。
一番小さなイマチは、注目をものともせず元気よく歩いている。むしろ観察してはカイハンに尋ねてたしなめられている。内容を聞くに、イマチはミレイスよりも詳しいようだ。自分もズヤウに聞いてみようかと思ったが、聞いた瞬間に冷たい対応が返ってきそうだと予測して沈黙を選ぶ。
本当は恋愛事は苦手なのだろうと、ミレイスもなんとなくわかっているのだ。アセンシャ仕込みの話しから、男女はこういうものをするのだと考えて行動する度に、叱られたり声を荒げたり動揺されていれば、そう思う。
ただ、ズヤウは優しいからミレイスの手をこうして取ってエスコートしてくれるし、命の危険があるのではと記憶についても心を砕いて扱ってくれる。
ミレイスからしてみれば、ズヤウに好意をもって接してはいるものの、やはり経験値が圧倒的に足りない。
何がよくて何が駄目か、どこまでが許容範囲なのか計りかねてしまう。これまでの行動も、心の底から嫌がられていないとはわかっているが、最近すこし思うようになったのだ。
嫌われたくはないなあ、と。
(あ。強い香り……それに色々声も聞こえるわ)
きついくらいの芳香は、臭い消しだろう。ぐつぐつと煮詰めた濃縮された香りが家々の窓から流れてくる。
ちら、と窓を見れば婀娜っぽい妙齢の女性たちがこちらを見ていた。
迷いなく宿場通りを突き抜けて行けば、怪しい雰囲気の館が増えていく。
ぐ、と握った手先を改めて握りしめられた。緊張しているのかと思ったが、ズヤウに限ってそれはなさそうだとミレイスは考えを取り消した。
後ろからカイハンの「その先のちょっと古い方、ああ、そっちの店です」と指示が飛ぶ。前方のズヤウからは舌打ちが飛んできた。
時間帯はちょうど夕飯時。
辿り着いたところは、一階が酒場、二階が宿屋となっている店だ。正面に宿屋であることを示す家の形をした看板と、文字が描かれている。年月を感じる木目や色合いからして、この一帯でも老舗の部類なのだろうと思わせた。
店に入る前からもすでに陽気な話し声や笑い声が聞こえてくる。食器のこすれる音、賑やかさを一層後押しするような楽器をかき鳴らす音や歌声も聞こえた。
音のるつぼだ。耳のよい水精には刺激が強い。
目を白黒させている間に、ズヤウに手を引かれるまま中に通された。
視線が飛び交う。
笑い顔ではあるが、良い感情を想像できない笑みをした体格のいい男たちが椅子から立ち上がってこちらに向かってきた。この中ではズヤウはまだ細身のほうだ。目の前に立ち塞がれると、圧迫感がする。
「よお、兄ちゃん。ここは子連れでくるところじゃねえぞ」
「目が見えなくて、迷子かよ。診療所と間違えたかい」
言葉は親切なものだが、口調がからかいまじりだ。しかしズヤウは平然とした様子でミレイスを振り返った。
「ミレイス。お前、魔法で防御もできるか」
「ええと、水の膜みたいなもので覆えば出来ます」
「そうか。手を離すから、お前と後ろ二人に頼む」
「はいっ」
頼まれた。それが嬉しくて、即座に魔法を展開する。透明な円形を言われた範囲に作る。
「魔法使いがいるのか」
「まて、あの子どもどっかで見たぞ」
「俺も見たぞ! 昨日兵士と歩いていた」
ざわめきが聞こえる。その中で、ズヤウが後ろ手に払っている。後ろに行けと言いたいらしい。ミレイスはカイハンとイマチと見合うと、そっと入り口近くの壁に寄った。
「抵抗軍に会いに来た」
淡々とズヤウが言う。
「上の奴はいるか」
「ああ? 何だ? おい、そこの女と子ども、俺たちに引き渡しに来たのかよ。いや、兄ちゃんも合わせて身売りか?」
「だれが、身売りだと、言った? その口か?」
良くない琴線に触れたのか、ズヤウと話していた大男が吹き飛んだ。ズヤウが顎先を蹴り上げたのだ。場が騒然とする。
「ああ……まあいいか。それで、いるのか」
「なんだ、てめえ!」
突然の暴力に驚いていれば、イマチが腕を取ってくっついてきた。
「ミレイス、こういうのには慣れてないな? おれがついているから安心していいぞ!」
「あ、ありがとう、イマチくん」
「おや、ズヤウより優秀な女性の扱いですね。やりますねえ、殿下」
「王子たるもの、とばーちゃんや教師から教わった。そうか、おれは優秀か!」
思わずほっこりしている間に、乱闘が始まっていた。
しかしながら、単純な力の差があるのだろう。簡単に人が飛んでいく。
人外の力とでも言えば良いのか、ズヤウが片手で大人を掴んでは投げていく姿は、いつぞやのカイハンを投げる姿と似ているシュールさがある。ただ、多対一にならないように牽制で食器を投げて沈めたりして、さらには割れないような木製の皿やカップを選ぶなど器用な真似もしている。
飛び交う野次と食器と男たちを見ながら、防御を固めておく。ぽこん、ぽこんとたまに水の膜にぶつかって落ちるのをみて、息を吐く。
イマチは目をキラキラさせて食いつくように見ている。カイハンも何やら楽しそうに笑っている。ズヤウもよく見れば口角が上がっているようにも見えた。
(男の人は、拳で語り合うっていうのは本当? なのかしら。私には、楽しそうに見えないけれど)
むしろ怪我をしそうでハラハラする。
回復魔法なんて便利なものはない。
せいぜい清潔に保つ魔法だとか、治りが良くなるおまじないだとかだ。治癒薬はあるが、作る者の魔力や才能によってまちまちの出来となっている。アセンシャの作ったものと街に出たときに見かけたものとに、大きな乖離があって驚いたものだ。
いちおう、アセンシャが用意してくれた魔法の鞄には、いくつか薬がある。それを使う羽目にならないといいが。
店の者は可哀想に、カウンター下に隠れている。後ろの棚の酒瓶が倒れそうになったので、魔法で水の手を作って助けておく。感謝の目を向けられて、にこりと笑い返しておいた。
ところどころ飛んでくる物をはじきながら、ミレイスが見守ることしばらく。二階から中年の男が降りてきた。
うだつの上がらなそうな男だ。
くたびれた格好で、猫背にしていると、頼りなく見える。無精髭を生やした顔は不健康そうだ。だが、シャツから覗く太い腕や胴、足は、みっしりとした筋肉がついており、ここの誰よりも強そうだと思わせた。
男は降りてきて辺りを見回して、ぎょっとした顔をしてみせた。それもそのはずだ。酒場に居た賑やかに騒いでいた者たちがことごとく倒れ伏しており、その中で平然としているズヤウがいるのだ。壁際にいるミレイスたちにも視線はきたが、すぐにズヤウに向かっていった。
「ずいぶんな客じゃあないか」
「ああ、客だ。抵抗軍に用があってきた」
「おい、なんだよ急に。俺たちはただの飲んだくれだぜ」
「ここのやつらから聞いたが」
「嘘を言っちゃあいけねえ……いくら馬鹿どもでも口は固いやつらだ。どこから知った」
「そうか。あっているようで何よりだ」
男が身構えた途端、カイハンが素早く水の膜から出て二人の間へと入っていった。
「はい、ちょっと待った。提案があって来たんですよ」
気楽な調子で出てきた少年に毒気がそがれたのか、男は胡散臭そうにカイハンを見ている。
「耳に挟んだのですが、資金難でしょう? この集まり。想定よりも人員が増えてきたのでは?」
ぐ、と黙る男に言い聞かせるカイハンは、「そこで」と明るく声を張り上げた。大げさに手を広げてみせる。
「儲け話があります。貴族の金に手を着けるよりも楽です」
「ずいぶんと都合の良い話をしやがる。こいつらを伸しておいて、信用はできねえ」
「それもそうですね。酒場に迷惑をかけたのも確か。なら、売り上げに貢献しますか。繋がっているでしょう? ここと」
カイハンの言いくるめが続く。風の魔法を駆使して集めた情報をちらつかせて、にこにこ笑う。
生き生きして話すカイハンは、そそのかす悪魔がいればかくやの姿である。
ミレイスが見ている横で、イマチはうなずきながら真面目に聞き入っている。確かに、言葉の抑揚や身振りに視線運びは見事でつい注目してしまう。
いぶかしむ目線をする男は、次第に話しぶりにのまれてカイハンの話しに耳を傾けていく。ズヤウはすっかり役目を交代したとばかりに一歩下がって腕を組んでいた。




