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神様の手先の手先  作者: わやこな
秋にゆらぐ
18/59

七話


 立ち上がるまでの仕草も洗練とされていて、随分と様になっている。

 しかし、カイハンは不満そうに腕を組んでズヤウを見上げた。


「うーん。思うように手を取ったり触ったりが出来ないのは不便ですね」

「無茶を言うな」

「おや、ただの独り言ですとも。ミレイス嬢、これなら触れますか?」


 今度はミレイスに向き合って、手を差し出された。ミレイスの手よりすこし小さな子どもの手。その手を取ろうと伸ばす。

 まやかしというのだから、すり抜けると思っていたが、不思議な感触が手のひらを押し返した。まるで、弾力のある枕を触ったような感触だ。


「風の魔法で膜を作ってみました。これなら、大丈夫ですね」

「すごいわ、カイハン」

「はい。もっと褒めてください。可愛いらしい声で褒められたなら、私はもっと頑張れますから」


 ミレイスの手をとって口づけるそぶりをして、表情を綻ばせる。ズヤウの面差しが連想されるような容姿でそうされると、なんだか不思議な心地がした。


「ミレイス。僕がいないとき、出る用事があればカイハンを使え。一人で勝手に出るなよ」

「ズヤウもですが、私も心配ですので。一緒にお出かけしましょうね」


 片や無愛想に、片や愛想良く言われて、ミレイスはうなずいた。

 それを見ると、ズヤウはのそのそと気怠げな様子でいつもの作業に向かった。顔を洗ってからの朝食準備である。

 本日も無言でいくつもの料理を作り出したということは、精神的な疲労が溜まっているのだろう。そうでもないときは、買い置きのパンや干し肉、果実で用意するのである。

 わかりやすいのだ。

 自分が代わりにと思っても、これがズヤウの解消法なのだと思えば、ミレイスが出来るのは見守りながら食器を出すのを手伝ったり配膳をしたりするのみである。そして味付けには口出ししてはいけないということは、ここしばらくの生活で学んだ。

 だんだん調子が出てくると、ミレイスの要望も聞き入れてくれる。

 今日の朝ご飯は複数の種類の豆と種を炒めて千切った野菜と和えたもの、根菜のシンプルなスープ、穀物の実をわざわざ粉にして練って作ったパンである。

 魔法を駆使した短時間での成果だが、出来映えはかなりのものだ。腕を組んで、品数を見てから、さらに凍らせた果実と乳製品で甘味を用意した。満足そうでなによりだ。


 席についてズヤウとミレイスは食事を、カイハンにはミレイスが魔法で出した水やそれを加工し柔らかく固めたものなどを並べて、ようやく朝食の時間である。

 ズヤウの食卓に呼ばれているとどんどん舌が肥えていく気がしてならない。カイハンと味を共有出来ないのも申し訳ないくらいだ。

 いつか、水の魔法を極めて味付きの水が出せるといいが、と話してみたところ笑いながら気持ちだけでいいと言われた。目下、密かに練習中である。

 あらかた食事が終わると、片付けを始めながらズヤウは話を切り出した。


「一応、行動予定を共有しておく。僕は今日、水の国について情報を集めるつもりだ」

「じゃあ、私も」

「一人でいい」


 名乗りを上げようとしたら、即座に却下された。すかさず慰めるように、カイハンが口を開く。


「昨日の今日ですから、街中になれるためにも私と散歩でもしましょうか。買い出しでもいいですよ」

「いいの?」


 ズヤウをうかがえば、無言で頷かれた。

 流し場に食器を運ぶのに合わせて、ミレイスも付いていく。洗い物はミレイスの仕事なのだ。魔法で綺麗に流して乾かしながら、胸を張ってズヤウに主張をしてみた。


「私だって何度か、アセンシャ様のところにいるときに買い物をしたことがあるもの。任せてください!」

「期待はしないぞ、僕は」


 言いながらズヤウはズボンのポケットから紙を取りだしてミレイスに渡した。


「買うなら、これ。場所も書いてある。わからなかったらカイハンに聞け」

「わあ、ありがとうございます! ズヤウ、気を遣ってくれたのね」

「とっても、優しいですねえ。ズヤウ、私には何かあります?」

「代金はお前が払え」

「贔屓だなんて、悲しいです」

「ちがう」


 にんまりと愉快そうなままのカイハンが飛んでいった。ズヤウに投げ飛ばされたのだ。いつもの鳥の頭だけでもシュールな光景だが、人体が軽く飛んでいくのも大分奇妙だ。


「……おい。これも」

「はい?」


 カイハンはうつぶせに倒れている。それを見て、よし、と小さく言ったズヤウはもう一つ取り出してミレイスの手に持たせた。

 小さな羽根が一枚付いた髪留めだ。色合いはカイハンのものと同じ翡翠色をしている。


「あの鳥頭だけというのも不安があるから、着けておけ。気休めだ」

「ありがとう、ズヤウ」

「ん。僕はもう一度寝てから出る」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」


 あくびを噛みしめて、またのそのそとズヤウは部屋に戻っていった。

 手のひらにのった髪留めを見る。


(贈り物……)


 くすぐったいような、むずがゆいような。

 アセンシャやシギから物を賜るときとは、また違う。

 カイハンが戻ってきて、どうしたのかと聞いてくるまで、ミレイスは手の内にある新しい宝物を見つめ続けた。




 昨日よりもすこし遅く。とはいえ、まだ朝を少々過ぎたくらいの時間帯だ。

 身支度を調えたミレイスは、カイハンを伴って買い出しに出かけた。

 どうやらミレイスよりもカイハンのほうが楽しそうに見える。実際は飛んでいるのだろうが、跳ねるように歩くカイハンはミレイスと手を繋いでいる。大事な腕輪が人混みに揉まれないようにと、左手を繋がれた。ズヤウもその意図があったのだろうか。右手で髪留めに触れる。

 あの後で鏡を見ながら、着けてみた。そのときに瞳を見てみたが、いつもと変わりないように見えた。これから記憶を思い出せば変わるのだろうか。


「ミレイス嬢、嬉しいですか?」

「えっ」


 聞かれて視線を下げる。聞いてきたはずのカイハンのほうが嬉しそうな表情をしていた。

 まやかしだとしても、本当にそこにあるかのように見える。ミレイスがシギから賜った腕輪を参考に作ったものらしい。元々作っていたものを改良しただけとのことだが、それでもすごいことだ。

 この髪飾りはそのついでだからと繰り返して出かける前に言われたが、嬉しかったことには違いない。

 髪飾りから手を離して、頷く。


「すごく嬉しい」

「おや、それはよかったです」

「カイハン。私、きっと、たぶんね、こういう風に物をもらったことがなかったの。それに、あなたとお揃いで嬉しいわ」

「はは、ミレイス嬢は人を喜ばせる才能がありますね。では、今日は私からも楽しい思い出を貴女に差し上げられるよう、努めましょう」


 弾力のある空気の塊が手のひらを押し返す。

 キラキラと微笑むカイハンの姿は、輝く陽光に映える美しさだった。現にカイハンは時折通りすがる人々の目を引きつけている。


(……? おかしいわ。ずいぶん目立つような)


 そう思ったのは、ミレイスだけではないようだ。カイハンは目を伏せて呆れた様子を見せていた。


「ズヤウ……凝るのもいいが、こういうところで詰めが甘……いや、わざとか。わざとですね、これ」

「カイハン?」

「ああ、えっと。そうですね、僕が目立っていると貴女に注目がいかないのではというか、いわゆる僕は餌みたいなものです」

「それはカイハンが危ないんじゃ」

「いざとなったら機能を切れば良いので平気ですよ。ミレイス嬢にはきちんと保護までかけて私にはこの仕打ち……まったく」

「それでも心配だわ。私も貴方を守れるように気をつけるわね」

「はい、お気持ちはありがたく受け取りますよ」


 なんだか遠回しに遠慮されてしまったような。ズヤウと似たようなことを言われてしまったような。

 あの、と声を掛ければ完璧とも言える微笑みで返されてしまった。ズヤウとは異なる方向で言葉を封殺してくるカイハンに、ミレイスは腑に落ちないながらも、鞄からズヤウから渡された紙を取り出した。


「先に買い物を済ましてしまおうと思うのだけれど、いいかしら」

「ええ、大丈夫ですとも。ミレイス嬢の行きたいところからどうぞ」

「それなら、ええと、まずは書いてあるものの順に行きましょう」


 紙にはいくつかの物が書き込まれている。布やインク、食品に薬草類。買い食いはしすぎるなとも忠言ととれる言葉つきだ。

 書かれた名前から店を探して歩く。

 まずは布物を扱う店だ。吸収しやすい物、金属磨き用の物、などとある。カイハンに質問すれば物作り用ですかね、と答えがあった。なるほど、と昨日の記憶を頼りに向かう。


 円形に並ぶ店たちの一角。

 正面に衣服を展示した場所がそうだ。ズヤウと来店したときには、新婚夫婦の服だとかを勧められて、ズヤウがにこやかに断りを入れていた。衣服といっても下着に見えたのだが、ミレイスとしても間に合っていると言えば含み笑いをされた。


「いらっしゃいませ! あら、若嫁さん。今日は旦那さんは?」


 来店すると、店主はミレイスを見て、真っ先にそうたずねてきた。別の用事で、と正直に話せば、にこやかにまたあの服をすすめられた。これは買ったなら怒られるに違いない。そう思って、丁重に断っておく。


「おや、この子は?」


 そして、隣で手を繋いでいるカイハンを見て興味津々に聞かれ、カイハンはそれはいい笑顔で答えた。


「私は、兄の代わりに、今日エスコートをしているんです!」

「あら、まあ! そうなのねえ、えらいわねえ坊ちゃん」


 年相応の少年らしく、甘えた声でミレイスの手で遊びながら笑いかける。カイハンの笑みに、店主はすぐに陥落したらしく、相好を崩していた。


(カイハン、すごいわ……!)


 ミレイスよりも随分と慣れた様子のカイハンは、にこやかに店員に物を頼み、調子よくおまけをもらっていた。ついでにと、ミレイスへ髪結い紐も購入してくれた。

 実に自然な動作で渡された二つ目の贈り物。その行動にも、物自体にも感動してしまった。

 甘やかな笑顔と共に「ぜひ、ズヤウのものと一緒に使ってくださいね」と言ったカイハンは楽しそうだ。なんとなくこれまでの暮らしで予想が付いたが、またズヤウをからかうつもりなのだなと笑ってしまった。

 とはいえ、物を贈られたことは嬉しい。仲良くなった相手ならさらに。

 言われるがままうなずけば、カイハンが器用に結んでくれた。

 両横の髪を編んで後ろで紐で括り、仕上げに羽根飾りを付けたものだ。仲が良いねと褒められ、店を出て、続いては小間物を扱う店へ向かう。


 こちらも恙なく買い物を済まして、食品店も通過する。

 ちょっとだけ買い食いしたい気持ちもあったが、あとすこしで買い物も終わることを考えて我慢をした。代わりに、あれこれと料理に使うものを買い込ませてもらった。ここでもカイハンのフォローによって、おまけをもらってしまった。

 人目を忍んで鞄に物を詰めて、最後はと紙を確認する。

 薬草類を扱う薬問屋は、円形の店が並ぶこの場所からはすこし外れる。

 とはいえ、人通りが少ないということもない。治療院や魔法薬品が並ぶ、通称医薬通りと言われる場所があるのだ。こちらも昨日連れられ歩いた道だから、多少の覚えはある。途中で困れば、カイハンがエスコートして歩いてくれた。

 まるで何度か来たことがあるようなそぶりで懐かしむカイハンは、目的地に着く前にぴたりと止まった。



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