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神様の手先の手先  作者: わやこな
秋にゆらぐ
13/59

二話


 恐ろしい話だ。

 アセンシャたちを知っているだけに、ミレイスはぞわりと肌が粟立つ気さえした。

 上位存在がいて、それが世界を管理しているとわかれば、間違いは起こらなかったのだろうか。見知っているからこそ、その無謀さがよくわかる。

 カイハンは土の粒を風で動かして、城とその上に立つ王冠をもった人物の絵を作った。

 王様らしき人物が何やら命令をしている。その命令を聞いているのは学者だろうか。何かを書いたり杖で何かを唱えたりと動いて、喜んでいる。兵器が生まれ、火が燃え、人が倒れる。空中に砂で出来た戦の風景が繰り広げられていた。


「純粋に上を目指す努力なら、御方々はお赦しくださいます。ただ、身勝手な欲で手を伸ばしてしまいました。我らはもっと上へと行ける。高みの者を引きずり下ろせる……過ぎた欲望のために、国はとうとう、舵取りを失ってしまいました。当時の国を統べる者たちは言葉通り消え、当時を知る者たちはとうに寿命を迎えたことでしょう」


 城の上に現れた暗雲。

 そこから落ちる雷が城を壊していく。さらさらと砂粒が舞ってまっさらな地表と、怯える人々の姿が現れた。そしてその人々は徐々に腰を曲げて倒れて消えていった。

 カチカチとクチバシを鳴らして話を区切ったカイハンは、静かにミレイスの名前を呼んだ。


「ミレイス嬢。私は危惧しているのです」

「何を?」

「第二の愚かな者たちが現れたのでは、と」


 曙の光を宿した瞳がゆっくりと瞬く。視線はミレイスの左手だ。

 今はない、親指にあった指輪を見ているのだろうか。そっと右手でその場所に触れてみる。何も嵌まっては居ないことに少し安心した。


「水の国は風の国を呑み込みました。他のどの国々よりも早く、迅速に、制圧しました。それもそのはずです。元から繋がっていたのですから」

「それって、つまり」

「国を売られたのです。元々同盟国でしたので、そそのかせばすぐでしたよ。助かった者も、多くが水の国へ流れていきました」


 まるで知っているかのようにカイハンは話す。懐かしむように、表情の薄い鳥の顔でもそう感じてしまう寂寥感を持って、クチバシを閉ざしカイハンはうつむいた。


「カイハン?」

「いけませんね。つまらない話で濁して、しんみりしてしまいました。物憂げな貴女も美しいですが、やはり笑顔が一番ですとも。さあ、気を取り直して、勉強に戻りましょうか」


 どこか空元気に聞こえる声で言って頭を上げると、カイハンはウインクをしてみせた。

 その姿に、人の姿が重なって見えた気がした。



 つかの間の休息を終えて、カイハンとの勉強も区切りがついた頃。

 唐突に、カイハンは固まってミレイスを見た。


「ミレイス嬢。偉大なる東の御方より貴女にあてて伝言がございます」

「えっ」


 ミレイスが驚いている間に、カイハンの瞳は青々とした碧眼へ変わる。

 前に見た、アセンシャの伝言を話したときと同じだ。慌てて立ち上がり、姿勢を正して待つ。向こうには見えていないかもしれないが、気持ちの問題だ。

 数度、カイハンのクチバシが音を鳴る。それから、艶やかな男の声がした。

 以前、アセンシャに聞かせてもらったときと同じ、低く美しい男性の声だ。


「アセンシャが可愛がっている子、ご機嫌はいかがかな」

「は、はい!」

「さて、君に声を届けた理由だが。私の仮宿の結界魔法を吸っただろう?」


 すぐに思い当たった。

 ミレイスが言葉を唱え続けたとき、体に入り込んできたもの。それがシギの言う魔法だったのだ。

 意識してのことではなかったが、自分のやらかしにさあっと血の気が引いた。身を強張らせて裁可を待つ。

 しかし、叱責は飛んでこなかった。


「なかなか面白い現象だ。実に興味深くて、楽しいね。さすがあのアセンシャが保護しただけはある」


 からからと楽しそうな様子の声は、怒ってはいない。ただただ愉快そうに話を続ける。


「ただ、賊心(ぞくしん)がなかったとはいえ、私の物に手を出したのは事実……なら、それに見合う詫びをもらおう」


 言うなり、居間の壁に掛けていたミレイスの鞄が浮く。勝手に口を開けられて出てきたものは、布に包まれた四角い箱だった。


(ああっ、アセンシャ様のお弁当!)


 そう、弁当箱だ。ミレイスが街にズヤウを探しに行ったときに、手ずから作って渡してもらったアセンシャの弁当である。

 鞄の中は、魔法によって保護がかけられており、劣化も腐食もしない。もらった当時のままの状態を維持した中身は、未だ手つかずであった。

 実はこれまで、ズヤウが細かくミレイスに食事を提供してくれたからだ。ミレイスはよく食べる奴と認識しているズヤウは、ことあるごとに振る舞ってくれる。それがまた美味しいので、つい、ミレイスはそれにつられて食べてしまい、アセンシャの弁当を大事に取っておこうと持ったままだった。宝の持ち腐れと言えばそうだが、心情的にもこれまでの状況的にも簡単には食べられない代物でもあった。


「あの、それは!」


 アセンシャがミレイスのためにくれたもの。不敬を承知で手を伸ばそうとするが、するすると目の前で包みが解かれて箱が開いた。

 中身は、予想したものではなかった。

 食べられるもの、それは確かに入っていたが、半分だけだ。もう半分には四角い箱がさらに入っており、表面には文字が書かれていた。


『強請ってきたら、こっちを渡してね』


 それは今のこの状況なのだろうか。アセンシャは分かっていたのだろうか。

 疑問が浮かびながら、文字が刻まれた四角い箱が取り出される様子を眺める。

 四角い箱は少しの間くるりくるりとその場を回転した後に、消えた。からん、と軽い音を立てて元の弁当箱が包みごと落ちた。慌てて回収をする。


「確かに受け取ったよ」


 機嫌良く告げるシギの声に、ミレイスは肩を落とした。


(アセンシャ様、もしやご存知だったのですか?)


 ミレイスが弁当箱を取り上げられてしまうことも、こうなることも分かっていそうな己の保護者を脳裏に浮かべてしまう。

 頭の中のアセンシャはにっこりとしている。知っていそうだなと思ってしまった。


「それでは私の用は終わった……と言いたいところだが、これでは少々足りない気もするな」


(ええ……)


 いたずらっぽく言うシギは、「そうだ」と明るく言ってみせた。


「私もアセンシャも、マネエシヤ様のもとに居てね。今、手が離せない。お嬢さん、ちょうどいいところにいるじゃないか。その街に私の物を真似た物があるみたいだから、探しておいてくれ。すこしばかり興味がある。カイハンに渡せば私の手に渡るだろう。では、よろしく頼もう」


 言うだけ言って、シギは去ったようだ。カイハンの瞳がいつもの色合いに戻る。

 しばし沈黙してから、弁当箱を抱えたまま落ち込むミレイスにカイハンは慰めるように寄り添った。


「あまり気を落とさず。ミレイス嬢、私に伝言を託した後、西の御方に叱られておりましたよ」

「……そ、そうなの」

「ええ。それでですが、頼みごとをするのだからと、西の御方の監修のもと、東の御方より道具を預かっております」


 首の下から、何かが落ちた。軽い金属の音だ。

 カイハンはそれをクチバシで掬ってミレイスへと差し出す。手のひらを出せば、優しく着けられた。

 金の細い鎖と板状に薄くのばしたものを組み合わせた、繊細な金属細工の腕輪だ。左の手首に着けられた腕輪は、キラキラと一瞬強く輝いた。


「おや、なんと。まやかしの魔法がかけられているようですね。ミレイス嬢、その髪色もお似合いですよ」


 言われて自分の髪の毛をつまんで見てみる。

 ミレイスの髪色は、アセンシャにいつもかけてもらっている色合いにかわっていた。黒に近い青。となると、この魔法によって人目に出ても大丈夫な見た目になったということではないか。

 思わずうきうきとミレイスはカイハンにたずねた。


「ねえ、カイハン。これなら外にも出て、大丈夫なのかしら」

「東の御方の道具に不備があるはずはないですし、安心してよろしいかと。ただし」

「勝手に出る前にズヤウに相談する?」

「はい、その通りです。ズヤウは怒るとしつこいので。ああ、内緒ですよ」

「ふふ、内緒ね」


 突如として用を言いつけられたが、思わぬところでの収穫だ。これならズヤウの情報収集も手伝うことだってできる。買い出しだって一人で行って、ズヤウの負担を減らせるだろう。

 これまでは、ミレイスが外に出るとズヤウは魔法を使いっぱなしにしなければならなかったのだ。

 カイハンと軽く笑い合いながら、ミレイスはズヤウの帰りを待ちわびた。


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