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【複数ジャンル】短編・完結作品

賞味期限チャレンジ

 ――賞味期限が一年前に切れたパスタです。これは余裕でしょう。パスタソースは3カ月前。これも余裕。ペットボトルのお茶は……9カ月前か。あ、ちょっと変な味かも……。うーん、賞味期限の、意味を感じる……これはだめかな……。


 飲み忘れていたのだ。動画を撮るためにわざと飲まなかったわけじゃない。

 コメントではぼっこぼこに叩かれているけどね。


 “この食品廃棄野郎”“賞味期限が切れる前に食え”“食べ物で遊ぶな”


 見なきゃいいのに。not for you.

 誰かが見ると思って始めたわけじゃない【賞味期限チャレンジちゃんねる】には、気付いたらぽつぽつ視聴者がついている。

 別に、絵になることは何もしていない。

 部屋の中で見つけた賞味期限切れ食品を食べているだけ。ただの独身男性の一人暮らし。見る?


「食べるものを食べる分だけ買う。これが鉄則。溜め込まない。それだけで、いつでも新鮮なものが食べられる。食べ物を無駄にする心配も、健康を損なう恐れもない」


 大学時代からの友人である草野(くさの)には生真面目さの漂う文字列で説教された。動画を見つけて呆れたらしい。

 俺は自分で動画をUPしていてさえ、「動画を見る」習慣がないから、世の中に本当に「友達が出ている」ことに気付く奴がいるとは思わなかった。良い子のみんなは気を付けような。

 トークアプリに浮かんだ文字を見て、俺は素早く打ち返す。


「そうはいっても、日本の賞味期限の基準はかなり厳しいっていうのは最近結構な話題になって、見直されてきているよね。表示も日付から年月単位に切り替わりつつあるし。そもそも、ペットボトルの水に刻まれた日付は『便宜上』で、雑菌なく密閉された状態であれば本来賞味期限なんかないらしいよ。あの日付は、微妙にカサが減り始める時期の目安だって聞いたことがある。あとは缶詰。日本の基準では36カ月表記が推奨されているけど、破損しなければ半永久的に持つとも言われているし。あんまり長い期間表示にすると『保存料がたくさん入っている』という勘違いが先行して避けられるから、ほどほどにしているメーカーもあるとか」


 一応、調べてはいるんだ。食べて大丈夫なのか。大丈夫だとすれば、あの日付の意味はなんなのか。

 店では撤去され、廃棄されているかもしれないけど、家庭に確保してしまえばそれをどうするかは買った側の自由のはず。たとえ期限が切れていても、「問題がない」ものは思った以上にたくさんある。


「やめればいいのに、ああいうこと。ネガティヴなコメントもずいぶん……」


 見なきゃいいのに、優しい草野は俺の心配をしているんだろうか。

 大丈夫、ほんの少しファンもいるんだ。アンチもいるけど。どっちの心理もよくわからないけどね。俺がいつ何食べようが、それで腹が痛くなって倒れようがどうでもいい。


 どうでもいいことを、どうしてやっているんだろう。


「お前、なんで賞味期限切れ食品なんか食べているんだ。大学のときは料理が好きで、家も片づいていたし、そういう変にだらしないところはなかったと思うんだけど。むしろ潔癖で」


 ああ、そうか。そういう心配も。俺の生活がおかしくなっちゃったのかなって。


「大丈夫、そういうんじゃないんだ。大丈夫だよ、普段はちゃんとしてる」

「そもそもなんでそんなことを始めたんだ。何かきっかけでもあったんだろ」


 始めたきっかけ、か。


 ――今日はこの魚肉ソーセージ! こういうのはどうなんだろう。もう……半年だね。だけど、加熱すれば大丈夫かな。食べてみよう。


 安っぽい機材に向かって話しながら、俺はふと口をつぐむ。真顔になってしまったと気付いて、へらっと笑みを作ってみせた。


 ――この動画チャンネルをはじめたきっかけなんですけど。友達に「お前なんでそんなこと始めたんだ」ってきかれて。今日はそのへんを話してみたいと思います。


 俺は大学から実家を出て一人暮らしを始めました。

 もともと料理も好きで、苦にしたことはなかったです。アルバイトもしていたからものすごーくお金に困っているわけでもなくて。ただ、学校行って、バイトしていると思った以上に時間がなくて、料理しようと思って買った材料の賞味期限を切らしてしまうこともありました。

 その頃は、期限切れなんか食べたら、具合悪くなるって信じていたから、躊躇なく捨てていたんです。今思うと怖いくらい。


 とにかく忙しい、忙しいが口癖で。年末年始に帰省してばあちゃんに会ったときも「忙しい、忙しい」って意識しないで言っていたんです。

 そしたら、ばあちゃん、俺のこと気にしてくれたみたいで。


 その頃ばあちゃんは「子どもの世話になる」ことに抵抗があったみたいで、公営住宅に一人で住んでいたんですけど、それがエレベーターもない古いマンションの四階でした。

 買い物するのも一苦労だったと思うんです。よく年配のひとがカラカラ引いている小さいカートを持って、階段を下りて近くのスーパーに行って、買い物して、カートに座って一休み。

 マンションまで歩いて、四階分の階段を休み休み上りながら、ようやく部屋に帰りつくような生活を送っていたと思います。それなのに。


 忙しい孫の為に、ときどき段ボールいっぱいに食糧を送ってくれたんですよ。

 段ボールいっぱい。

 そこに詰める食糧、買い集めるの大変だったと思うんです。足腰弱った八十歳のばあちゃんが、四階分の階段下りて、歩いて、上ってだから。毎日少しずつ買い集めて、いっぱいに溜めてから送ってくれて……。

 だから、俺のところにつくときは、半分くらい賞味期限が切れちゃっていたんです。


 最初はなんでそんな状態かよくわからなくて、「ばあちゃん大丈夫? もう一人暮らし無理なんじゃない?」って実家に電話かけて捨てようとしていたんです。

 そしたら、うちの母親に、「たぶん、買い集めるのが大変なんだと思う。けど、あんたが忙しい忙しいって言うから、何かしたいと思って、じゃないかな」って言われて、はじめて理由がわかりました。


 それで、「どうにか食べられないものか。そもそも賞味期限の意味ってなんだ」って調べ始めて……。

 調べたら、そんなに厳密に期限がきれた瞬間に「はい、だめ!!」ってもんじゃないんだなって気付いて、自分なりに、そういうこと誰かに伝えたいって思ったのが、この番組を始めた理由です。


 それで、えーと。

 この魚肉ソーセージはばあちゃんが送ってくれた最後の荷物に入っていたものなんですけど。

 まだ半年なので。食べられそうな気がするので、食べようと思います。


 もし次回更新がなかったら、あいつついに食中毒か!? って思っておいてね!!

 だけど、なんだろう、こう、不適切動画としての通報は勘弁してほしいんだな~。

 うん、そういうの、困るから、製造元に問い合わせて監修してもらうようにした方がいいのかな。今度からそうする。


 ま、そういうわけなので。俺の心配性の友達、見てる?

 いまから食べます。見守ってて。


 ――いただきます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] フードロスにスポットライトあててくれてありがとう。きっかけの背景に、しっかり思いがあり、なんというか、たんなる若い人の肝試しみたいな食べ物お遊びじゃない、深いところもよく伝わりました。 […
[良い点] なぜか涙腺決壊しました。 [一言] 亡くなった父が最後に作ってくれた黒豆の煮物が食べられずずーっと冷蔵庫に保管してます。 もう10年、、、 捨てずに一生そのままな気がします。
[良い点] トップにありましたオススメ作からさっそく拝読させて頂きました。 感想欄お邪魔いたします。 序盤、正直私も友人草野くんと同じ視点で主人公の配信を訝しんでいました。 しかし彼の動機が明らかに…
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