回廊はおどける
掌編小説です。一話完結です。
はしゃぎすぎて、いつしか友達とはぐれてしまった。
わたしはひとり、知らない回廊へと迷い込んでいた。
回廊の入り口には、古びた看板が垂れ下がっていて、名前は「道化」だった。
わたしは恐怖を感じつつも、好奇心には勝てず、回廊を進んでいく。
それに、行く当てがなかったというのもある。
まずわたしを出迎えたのは、軽やかな音楽。ときおり、回廊はいびつな形になる。
RPGゲームに出てきそうな感じで、異様に飄々としていた。
「だ、だれ?!」
床が少しきしんだだけで、この反応。わたしってこんなに憶病だったかな。
回廊はどこまで続いているのかわからない。
それがまた、好奇心を刺激した。
道の途中には、真新しい書棚がいくつも並んでいる。
なかには何も入ってないようだ。と、のぞき込んだ矢先。
「ぴぃ!」
と、甲高い音のなにかが飛び出した。
「うわあああっ」
びっくりして尻餅ついたわたしの頭に、もふもふした感触がある。
なんだろうと思い、手でつかみ目の前に持ってきた。
「なにするんだ?! この小娘め!!」
「いたぁっ」
その正体は金色の小動物だった。
動物がしゃべったことよりも、殴られたことに気を取られ、言葉がでなかった。
あんぐり口を開けるわたしに毒気を抜かれたのか、動物は小首をかしげた。
「小娘。さては、ここの住人ではないな。どこからきた?」
「え、え~と。回廊のそと? です」
「なにをわかりきったことを! ほんまにまぬけやな!」
「あなたのしゃべり方も、ちょっと…」
「ちょっとなんや?! わしは怒っとるんや。いい加減にせい!」
「はあ。なんか面倒くさい」
「なんやとぅ!」
土台、テンションが違うため、話が噛み合わないというか、進まなかった。
しかし、それではらちが明かないため、わたしは事情をせつめいした。
すると、動物はすぐに理解したようで、なんとわたしが友達の元へ戻る手伝いをしてくれるといった。
「ただし、条件がある」
「なによ?」
「この回廊から脱出すること。わしもろともな」
「でも、おじいさん」
「おじいさんやない! おじちゃんや!」
「は、はい。でもおじちゃん、さっきこの回廊に何十年も住んでるって」
「これだけはいいたくなかったけど、言わんとあかんようや」
動物は手のひらを離れ私の頭に鎮座すると、自分のことを語った。
だけど、たったひとつだけ、動物は名前を教えてくれなかった。
もしかしたら、忘れてしまったのかもしれない。
だって、辺りにはだれもいないし、この回廊にはこの小さい動物だけのようだから。
それを思うと、悲しい気持ちになった。
大切な家族と離れ離れ、もう何十年も会ってないだなんて。
わたしじゃとても耐えきれない。
「わしはただ、ここに住んでるだけじゃ。それにもう長くない命、最期くらい家族に会いたい」
おじちゃんの瞳から露が流れ落ちる。
わたしは、それをそっと受け止め、いう。
「いこう。おじちゃんの家族に会いに。ぜったい合わなきゃだめだよ!」
「小娘のくせに…。出しゃばりよって」
おじちゃんは涙を隠そうとしなかった。子供みたいにわんわん泣いた。
回廊は長く、どこまでも続いている。入口はもう消えて、何も残らない。
前に進むことでしか得られないことがあると知った。
「待っててみんな。いま会いに行くから」
お道化る回廊に、かすかな希望が咲いた。