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突然の求婚 その三

 先ほども似たような質問をぶつけたが、記憶が曖昧だった。確認のため、もう一度問いかけてみた。

 もしも、フェンリル公爵家が獣人の血筋であれば、両親と当時の公爵が連絡を取り合っていた理由を理解できる。

 しかし、ディートリヒ様の返答は「否」だった。


「私は、獣人ではない。一日中、この姿でい続けるように『狼魔女』に呪われた存在、だ。狼魔女というのは、狼を使役し悪巧みを繰り返す悪しき存在である」

「魔女、ですか?」

「しかり」 


 魔女と聞いて、胸が嫌な感じにバクバクと鼓動する。

 両親が遺した謎のメッセージ『魔女に気を付けろ』を思い出したからなのかもしれない。

 まさか、両親は狼魔女に殺されてしまったのでは? そんな考えが、脳裏を過る。

 胃の辺りがすーっと冷えて、眩暈も覚えた。


「メロディア、大丈夫か?」

「え、ええ」


 ぶんぶんと首を振り、気持ちを入れ替える。


「すみません、話の続きをお願いします」


 ディートリヒ様は、静かに語り始めた。


「我が公爵家は千年もの間、狼魔女と戦っている。この、フェンリル騎士隊も、狼魔女と戦うことを目的とした、私設騎士隊なのだ」

「そ、そうだったのですね」


 フェンリル騎士隊、が解決したと言われている誘拐事件や、行方不明者の捜索は狼魔女が絡んだ事件だったらしい。


「忌々しいことに、父は、狼魔女に殺されたのだ」

「そう、だったのですね」

「そして──……いや、なんでもない」


 ディートリヒ様は何か言いかけていたが、言葉を呑み込む。とても辛そうな表情を浮かべていたので、追及は止めておいた。


「狼魔女が使役する狼は、もともと人だった存在だ。魔女の呪いによって狼の姿に変えられ、強制的に使役されるのだ」

「ということは、誘拐されたり、行方不明になったりした人というのは、魔女の餌食になりかけていた人達、ということなのですね」

「そうだ。運が良ければ捕まっても狼の姿になるだけだが、運が悪ければ狼魔女に生きたまま喰らわれる。絶対に、赦すことはできない存在だ」


 ゾッとした。平和な王都の裏で、そんな事件が起きていたなんて。


「あの、狼魔女は、なんのために悪事を繰り返しているのですか?」

「それは、わからぬ」

「……」


 千年もの間、人を狼に変えて使役し、人を襲って血肉を喰らう。それが、狼魔女。

 フェンリル公爵家は長い間、狼魔女と孤独な戦いを繰り広げていたらしい。


「現在、第一騎兵部に所属しているのは、私と弟の二人だけだ」

「そう、だったのですね」

「ああ。父や叔父、従兄は、すべて亡くなってしまった」

「そう、でしたか……」

「弟を紹介しよう。ギルバート!」


ディートリヒ様が名前を呼ぶと、扉が開かれる。入ってきたのは灰色がかった短髪に、青い瞳を持つ二十歳くらいの青年だ。背筋は背中に棒か何か入れているのではと思うほどピンと伸びている。タレ目なせいか、少々あどけない。目鼻立ちは整っていて、生真面目な雰囲気をビシバシと漂わせていた。


「彼が、弟であり、第一騎兵部の副隊長であるギルバートだ」

「はじめまして、ギルバートです。以後、お見知りおきを」

「はじめまして、メロディアです。どうぞよろしくお願いいたします」


 丁寧な挨拶をされ、私もそれに倣って返す。


「ギルバート、彼女はメロディア・ノノワール。第一騎兵部の新しい隊員であり、私の婚約者だ」


 思いがけない紹介に、ぎょっとする。間違いのないよう、すぐさま修正しておく。


「ちょっと待ってください! 求婚は、お受けしておりません」

「なんだと?」

「なんですって?」


 ディートリヒ様とギルバート様が、同時に反応を示す。


「私の求婚を受けないとは、どういうことだ?」

「兄上からの結婚の申し込みを断るなんて、どういうことですか?」

「どうも、こうも、いきなり求婚されても、困ります」


 その答えに、目の前にいる兄弟はポカンとしている。


「貴族の結婚は存じませんが、平民の結婚は心を通わせ、互いに理解し合ってから結婚します」

「だったら、簡単な話だ。私と、心を通わせたらいいだけの話である」

「ええ。兄上の素晴らしさを知ってもらえば、結婚せずにはいられないでしょう」


 ……なんだ、この前向きな兄弟は。思わず口にしてしまいそうになった。


「あの、そもそも、求婚者がたくさん押しかけて困っているとお聞きしました。結婚はされたくないのでは?」


 それに、私は平民だ。大貴族であるフェンリル公爵家の当主様との結婚など、許されないだろう。


「メロディアとであれば、結婚したいぞ。当主の決定に、誰か逆らうというのだ」

「兄上の選んだ女性です。間違いありません」

「……」


 まったく、答えになっていない。


「なぜ、私なのですか? 家柄がよく、綺麗な女性だってたくさんいたはずです」

「そ、それは………………メロディアに出逢った瞬間、結婚したさが爆発したのだ」

「兄上は、運命を感じたのですね」

「……」


 一目惚れされた、ということでいいのか。よくわからないけれど。


「いきなり抱き着いてきたものだから、メロディアも私と結婚したいと思っていたのだと」

「いきなり異性に抱き着くとか、求愛行為ですものね」

「……」


 その点は謝罪する。本当に、申し訳なかった。


「あの、実は、昔飼っていた犬に、ディートリヒ様がよく似ていて」

「フルモッフ、と呼んでいたな」

「はい」

「大切な、存在だったのか?」

「はい。今でも、心から大切に思っています」

「だったら、愛犬からでいい。私との結婚を前提とした付き合いを、検討してほしい」

「……」


 愛犬からでいいとか、そんなお付き合いは聞いたことがない。新しすぎる。


「強制するつもりはないが」


 切なそうな顔で見られると、なんだか悪いことをしている気持ちになる。

 しかし、思わせぶりな行動はよくないだろう。


「あの、せっかくですが」


 ディートリヒ様のウルウルとした瞳が、私の心を射貫く。こんなに愛らしい犬の願いを無下にすることなんて、できやしない。


「え~っと、愛犬の件は措いておいて、どうぞ、これからよろしくお願いします」

「もちろんだとも!」

「よろしくお願いします」


 こうして、私とフェンリル家の兄弟との付き合いが始まった。


「ところで、一つ、お聞きしたいことがありまして」

「なんだ?」

「ルー・ガルーという種族は、ご存じでしょうか?」

「いいや、聞いたことはない」

「そう、ですか……」

「ルー・ガルーとはなんだ?」


 その問いかけに、ギルバート様が答えてくれた。


「兄上、狼獣人の一族ですよ。月から発する魔力を浴びると、狼化する一族のことです」

「なるほどな。初耳だ。それが、どうかしたのだ?」

「いいえ、狼魔女と何か関係あるのかと思い、聞いてみただけです」

「関連はないが、興味はあるな。ちょっと、調べてみよう」


 狼獣人の研究をしていたのは前当主だけで、特に話は聞いていないようだった。しかし、結果的にはフェンリル騎士隊でお世話になることとなった。これも、両親のお導きなのかもしれない。心から、感謝した。

 狼化について言おうとしたが、なかなか言葉にすることは難しかった。なぜだかわからないけれど、話そうとしたら胸のモヤモヤは強くなる上に声が出なくなるのだ。

 とりあえず、今日のところは黙っておこう。

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