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狼獣人だったなんて聞いていない! その四

 本日は休みだが、当時の事故についての報告書をまとめている騎士隊の資料館へ足を運んだ。ここは、騎士であれば閲覧は許されている。

 予定がないというので、ミリー隊長にも付き合ってもらった。

 両親の事故は私が十歳のころ。日付も覚えているので、事故について保管している棚はすぐに発見できた。しかし──。


「あ、あれ?」


 両親の事故の詳細が書かれた報告書が見つからない。もしかしたら、別の場所に保管されている可能性もある。ミリー隊長と共に探したが見つからなかった。


「どうして……?」


 両親の事故を告げるため、騎士達が私の家にやってきた日のことは鮮明に覚えていた。すると、ミリー隊長が助言してくれる。


「もしかしたら、事件の棚のほうにあるのかもしれない」

「事故が、故意的、だったということですか?」

「まだ、わからないが……」


 今度は、事件の棚を調べてみる。すると、すぐに発見した。


「あ、ありました」


 冊子状になった報告書を開いた。被害者の欄に、両親の名前が書かれている。


「被害者……!?」


 両親の事故は、第三者による故意的なものだったようだ。


「そ、そんなことって……!」

「メロディア魔法兵が幼かったから、本当のことは言えなかったのだろう」

「お父さん……お母さん……!」


 いったい誰が、両親に死を迫ったのか。震える手でページをめくる。しかし、以降は閲覧制限がかかっていた。


「え、どうして?」

「おそらく、国家秘密に絡んだ事件なのだろう」


 資料館の管理官に話を聞いてみたが、事件については国王以外閲覧できないようになっているらしい。


「……」

「メロディア魔法兵、帰ろう」

「はい」


 心の中に、モヤモヤが広がっていく。

 両親を殺した相手は、いったい誰なのだろうか。恨みを買うなんて、ありえないのだろう。きっと、運悪く目を付けられただけに違いない。

 ふと、両親の忠告を思い出す。


 ──魔女に気を付けろ


 もしも、現代に魔女が生きていて、両親を殺したのならば、不可解な事件と国王陛下以外に閲覧制限があることへの説明がつく。

 事件の真相を調べる手段は、きっとないだろう。落ち込みつつ、帰ることとなった。


 夜になると、獣人と化す。ミリー隊長に、獣人化の場面に立ち会ってもらった。


「本当に、狼獣人なのだな……。いや、信じていないわけではなかったが、こうして実際見ると、しみじみ不思議だなと」

「くうん」

「喋ることは、できないのだな」

「わう」


 そうなのだ。獣人化すると、喋ることができない。見た目は完全に、ただの犬である。


「ということは、魔法も使えないと?」

「!」


 そうだ、魔法!

 呪文を唱えてみたが、見事に「わうわう」しか言えない。当然、魔法は発現しなかった。


「くうううん……」


 落ち込む私の頭を、ミリー隊長は優しく撫でてくれた。


「夜勤の仕事は──考えておこう」


 このままでは、夜勤だってままならないのだ。


「狼化については、あまり広めないほうがいいかもしれないな」

「くうん」


 獣人は獰猛で人の血肉を啜る、という噂話が広まっている。私が獣人だと言ったら、怖がらせてしまうかもしれない。

 この先、私はいったいどうしたらいいのか。不安が顔に滲んでいたからか、ミリー隊長は諭すように言った。


「大丈夫だ。夜は、ここにいればいい」


 深々と、頭を下げる。ミリー隊長には、迷惑をかけっぱなしである。


 ◇◇◇


 成人を迎えたルー・ガルーは、月より得た魔力のおかげで大いなる力を得るらしい。

 自身の力が大きくなっていることを、ある事件をきっかけに気づかされる。


 それは、穏やかな午後。ミリー隊長と共にお茶を飲んでいたら、別の部隊の騎士が飛び込んできたのだ。


「す、すみません、訓練中の怪我で、騎士の一人が腹部に槍を刺してしまい──!」


 回復魔法で癒してほしいと。他の部隊の魔法兵も集まって治療していたが、傷が深く出血が収まらないようだ。


「メロディア魔法兵、現場へ向かってくれ」

「は、はい!」


 元気よく返事をしたものの、私の回復魔法の力は極めて平凡だ。中の下、くらいである。小さな切り傷程度であれば、塞いで完治できる。しかし、深い刺し傷の場合は、出血を止めることすら難しいだろう。

 魔法兵が大勢集まって治せない傷の治癒なんて、できるわけがなかった。しかし、できることはしたい。そう思って現場まで向かう。

 事件が起きたのは、第五遠征部隊の訓練広場。大勢の人が集まっている。


「魔法兵が来ました! 道を、開けてください!」


 私を誘導した騎士が声をかけると、波が引くように人だかりが散り散りとなる。ついでに、注目が集まってしまった。なんだか、すごい魔法兵がやってきた、みたいな雰囲気になってちょっぴり泣きそうになる。


「す、すみません。失礼いたします……」


 どうも、どうもと会釈をしながら、怪我人のもとへ急いだ。


「もう一度だ!」

「ダメだ、もう、打てない」

「血が、また噴き出てきたぞ!」


 怪我人の周囲は騒然としていた。

 人だかりの中心にいるのは、青い顔をした魔法兵五名に、血だまりの中で倒れる騎士、それからオロオロとする隊長らしきおじさん。 

 倒れた騎士の傷口を抑える魔法兵の手の隙間から、血が噴水のように噴いている。いったい、どうやったら、あのように血が飛び出るのか。


「魔法兵を連れてきました!」

「あ、ありがたい!」


 まるで、救世主のような扱いを受けてしまう。とりあえず、今は考え事をしている場合ではない。素早く回復魔法を施さなければ。

 少しでも、楽になってほしい。水晶杖を握りしめ、願いを込めて呪文を唱える。


「──汝、祝福す、不調の因果を、癒しませ」


 小さな魔法陣が傷口の上に浮かび、パチンと弾けた。噴き出ていた血がピタリと納まり、傷口の血が沸騰したように泡立ったかと思えば、薄い皮膚が作られていく。


「おお……おおおお!」

「あ、あれ?」


 先ほどまで血が噴き出ていた傷が、あっという間に塞がってしまう。

 いつもの回復魔法なのに、効果がまったく違った。


「こ、これは……!?」


 どうして? と考えている間に、周囲からワッと歓声が上がった。怪我人の意識が戻ったようだ。


「あれ……俺……」


 手を伸ばしてきたので、そっと握る。


「もう、大丈夫ですよ」


 そう答えると、安心したように目を閉じた。

 そのあとは、ちょっとした騒ぎとなった。奇跡の回復魔法だとか、聖女の降臨とか。

 すぐに、騎士隊から感謝状と金一封が届けられる。

 私の回復魔法の力を知っているミリー隊長は、獣人として目覚めたからそれに伴って魔法の効果も上がったのではと指摘する。


「そうですね。その通りかもしれません」

「しかし、マズいことになったな」

「マズいこととは?」

「いや、杞憂かもしれない」


 ミリー隊長の呟きの真意は、翌日明らかとなった。

 その日の夜も、私は獣と化す。獣人化については、まだミリー隊長以外には話していない。今宵も、ミリー隊長のお世話になることとなった。

 申し訳ない。穴があったら、入りたいくらいだけれど──と、このような謙虚な気持ちは、ボールを前にしたらすぐに消えてなくなった。


「わっふう!!」


 ミリー隊長の投げるボールを夢中になって追いかけ、銜えて拾い上げる。それをミリー隊長へ持って行き、再び投げてもらう。

 私は一時間ほど、ミリー隊長にボールを遊びをしてもらった。

 獣人化すると、ただの犬となり下がってしまう。今宵も、ミリー隊長の隣で爆睡してしまった。

 翌日、ミリー隊長のもとに、ある大量の申し入れが届いたらしい。書類の山を指差しながら、ミリー隊長はこれが何か話してくれた。


「これは、メロディア魔法兵がほしいという申し入れだ」

「え!?」


 私の奇跡のような回復術の噂を聞いて、異動してこないかという話が舞い込んできたようだ。


「そ、そんな……」

「中には、王族の親衛隊に来ないか、という話もある」

「お、王族、ですか? 身に余り過ぎるお話です」


 これが、昨日ミリー隊長が言っていた『マズいこと』だったようだ。騎士隊のほとんどは、夜勤がある。他の部隊で、獣人の姿を隠しながら働くなんて難しいだろう。


「私が、メロディア魔法兵を守ることができたらいいのだが」

「いいえ、今日まで、十分、守っていただきました」


 獣人化が始まってから、ミリー隊長に頼りっぱなしだった。感謝してもし尽せない。


「異動するならば、夜勤がない部隊だとありがたいのですが──ないですよね?」

「それが、奇跡的にあったんだ」

「ほ、本当ですか?」


 ミリー隊長は一枚の書類を私に差し出す。


「えっと……メロディア・ノノワールを、我が第一騎兵部での勤務を希望する。ディートリヒ・デ・フェンリル……フェンリルって、あの、公爵家のフェンリルですか?」

「ああ、そうだ。奇しくも、フェンリル家の当主であり、フェンリル騎士隊、第一騎兵部の隊長であるディートリヒ様からの勧誘が届いたのだ」

「!」


 驚きすぎて、書類を落としそうになる。

 フェンリル公爵への手紙は、何回も何回も認めていたが、まだ出せていなかったのだ。だって、相手は王家の血を引く大貴族である。私みたいな平民の娘が、失礼な内容の手紙を出して怒りを買ったら、大変なことだ。そんなフェンリル公爵が、私を必要としてくれるなんて……。


「きっとこれは、メロディア魔法兵の両親が結んでくれた良縁だろう。夜勤もないようだから、何も心配はない」

「ええ」


 光栄な話ではあるが、ミリー隊長の部隊から離れることを心寂しく思う。なんだかんだ言ってみんな優しかったし、お世話にもなった。

 けれど、夜勤ができない私がこのまま残っても、役立つことはできないだろう。


「申し入れを、受けるという方向で決めても構わないか?」

「……はい」

「わかった。では、そのように伝えておく」

「ありがとう、ございます」


 ミリー隊長に、深々と頭を下げた。


「なんの礼だ?」

「今まで、本当に、お世話になったなと思いまして」

「そうだな。メロディア魔法兵は、私の若い頃を見ているようだったから、ついついお節介を余計に焼いてしまったのかもしれない」

「お節介だなんて!」


 ぶんぶんと大袈裟に首を横に振り、否定した。


「右も左もわからない中で、親切にしてくださり、本当にありがとうございました」

「私も、メロディア魔法兵と過ごす中で、騎士として初心に戻れたような気がする。こちらこそ、ありがとう」


 ミリー隊長が差し出した手を、おそれ多いと思いながらも握り返す。

 温かくて、力強いミリー隊長の手に、勇気づけられたような気がした。


「メロディア魔法兵、もしも、フェンリル公爵が獣人化について何も知らないようだったら、私のもとで下宿するといい」

「ありがとうございます。しかし、ご迷惑では?」

「実は、昔から犬好きでな。飼いたいと思っていたのだが、いかんせん騎士の仕事をしていると、生き物が飼えなくって。まあ、だから、気にしないでほしい」


 なんと、私としていたボール遊びは、ミリー隊長も楽しんでいたようだ。


「だったら、もしもの時は、よろしくお願いいたします」

「いつでも歓迎する」


 こうして、私は第十七警邏隊から第一騎兵部に異動することとなった。


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