番外編 侍女ルリの、公爵夫婦観察日記
〇月×日
メロディア様はディートリヒ様に「夜、散歩に行こうぞ」と誘われていたようだが、「寒いからいいです」とクールにお断りしていた。
しかしながら、夜になると狼化したメロディア様は散歩紐を銜えて、「早く散歩に行こう!!」とばかりに、キラキラに輝く瞳でディートリヒ様を見上げている。
メロディア様は人と狼姿とで、テンションが異なるのだ。
散歩の時間だとばかりにディートリヒ様の周囲を、尻尾を振りつつくるくる回っていた。
ディートリヒ様は笑顔で、「よし、メロディア、散歩だ!!」と言って出かけていく。
なんというか、仲睦まじい夫婦である。
呪いが解けたディートリヒ様であったが、人間に戻っても無邪気さは変わらず。
人であっても、メロディア様が狼であっても深く愛していらっしゃる様子であった。
使用人一同の癒やしである。
〇月△日
朝、寝ぼけ眼のメロディア様は、とんでもない失敗をしてしまったらしい。
お隣で眠っていらっしゃったディートリヒ様が膝を枕代わりにしてきたので、ブラッシングをしなければと思ったようだ。
それからブラシを握り、犬にするようにガシガシとブラッシングをしたらしい。その間、無抵抗だったようだ。
十分後――メロディア様は我に返ったと。
そして、犬のディートリヒ様かと思って、力をこめてブラッシングをしてしまったことに気づいたらしい。
ブラシには、大量の抜け毛が付いていた。
犬であれば気にならない毛量も、人間であったら大問題である。
ディートリヒ様が禿げたら、自分のせいだと責めていた。
なんとお言葉をかけていいのかわからなかったが、男性とは加齢と共に禿げる生き物なのですよ、と励まして(?)おいた。
□月▽日
ディートリヒ様がメロディア様に贈り物を渡したい。一緒に選んでほしいと、私とギルバート様に頭を下げてきた。
そんなわけで、皆で贈り物を選びに行く。
最初に向かったのは、愛玩動物が使う道具を揃えた店だ。
以前、メロディア様が職場の元上司からボールを贈られて喜んでいたとのことで、自分も……と思ったらしい。
が、店頭にあったリボン付きの首輪を、ひと目見て気に入ったようだ。
店員から「おうちのワンちゃん用ですか?」と聞かれ、ディートリヒ様は「いや、妻のものだ」と正直に答えてしまった。
店員がいたたまれないような目でディートリヒ様を見つめている。
私は全力で他人の振りをした。
□月〇日
ついに、メロディア様がご懐妊となった。
いつの間に……!?
まさか犬の姿で……!?
などと、下世話な想像をする者はひとりもおらず、屋敷の使用人一同、祝福ムードに包まれた。
その中でも、足を骨折したディートリヒ様が一番幸せそうだ。
なぜ、足を骨折しているのか。
懐妊を喜ぶあまり、二階のバルコニーから転がり落ちたからだ。
メロディア様が回復魔法をかけると申し出ても、「この痛みすら、喜びである!!」とわけがわからないことを言っていたらしい。
常人には理解できない喜び方をしていた。
子どもが生まれた日には、どうなるのか。
ギルバート様と共に、出産の日は縄でぐるぐる巻きにした状態にしなければと、真剣に話し合った。
△月〇日
ついに、メロディア様が出産なさった。狼のお姿で。
お子様はひとりではなかった。
三人もいたのだ。
もちろん、お子様も狼の姿である。
対面したディートリヒ様は、「世界一可愛いし、世界一かわいい子を産んでくれたメロディアは、世界一すばらしい妻だ!」と叫んでいた。
縄で手足を結んでいたので、床に伏した状態であったが、本当に幸せそうだった。
……縄はいつ解こうか。
それが、唯一悩ましいことであった。
△月×日
お子様達はすくすく育っている。狼化が安定しないようだが、夜、家族で散歩にでかける姿は幸せを絵に描いたようだった。
ディートリヒ様以外、全員狼であったが。
ご一家を見守りながら、この幸福が永遠に続きますようにと、祈ってしまった。