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狼獣人だったなんて聞いていない! その三

 翌朝──私の名を呼ぶ声で目覚める。


「メロディア、メロディア」

「お母さん、あと、五分……むにゃ」

「私は、お母さんではない!」

「ん?」


 答える声は、母のものではない。起き抜けの働かない頭で、情報を整理してみる。

 私の目の前にいるのはミリー隊長で、呼んでいた声もミリー隊長だ。そしてここも、ミリー隊長の家である。

 ここでハッと、意識が覚醒した。

 慌てて起き上がると、一糸まとわぬ姿であることに気づいた。


「うわっ!」


 シーツをかき集め、キョロキョロと服を探すが見当たらない。


「メロディア魔法兵、落ち着け」

「わわ、ミリー隊長!」

「大丈夫だ。いったん落ち着いてから、話をしてくれ」

「は、はい」


 いったい、どういうことなのか。なぜ、私は全裸でミリー隊長の隣で眠っていたのか。

 昨晩の記憶を、解けてしまった糸を手繰り寄せるように甦らせる。


「き、昨日、ミリー隊長と別れたあと、発作に襲われたのです。痛みに耐えきれなくて、気を失ってしまい、意識が戻った時には、犬の姿になっていました」

「メロディア魔法兵のご両親は、獣人だったのか?」

「いいえ、そんな話はまったく」

 獣人──獣のような姿をした、人の総称である。

「獣人について、知っていることは?」

「恥ずかしながら、存じません」

「だったら、軽く説明しよう」


 一言に『獣人』と言っても、さまざまな種類があるらしい。


「確認されている獣人の種類は三つだ。一つ目は、ほぼ獣の姿だが、人と同じように二足歩行をする『常態獣人』。これが、世界的にもっとも数が多い獣人である。獣同様、獰猛な者が多く、あまり人里へは姿を現さない。次に、耳や手、足など体の一部が獣と同じ形をした『部分獣人』。獣人と人の子どもの多くが、部分獣人となるようだ。三つ目は、ある条件が満たされた場合、獣の姿を取る『変化獣人』。大変希少な存在で、童話の中にのみ存在する獣人とも言われている……」


 ということは、私は『変化獣人』ということなのか。


「メロディア魔法兵のご両親は、その……」

「亡くなっています。両親は共に天涯孤独の身で、親戚もおりません」


 両親は普通の人だった。獣人ではない。それなのに、どうして娘の私は獣人なのか。

 まさか、拾われ子だったとか?

 でも、私の薄紫の髪は母譲りで、緑色の目色は父譲りだ。さらに、私と母の面差しはそっくりだ。血縁関係でないわけがないだろう。

 なのに、どうしてこんなことになったのか。

 わからないことばかりだ。思わず頭を抱え込んでしまう。


「その様子だと、話は聞いていないようだな」

「はい」


 どうして、何も話してくれなかったのか──と、ここで両親から受け取っていた手紙の存在を思い出す。

「あ!」

 もしかしたら、両親の手紙は、私が犬になったことに関して何か書いてあるのかもしれない。


「メロディア魔法兵、どうした?」

「両親が、私に、十八歳になったら手紙を読むように手紙を託していたのです」

「もしや、昨日が十八歳の誕生日だったのか?」

「はい!」

「わかった。では、今すぐ確認に行ったほうがいい。私も、同行させてもらう」

「了解です」


 寝台から出ようとしたが、裸だったことを思い出す。


「服は──騎士舎か?」

「で、ですね」

「では、私の服を貸そう」


 下着類にシャツとズボン、それから外套を借りる。

 ミリー隊長の私服は、小柄な私にはぶかぶかだった。子どもが大人の服を着ているような見た目となり、ミリー隊長に苦笑されてしまった。


「すまない。寮まで我慢してくれ」

「いえいえ。貸してくださり、ありがとうございました」


 小走りで独身寮まで向かうことになった。お腹がぐう~~~と鳴ったが、それどころではない。それにしても、今日が休日でよかった。出勤日だったら、大慌てだっただろう。

 ぶかぶかな服で独身寮に戻った私を、門番の騎士が訝しげな視線を送る。ミリー隊長が騎士の肩を叩くと、その視線は外された。

 独身寮は築三十年ほど。年季の入った建物である。玄関の扉はギイと重たい音を鳴らし、床板は雨蛙の合唱のようにギシギシと鳴く。


「懐かしいな」

「ミリー隊長も、住んでいらしたのですね」

「十五年、ここに住んでいたぞ」

「十五年も!」

「役職が付いてからも、一軒家を持つより独身寮のほうが生活費もかからなかったからな」


 さすが、剣一本でのし上がってきたミリー隊長である。長年、質素倹約な暮らしをしていたようだ。


「女が一人で生きていくのは、大変だから」

「そう、ですね」

「この身も、どこまで騎士を続けられるか、わからなかったしな」


 ここで、気づく。私とミリー隊長は、同じ思いで騎士を続けていたのだと。ミリー隊長はいち早くそれを察していたので、優しくしてくれたのだろう。


「ミリー隊長、ありがとうございました」

「なんだ、突然?」

「急に、お礼を言いたくなって」


 ミリー隊長は、私の頭を優しくポンポンと叩いてくれた。

 私は、上司に恵まれている。これ以上、嬉しいことはないだろう。


「ここが、私の部屋です」

「待っているから、手紙を読んでくるといい」

「いえいえ! 中にどうぞ」

「いいのか?」

「はい」


 ミリー隊長を廊下に立たせておくわけにはいかない。中へと招く。


「散らかっていますが……」


 私室の扉も、ギイという不気味な音が鳴った。内部は寝室兼居間、簡易洗面台があるばかり。椅子なんて贅沢な物はない。寝台を椅子代わりに座るように勧めた。

 お菓子や果物なんかがあればよかったのだけれど、あいにくの給料前で切らしていた。


「何もなくて、すみません」

「私のことはいいから、手紙を読んでくれ」

「はい」


 寝台の下に入れている木箱を取り出し、中から手紙を取り出す。封を切る指先が、震えてしまった。

 いったい、どんなことが書かれているのか。勇気をふりしぼって、手紙を開封した。

 三枚の便箋が入っていて、丁寧な父の字で言葉が書き綴られていた。


 ──愛しい娘、メロディアへ

 十八歳の誕生日おめでとう。きっと、素敵な女の子になっているだろうね。

 これは、十八歳を迎えた素敵なメロディアへ充てた手紙なので、もしも、十八歳になっていないメロディアであったらそっと便箋を畳んで封筒に戻すように。

 今ならまだ間に合う。いいかい?

 よし。ここから先は、十八歳のメロディアだ。

 この手紙は、もしも私達が傍にいない時のために書かれたものだ。メロディアに、大事なことを伝えなければならない。

 ずっと黙っていたが、私とメロディアの母さんは、『ルー・ガルー』という狼獣人の一族なのだ。

 ただの狼獣人ではない。月の魔力を浴びた晩に、狼の姿となる一族である。

 メロディア、お前はもしかしたら、夜、狼の姿に変化するかもしれない。

 それは、ルー・ガルーの血の証である。ルー・ガルーは、月夜の魔力を浴びると、狼と化すのだ。

 そんなルー・ガルーには、たまに狼化できない存在が生まれる。その者達は『紛いモノ』と呼ばれて蔑まれ、迫害されてきた。私と母さんは、ルー・ガルーであるのに、狼化はしない『紛いモノ』だったのだ。

 私と母さんは手と手を取り合い、ルー・ガルーの森を抜けだし、王都へやってきた。

 その後、結婚し、メロディアが生まれた。

 狼化しない私達は問題なく王都で暮らすことができたが、メロディアはわからない。『紛いモノ』の子は、狼化できたという話も過去にある。

 だから、狼化について知らせるために、この手紙をしたためたのだ。

 もしも、困った状況になっていたら、フェンリル家の当主を訪ねるといい。一家は魔法の研究に熱心で、『獣人』にも大いなる興味があるという。メロディア、君が頼れるよう、話を付けてきた。だから、私達がもしこの世におらず、この手紙を読むという事態になっても、不安にならなくていい。

 メロディア、私達の可愛い子ども。

 どうか、幸せになってほしい。それだけが、唯一の願いだ。

 ──愛を込めて、ロジー・ノノワール


 最後に書いてあった父のメッセージを読み終えると、ぽたり、ぽたりと便箋に水滴が落ちてくる。いつの間にか、涙が溢れ流れていたようだ。手紙の文字が涙が滲んでいるのに気づいて、慌てて眦を服の袖で拭う。


「大丈夫か?」

「あ、はい」


 この服は、ミリー隊長の服だった。


「す、すみません、ミリー隊長の服の袖で、涙を拭いてしまい」

「いいや、構わない」


 それからミリー隊長は、私が落ち着くまで背中を撫でてくれた。


「ありがとうございます。もう、大丈夫です」

「そうか」

「あの、手紙にあったことを、話したいのですが……」


 話そうと思っても、なかなか言葉にならない。だって、両親がルー・ガルーという獣人で、その子どもである私は夜に狼の姿になるなんて。なかなか、受け入れられることではない。同じように、ミリー隊長も「私は狼獣人です」なんて告白されても、困るだろう。

 そんな私の肩を、ミリー隊長はポンと叩いて言った。


「メロディア魔法兵、無理に、話す必要はない。日を改めてもいい」

「い、いえ。お話し、します。させてください」


 ミリー隊長に、迷惑をかけまくったのだ。事情を話さずに帰すなんて、ありえない。私は、瞬時に腹をくくる。そして、両親と私の事情を語った。


「──というわけで、私は獣人だったようです」

「そう、だったのか。驚いた」


 膝にある手をぎゅっと握り、拳を作る。これから、私はどう生きたらいいのか。


「とりあえず、父の手紙に書いてあったフェンリル家を訪ねようと思っています」

「フェンリル家、か」

「ご存知なのですか?」

「フェンリル家は王族の血を引く公爵家で、わが国の五本指に入る歴史ある名家だぞ」

「お、王族!?」

「私設騎士隊である、フェンリル騎士隊を持っており、少数精鋭の部隊は騎士の憧れでもある」

「フェンリル騎士隊……聞いたことがあります」


 以降、言葉を失ってしまう。あんぐりと開いた口が、塞がらなかった。


 父の手紙には、ちょっとした知り合いに頼んでおいた、みたいなノリで書かれていた。それなのに、相手は王家の血筋だという。


「メロディア魔法兵、その手紙は何年前に書かれたものだ?」

「手紙をもらったのは、十年前くらいです」

「そうか。数年前にフェンリル家の当主は、代替わりしている。両親は、前の当主と約束した可能性がある」

「そ、そんな……!」


 もしかしたら、父とフェンリル家の当主の約束は、なかったものとされている可能性もあるのだ。


「い、今のご当主様は、どんなお方かご存じですか?」

「変り者、という噂がある」

「か、変り者、ですか?」

「ああ。社交界の集まりには現れず、当主となってから、姿を見た者は関係者以外いないという」

「ええ~~……」

「人嫌いである、という噂もあるらしい」


 有名なフェンリル騎士隊は、現当主様が『第一騎兵部』の隊長を務めているという。

 王立騎士団とフェンリル騎士隊は協力関係にあるのだとか。王立騎士団で解決できない事件を、フェンリル騎士隊が解決したという実績が、多々あるようだ。


「今まで、誘拐された貴族令嬢や、行方不明になった王族などを救い、数々の功績を収めていたらしいが、勲章を与える式典も不参加だったようだ」

「確かに、変わっていますね」


 ただでさえ、代替わりしているのに、人嫌いであるのならば会ってもらえない確率はググっと上がってしまう。


「メロディア魔法兵、私のほうから、フェンリル騎士隊を通じて面会の打診をかけてみようか?」


「ありがとうございます。一度手紙を出してみて、ダメだったらお願いするかもしれません」


 これ以上、ミリー隊長に迷惑をかけるわけにはいかない。自分でできることは、自分でやらなければ。

 それにしても、狼獣人の血が流れていたなんて……。

 人生、何があるかわからないと、心から実感したのだった。

 両親からの手紙を封筒に戻そうとしたら、一枚の紙がはらりと落ちた。便箋以外のものも入っていたようだ。

 そこには、父の文字でよくわからないことが書かれていた。


 追伸──魔女に気をつけろ。


「メロディア魔法兵、どうかしたのか?」

「あの、これが入っていまして」

「魔女……か」

「はい」


 魔女とは、いにしえの時代に暗躍した、魔族の手先となる女性の魔法使いを呼ぶ言葉だ。現代では、おとぎ話に出てくるような存在である。


「どういう意味でしょうか?」

「暗喩、かもしれないな」


 きっと何か意味があるのだろう。

 先ほどから、悪寒が走っていた。なんだか、悪い予感がする。

 魔女について、調べなければ。

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