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最後の戦い その九

 ミリー隊長が叫ぶのと同時に、シャンデリアが落下する。ディートリヒ様が寸前で回避し、マントで水晶の欠片から身を守っていた。ギルバート様や他の騎士達も同様である。


「皆、怪我はないか?」


 ディートリヒ様が確認の声をかける。誰も下敷きにはなっていないし、怪我人もいなかったようだ。


「トール隊長、感謝する。よくぞ、気づいてくれた」

「いや、メロディア魔法兵がシャンデリアを見ていたので、つられて見ていたら怪しい動きをしていたので」

「そうだったのか。メロディア、感謝するぞ」

「あ、いえ」


 単に、「豪華なシャンデリアだな~」と見ていただけだが、堂々と余所見をしていましたと告げるようなものなので黙っておく。

 それにしても、なんて卑劣な罠を仕掛けていたのか。


「過去のフェンリル家の騎士は、これらの仕掛けにハマっていたのだろうな」

「ええ」


 ただの城ではないことが明らかとなる。身を引き締めて、先へと進まなければならない。

 そのあとも、床を踏んだら毒矢が飛んできたり、落とし穴があったり、上から槍が降ってきたり。さまざまな仕掛けが発動した。

 運がいいのか、事前に気づいたり、奇跡的な運動神経で回避したり。幸運が重なっているのか、怪我人は出なかった。

 狼も、通常の黒狼に呪いの狼の他に、火を吹く狼、毒の唾液を滴らせる狼と、さまざまな種類に襲われる。

 騎士達は連携を見せ、狼を退治してくれた。だが、狼は途切れることなく現れる。

 百名いた騎士を配置し、どんどん上へ上へと上がっていった。

 共に進むのは、ディートリヒ様とギルバート様、それからミリー隊長率いる第十七警邏隊の騎士が五名ほどである。

 二階、三階と攻略し、四階に上がると、そこは大広間サルーンとなっていた。宴会や舞踏会が催される、城の中でもっとも広い部屋である。屋根部分まで吹き抜けの空間となっており、壁や天井には厳かな宗教画が描かれている。

 たくさんの狼が明るい森の中で駆け、翼が生えた女性達が温かく見守るという絵である。これらは、何を意味しているのか。

 ディートリヒ様が一歩大広間へ入ると、大きな魔法陣が浮かび上がった。


「──!」


 魔法陣の中から浮かび出てきたのは、三つの頭部を持つ狼。


「あれは、三頭狼ケロベロスだ」


 狼魔女の手札の中でも、最上位の力を持つ悪しき存在。見上げるほどに大きく、目は赤く光り、だらりと垂れた舌からは、毒の唾液を垂らしている。針のような毛並みをしていて、尾は大蛇だ。

 ディートリヒ様はすぐに指示を出す。


「私が正面から引き付ける。ギルバートと他の騎士は、背後の蛇を倒せ」

「はっ!」


 戦闘が始まった。三頭狼は、それぞれ属性があるらしい。氷属性の狼は口から尖った氷を吐き出し、火属性の狼は口から火を吹く。雷属性の狼が吠えると、落雷した。

 ディートリヒ様は三頭狼の攻撃を避け、隙あらば鼻先を斬りつけていた。


「ギャウン!」


 剣での攻撃は、しっかり効いているようだ。

 私は出入り口に光の結界を作り、狼が入って来られないように小細工を施しておく。

 以前の失敗を繰り返さないように、対策はバッチリ整えさせてもらう。

 尻尾の大蛇が斬り落とされると、三頭狼は弱体化した。

 その隙を狙い、ディートリヒ様は三頭狼に酒瓶を何本か投げつけた。ダメージは少ないように見えたが、火属性の狼が火を噴くと、自身の毛に火が燃え移る。

 あっという間に炎は広がり、三頭狼は炎上し始める。


「ギャアウウウウ‼」


 最後に、断末魔を上げて三頭狼は息絶えた。

 門番との戦いは、実にあっけないものだった。

 大広間の先にある部屋が、最終決戦の場所なのか。ディートリヒ様は扉を蹴破って開かせた。


「──!」


 そこは、寝室のようになっている。

 カーテンが閉ざされた、薄暗い部屋だ。そこに、天幕付きの寝台があるばかりだ。

 よくよく見たら、寝台に誰かが横たわっていた。

 ディートリヒ様は、一歩、一歩と慎重な足取りで歩いていった。

 寝台に横たわっている人物を覗き込み、ディートリヒ様はポツリと呟いた。


「メロディア?」

「はい?」


 ディートリヒ様は私を振り返り、ぎょっとした表情を見せる。そして、ありえない言葉を呟いた。


「狼……魔女!」


 ディートリヒ様はすらりと剣を抜き、私のほうへ向かってくる。


「え、ちょっ、待っ!」


 もしかして、寝台に眠る誰かが私に見えて、私が狼魔女に見える幻術にかかってしまったのか。


「メロディアさん、下がって!」

「あ、ひゃい!」


 ギルバート様とミリー隊長が、ディートリヒ様の剣を受け止める。

 しかし、実力差があるのか、二人のほうが押されていた。他の騎士達も加勢するが、瞬く間に圧倒される。

 私は幻術を解く魔法をかけた。しかし、ディートリヒ様は正気に戻らない。

 いったい、どうしたというのか。

 なぜ、ディートリヒ様だけが、変になってしまったのか。

 謎を解くべく、私は寝台のほうへと駆けて行った。

 しかし、ディートリヒ様がそれを妨害するため、迫ってくる。


「ひい!」


 戦闘モードのディートリヒ様の恐ろしさたるや否や。だが、怖がっている場合ではなかった。私はお腹の底から叫ぶ。


「ディートリヒ様、待て!!」


 フルモッフ時代の名残か、ディートリヒ様は私の「待て」に反応した。その場でピタリと止まって、動かなくなる。その隙に、ギルバート様が背後からディートリヒ様を羽交い締めにする。ミリー隊長は前に回り込んで、剣を叩き落していた。

 その隙に、私は寝台へ辿り着くことができた。

 狼魔女は怖い。けれど、今は恐怖に慄いている場合ではないのだ。

 寝台にかかった天幕を引きちぎり、寝台に眠る狼魔女を覗き込む。


「あなたは、いったい誰なの!?」


 布団を剥いだ瞬間、ヒッと息を呑んだ。

 横たわっていたのは、寝間着を纏った白骨体だったから。

 狼魔女は、すでに死んでいる?

 だったらなぜ、ディートリヒ様は私と見間違えたのか。


「もしかして、呪い、なの?」


 千年もの間、フェンリル家を苦しめる呪い。それは、心から愛する存在が狼魔女に見えてしまうものだった?

 だとしたら、その呪いは断ち切れるわけがない。

 フェンリル家の者達はずっと、愛する存在を手にかけてきたというのか。

 それが、狼魔女の呪いだったのだろう。

 愛する人と結ばれることがなかった狼魔女は、自らの命と引き換えにフェンリル家を呪った。

 その結果、彼女は千年もの間、フェンリル家の人達に愛されてきたのだ。


「もう、終わりにしましょう。こんなことを繰り返すのは、悲しすぎる」


 私は、引き継いだ光魔法の呪文を唱えようとしたが──急に白骨体の狼魔女が動き始めた。カタカタと歯を動かし、朽ちた体とは思えない素早さで私の首を絞めた。


「あ……ぐうっ……!」


 狼魔女は白骨体となっても生きていたのだ。きっと、恨みの力を原動にしていたに違いない。


「もう……こんなに、不毛なことは……やめ……」

「メロディア!」


 叫ぶ声は、ディートリヒ様のものだった。どうやら、先ほどの「待て!」で正気を取り戻したらしい。


「この、メロディアから、手を離せ!」


 ディートリヒ様は剣を横に凪ぎ、狼魔女の腕を斬り落とした。首を絞めていた手は、力なく落ちていった。


 そして、ディートリヒ様は布団ごと狼魔女の心臓に剣を立てる。


「──、──、──!」


 狼魔女は断末魔の叫びを上げていた。声帯がないので声は出なかったが、彼女の嘆きは確かに聞こえた。

「はあ、はあ、はあ!」

 呼吸困難で、くらくらしていたが、まだ倒れるわけにはいかない。

 ディートリヒ様が腰を支えてくれた。


「メロディア、狼魔女に、光を」

「はい」


 震える手で杖を構えていたら、ディートリヒ様も一緒に握ってくれた。

 光魔法の呪文を唱える。

 千年の因縁を今、断ち切るのだ。


「──光よ、瞬けエス・プランドル!」


 暗い部屋は光に包まれる。すべての悪い感情を消し去ってしまうような、強く清浄な光だった。

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