最後の戦い その六
翌日──狼魔女討伐の遠征日の朝となる。
この作戦に参加する女性は、私とミリー隊長のみ。常に、一緒に行動するようディートリヒ様から命じられている。夜も、天幕はミリー隊長と一緒の予定だ。
ルリさんのカーテンを開く音で目覚めた。
「おはようございます」
「メロディア様、おはようございます」
いつもと同じように、濃い目に入れた紅茶を差し出してくれた。目が、はっきりと醒める。
続いて、身支度を手伝ってもらう。
ただ、今日はドレスではなく、フェンリル騎士隊の制服に袖を通した。
詰襟の白いジャケットに踝丈のスカート、胸にはフェンリル家の家紋が刺繍されている。一応用意されていたのだけれど、着る機会がなかったのだ。
白いマントを肩にかけ、左右の合わせ部分に聖なる刻印を模したお守りを付ける。
化粧を施してもらい、髪は頭の高い位置で一つに結ぶ。これで、身支度は整った。
「ルリさん、ありがとうございます」
「とんでもないことでございます」
これも、いつものやりとりだ。今日で最後にならないことを願いたい。
けれど、将来については誰もわからないのだ。だから、お礼を言っておく。
「あの、ルリさん。今日まで、ありがとうございました。毎朝の紅茶に、センスのいいドレス選び、それから、体を洗ってくれたり……櫛で梳ってくれたり」
「突然、いかがなさいましたか?」
「人喰いの森へ遠征に行くので、ひとまずお礼を言いたいなと思い」
今日もルリさんの表情はピクリとも動かない。このままお別れかと思っていたけれど、そうではなかった。
ルリさんが、仕着せのポケットから何かを取り出す。緑色の、ベルベットリボンだ。
「メロディア様、こちらを」
「私に、くれるのですか?」
「はい。瞳の色と同じ緑の布で、作りました」
「手作りですか! へえ、すごいですね」
受け取ったリボンは手触りがなめらかで、作りも丁寧だ。売っているリボンと遜色ないクオリティでもある。
「これを、いただいてもいいと」
「はい。メロディア様のご無事を祈って、作らせていただきました」
「ありがとうございます」
なんだろう。ルリさんは私がどうなろうが関係ない、淡々と仕事をするまでだ、みたいな考えの持ち主だと思っていた。
こんなふうに心配して、リボンを作ってくれるなんて……。
「嬉しいです」
自分で結ぼうとしたが、上手くできなかった。最終的に、ルリさんが可愛く結んでくれた。
姿見の前に行って、リボンを結んだ姿を確認する。
「いかがでしょうか?」
高く結んだ髪の毛に、緑のリボンが揺れた。
「可愛いです。あ、リボンが、ですか」
慌てて発言を修正すると、ルリさんは口元を抑える。
もしかして、笑うのを堪えているとか?
「ルリさん、遠征から帰って来たら、街にお茶を飲みに行きましょう。気になっているお店があるんです」
「私と、メロディア様とが、ですか?」
「はい」
きょとんとしていたルリさんだったが、重ねてお願いすると微笑みながら頷いてくれた。
今まで街に遊びに行く余裕なんてなかったけれど、これからはきっと暇も見つかるだろう。
「では、楽しみにしていますね!」
「はい、私も」
帰って来てからの楽しみが、できてしまった。
フェンリル家の大広間に、王立騎士団の騎士達が集まる。全部で、百名ほどいるだろうか。
ディートリヒ様は「最低、五十人は必要だが集まるだろうか」と言っていたが、それ以上の志願者が集まったのだ。
百名まで絞り、騎士隊の中でも各部隊の精鋭が集まる。今日まで、皆せっせと訓練に明け暮れていたのだ。
この『狼魔女殲滅作戦』の騎士の胸には、聖なる刻印を模して作ったお守りがあしらわれている。呪い除けであるのと同時に、団結の証でもあるのだ。
ディートリヒ様がやって来る。白銀の鎧をまとい、晴天のような澄んだ青のマントをはためかす。腰には剣を佩いていて、その姿は伝説の聖騎士のようだ。
剣を抜き、騎士達へ言葉をかけた。
「勇気ある騎士に、感謝を。そして、千年の戦いを終わらせるため、力を貸してほしい」
騎士達は胸に手を当て、ディートリヒ様の言葉に応える。
これから、人喰いの森への遠征が始まるのだ。
ディートリヒ様は牝馬に跨り、先頭を行くようだ。白い騎士が白馬に跨る様子は絵になる。クロウはギルバート様に貸している。一人で突っ走らず、きちんとみんなの速さに合わせて走っていた。
私は馬車に乗り込み、荷物番をする。馬車のあとに、ミリー隊長とかつての仲間達が続くようだ。
「準備はいいな? 行くぞ!」
フェンリル家の使用人や騎士団関係者の見送りを受け、出発する。