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最後の戦い その四

 驚くべきことに、ディートリヒ様はミリー隊長を家に招いてくれた。なんでも、協力の打診をする前に、王立騎士団の現状を知りたかったらしい。

 ミリー隊長は騎士隊の正装姿で、フェンリル公爵家を訪問した。


「ミリー隊長!」

「メロディア魔法兵!」


 久しぶりにミリー隊長に逢えたことが嬉しくって、駆け寄ってしまった。手を広げてくれたので、そのまま抱き着いてしまう。

 今までだったら、絶対にこういうことはできない。しかし、私達は一晩同じ寝台で過ごし、ボール遊びをした仲なのだ。抱擁くらい、許されるだろう。


「よかった、元気そうで」

「ミリー隊長も!」


 背後で、「ごっほん!」という咳払いが聞こえた。ディートリヒ様だ。


「ずいぶんと、私のメロディアと、親密なのだな」

「私のメロディア?」


 ディートリヒ様の発言に、ぎょっとする。いつ、ディートリヒ様のものになったのか。


「あの、私の部下、とおっしゃりたかったのだと」

「ああ、そういうことか」


 素直なミリー隊長は、あっさり信じてくれる。ディートリヒ様の不満そうな視線がグサグサ突き刺さっていたが、気にしている場合ではない。


「立ち話もなんだ。そこに、かけられよ」

「はっ!」


 ミリー隊長の隣に座ろうとしたら、ディートリヒ様がしょんぼりとした視線を向ける。またしても、垂れた耳とだらんと下がった尻尾の幻が見えた。ディートリヒ様はもう、犬ではないのに……。

 私はあの表情に弱い。仕方がないので、隣に座ってあげることにした。


「フェンリル騎士隊、第一騎兵部、ディートリヒ・デ・フェンリルである」

「王立騎士団、第十七警邏隊ミリー・トールと申します」

「突然呼び出して、申し訳なかった」

「いえ、メロディア魔法兵の様子も伺いたかったので。手紙でのやり取りはしていたのですが、実際に顔を見ると、安心します」

「ふむ。この通り、メロディアは元気いっぱい。心配は無用である」

「たくさん食べて、よく眠っているだろうことが、よくわかります」


 二人が私のことを話しているのは、ちょっと恥ずかしい。早く、本題に移っていただきたい。


「あの、ミリー隊長、今日は、ディートリヒ様が王立騎士団についての話を聞きたいとのことで」

「ああ、そうだったな」


 ミリー隊長は王立騎士団について、話し始める。


「我が騎士隊は、複数の部隊があり──国王や王族の身辺を守る『国王親衛隊』、『王族近衛隊』、市民と国の治安を守る『警邏隊』に、離れた土地での問題を解決する『遠征部隊』、人が絡んだ事件を担当する『特殊騎兵隊』が存在します」

 騎士団の中でもっとも人数が多いのは、警邏隊である。王都の見回りから門番、地方の駐屯地での勤務や、国境警備など、仕事は多岐にわたる。


「毎回、警邏隊が解決できない事件を、フェンリル騎士隊に解決していただき、深く感謝しております。騎士達は皆、少数精鋭のフェンリル騎士隊を、深く尊敬しております」

「他の騎士がそのように思っていたとは、知らなかった」


 一介の騎士にとっては、それくらいフェンリル騎士隊は遠い存在なのだ。


「フェンリル騎士隊の第一騎兵部をモデルに作った部隊が、『特殊騎兵隊』です。彼らも、日に日に活躍の場を増やしているようで」

「ふむ」


 やはり、特殊騎兵隊の騎士も、フェンリル騎士隊に憧れを持っているようだ。


「フェンリル騎士隊は、騎士達の希望です。命を懸け、不可解な事件に挑み、必ず解決する──。王立騎士団の目指す理想形が、フェンリル騎士隊だと私は思っています」


 一人一人の騎士が精鋭であれ。それは、王立騎士団の理念である。それを体現しているのが、フェンリル騎士隊なのだろう。


「そうか。その話を聞いたあとでは言いにくいのだが──私達は、王立騎士団の力を借りて、ある存在ものを討伐したいと考えている」

「それは、きっと騎士達は喜ぶと思います」

「喜ぶ、とはどういうことだ?」

「今まで、フェンリル騎士隊の力を借りるばかりだったので、恩返しができるかと」

「なるほど。そういうふうに考えるか」


 ディートリヒ様の表情が和らぐ。どうやら、王立騎士団に対する意識が変わったようだ。

 その後、食事をして、ミリー隊長と別れることとなった。


「泊っていけばいいものの」

「ありがたい申し出ですが、明日は任務が入っておりますゆえ」

「そうだったか」


 別れ際に、ミリー隊長はリボンが巻かれた箱を、私に差し出した。


「メロディア魔法兵、受け取ってくれ」

「ミリー隊長、こちらは?」

「気に入ってくれると思う」

「あ、ありがとうございます」


 ミリー隊長は爽やかに微笑んでから、帰っていった。

 応接間に取り残された私は、ディートリヒ様の刺さるような視線を一身に受ける。


「メロディア、ずいぶんと、あの隊長と仲がいいみたいだな」

「それはまあ、ずっと同じ部隊にいたので」

「ミリー・トールよりずっと前から、私はメロディアを知っていたぞ」

「そうですね」

「なのに、私よりも、親密そうだった」

「同性なので、気を許している点もあります」

「ぐぬぬ……」


 続いて、ディートリヒ様の視線はミリー隊長の贈り物へと注がれた。


「それは、なんだ?」

「なんでしょうね?」

「ま、まさか、装身具ではないな?」

「いやいや、それはないでしょう?」

「しかしその、正方形の箱は、実に装身具っぽいぞ!」

「違うかと」

「だったら、ここで開けてみよ」


 ディートリヒ様の気が治まるならば、開封でもなんでもいたします。そういう気持ちで、リボンを解く。手触りのいいリボンはしゅるりと解けた。

 ミリー隊長は私に何を送ってくれたのか。箱の中身は、けっこう重い。お菓子ではないことは確かだ。

 ドキドキしながら、蓋を開いた。


「こ、これは……!」

「なんだ?」


 ディートリヒ様はきょとんとした目で、箱の中身を見ている。私も同じような目をしているだろう。

 ずっしりと重い革張りのそれは──ボールだ。


「メロディア、私にはボールに見えるが?」

「ええ、ボールです」

「なぜ、ボールを?」

「……」


 それは、狼化した時に、ミリー隊長とボール遊びをしたことがあったからだ。

 勘違いされないよう、説明しておく。


「その、狼化したあと、ボール遊びが大好きになるからなんです。ミリー隊長はそれを知っているので、贈ってくださったのでしょう」

「そうか、メロディアは、ボール遊びが好きだったのか」

「いや、狼化した時の、狩猟本能といいますか」

「気づかずに、すまなかった。今晩からは、私と一緒にボール遊びをしよう」

「あの、大丈夫ですので」


 そんな風に言ったが、夜、ディートリヒ様はボールを片手に私を庭に連れ出す。  

 そして──思いっきりボール遊びを楽しんでしまった。


「ほ~ら、メロディア、今度は遠くに投げたぞ!」

「わう~~」


 いや、「わう~~」じゃなくって。

 でも、ボールを投げられたら、追いかけちゃう。だって、狩猟本能があるんだもの。

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