最後の戦い その三
ギルバート様からルー・ガルー一族の『聖なる刻印』についての書物を見せてもらった。
該当ページを開いてもらう。すると、私が見た紋章とまったく同じ模様が、本に書かれていたのだ。
聖なる刻印が発動した時、私の胸辺りにも同じ紋章が浮かんでいたらしい。
「これはルー・ガルーの歴史書や研究書ではなく、童話なんです」
「子供向けに書かれていたと」
「はい」
内容は流し読みしていたようだが、紋章ははっきりと覚えていたようだ。
「見た時に、綺麗な挿絵だな、と思っていたんです。まさか、実在するものだったとは……」
両親が私に聖なる刻印を授けてくれたおかげで、狼魔女に狙われずに済んだのだ。
それだけでなく、ディートリヒ様を助け、呪いから解放してくれた。両親には深く感謝をしなければならないだろう。
本をぎゅっと抱きしめ、両親に「ありがとう」と呟いた。
ここで、ディートリヒ様が思いがけない提案をしてくれる。
「その本はメロディアにあげるぞ」
「そ、そんな。これは、貴重な本ですよね?」
装丁は革張りで、題名は金の箔押しだ。ひと目で、ただの本ではないことがわかる。
「よい。メロディアが持っていたほうが、大事にしてもらえる」
「たしかに。私もそう思います」
なんだか遠慮してはいけない雰囲気になる。お断りをすると、却って失礼になりそうだ。
「でしたら、その、ありがたく、いただきます」
素直に受け取ることにすると、フェンリル家の兄弟は揃って笑顔となった。
美形二人の微笑みは破壊力抜群だ。眩しくって、思わず目を瞑ってしまった。
午後からは、光魔法の訓練を行う。今日は、ディートリヒ様の監視付きだ。
人の姿だと、執務はいつもの半分以下の時間で終わってしまったらしい。時間を持て余しているので、やってきたと。
「私が見守っているから、無理はできないぞ」
「ほどほどに、頑張ります」
「うむ」
背後からの視線を気にするな、というのは難しいことだろう。いつもよりも緊張状態で、呪文を唱える。
「??」
不思議なことに、いつもより呪文をスラスラ唱えることができた。魔力の流れも、普段より掴みやすい。
「──光よ、瞬け!」
地下部屋は眩い光に包まれた。
「えっ、何これっ、眩し……」
「メロディア、目を閉じよ!」
ディートリヒ様はそう叫び、私を背後から抱きしめて目を手で覆ってくれた。
五分くらい光り続けていただろうか。収まったあと、ディートリヒ様の腕の中から解放された。
「すごい輝きでしたね」
「あれが、狼魔女を祓う真なる光魔法なのだろう」
「あ!」
もしや、先ほどの光魔法は大成功だったのか。
「つ、ついに、使うことが、できたのですね」
「ああ。メロディア、体は大丈夫か?」
「ええ!」
「すごいぞ、メロディア‼」
振り返った私は、そのままディートリヒ様に抱き着いた。
「ディートリヒ様、私、嬉しいです」
「ああ!」
これで、私達は大きな一歩を踏み出した。あとは、狼魔女を倒すばかりだろう。
◇◇◇
狼魔女の本拠地の予想は、おおよそではあるが付いているらしい。
ギルバート様が広げた地図に、赤いマル印が付けてある。
「王都から馬車で三日かかる場所にある、レーンジョエルト湖のほとりに、古城があるんです。そこは、国内でもっとも狼の出現率が多く、周囲に人里もありません。鬱蒼とした森に囲まれていて、底なし沼も多くあることから、『人喰いの森』と呼ばれて、近づかないように言われています」
過去にも、人喰いの森に狼魔女を退治に出かけたフェンリル家の勇敢な騎士がいたらしい。
「残念ながら、一人も戻ってきておりません」
「……」
「……」
三十名ほどの犠牲者を出したのをきっかけに、人喰いの森へ狼魔女の討伐に行かないよう決めたのが百年前の話らしい。
「王都へやってくるのは、狼魔女の分身ばかりだ。本体を倒さなければ、意味がない」
「今こそ、人喰いの森に狼魔女を倒さなければなりません」
千年もの戦いを、今、終わらせるのだ。
気合を入れたところで、意見させてもらう。
「あの、一つよろしいですか?」
「なんだ?」
「今まで、フェンリル騎士隊は、王立騎士団の力を借りたことはあるのでしょうか?」
「いや……ないな?」
「ないと思います」
やはり、フェンリル騎士隊は王立騎士の手を一度も借りていなかったようだ。
「でしたら、人喰いの森に遠征する時に、王立騎士団の力を借りませんか?」
「それは──」
「……」
ディートリヒ様とギルバート様は、眉間に皺を寄せて険しい表情となる。
それは、無理もないのかもしれない。千年もの歴史の中、フェンリル騎士隊は誰にも手を借りず、フェンリル騎士隊の力のみで戦ってきたのだ。いまさら、他人の手を借りることなど、自尊心が許さないのだろう。けれど──命は何者にも代えられない。
「おそらく、狼魔女の本拠地ともなれば、多勢に無勢が予想されます。そうなったらきっと、私は足手まといになってしまう可能性が高いです」
話しているうちに、瞼が熱くなる。堪えきれずに、涙が滲みでた。
「もう、ディートリヒ様が血を流しているところも、ギルバート様が悲しんでいるところも、見たくありません。だから、どうか──」
あとは、言葉にならずに涙が溢れてくる。
ディートリヒ様は、指先で私の頬を伝う涙を拭ってくれた。
「メロディア、泣くな。泣かないでくれ」
「ううう」
「私が、私達が悪かった。ギルバート、もう、意地を張っている場合ではないな」
「そう、ですね。こうなったら、これを最後の戦いにしたいです。そして、できる限りの対策をして、味方を率いて、戦いましょう」
「ああ。メロディア、そういうわけだ。安心したか?」
ディートリヒ様の言葉に、私は深々と頷いた。