狼魔女と戦うために その五
紅葉していた葉は落ち葉となり、大地には点々と雪が散る。
フェンリル騎士隊にやって来てから、早くも三ヵ月経った。
クロウは彼女と日々、イチャイチャしているようだ。能天気で羨ましい奴め。
一方の私はというと、案外平和な毎日を送っている。
というのも、任務はいろいろあったけれど、狼魔女が絡んだ事件はほとんどない。
三日前に起きた誘拐事件の犯人は親族だった。隠し部屋に監禁されているだけだったのだ。一週間前の銀器盗難事件は、飼い犬が持ち出してハウスの中で発見された。
第一騎兵部は、このように騎士隊では解決できないとんでもない任務が回される。
不可解な事件はすべて、狼魔女の事件にされてしまうのだ。
それを一件一件解決して回る、ディートリヒ様とギルバート様は本当にすごい。
大きな事件のない日々が続いていたが、フェンリル家に早馬がやってきた。フェンリル騎士隊の任務が届いたのである。
今度は、宝飾店の宝石が根こそぎ盗まれたようだ。オーナーの目の前で忽然と消えたので、狼魔女の仕業だと決定付けたらしい。
オーナーは四十代くらいの女性で、驚きすぎて腰を抜かし、現在自宅療養しているのだとか。
宝飾店に向かい、現場検証を行う。従業員の女性がオーナーに代わり、状況説明をしてくれるようだ。
「あら、ワンちゃんが調査するの?」
「わん」
「あら、ワンなのに良い声だわ」
ディートリヒ様……真面目な顔で、「わん」と鳴かないでほしい。危うく、噴き出しそうになった。周囲の人達の中では普通の犬という設定なので、黙ってその場にいるだけでいいのに。
フェンリル騎士隊に異動してきてから、腹筋に力を込めて笑わないよう努める技術を身に着けてしまった。
「ふふ。お返事ができるなんて、賢いワンちゃんね!」
ディートリヒ様が、チラリと私を見る。褒められている自分を見ろと言いたいのか。
褒められている内容がアレでよかったのか、謎だ。
店内にお邪魔する。こういうお店に入るのは初めてなので、ドキドキしてしまった。
内装はシックな壁紙に、マホガニー材の壁、曇り一つないガラスケースと、洗練されていた。
ただ、商品である宝飾品は一つもない。すべて、狼魔女に奪われてしまったようだ。
ギルバート様が質問を投げかける。
「あの、ここにあった商品だけ、盗まれてしまったのですか?」
「はい。金庫にあった、最高級品のダイヤモンドの首飾りは無事だったようで」
「そうでしたか。不思議ですね」
「ええ」
一度、従業員の女性は外してもらい、私とディートリヒ様、ギルバート様の三人で調査する。
ギルバート様が取り出したのは、瓶に入った液体と棒の付いた綿。綿に液体をしみ込ませ、ガラスケースをポンポンと叩く。すると、ガラスケースの表面に黒い文字が浮かび上がった。
「これは、なんですか?」
「狼魔女の魔法痕です。これは、現場に残った魔法を調べるものなのですよ」
「へえ、そんなものがあるのですね」
フェンリル家が狼魔女と戦う千年もの間で、特別に作った品らしい。狼魔女の魔法だけ、黒く染まるようになっているのだとか。
「狼魔女の仕業で間違いないようだな」
この世に起こる不可解な事件は、狼魔女の仕業であることがほとんどだ。しかし、その事件の中に、狼魔女の模倣犯が出ることもあるらしい。
「なんでもかんでも狼魔女のせいにして、事件を迷宮入りさせようと目論む輩がいるのだ」
「それはそれは」
「我が家としては、大変迷惑な話なんです」
「ですよね」
今回は、狼魔女の事件で間違いないようだ。
「狼魔女は確実に、この店に来ているようです」
「何もない場所で魔法を発現させるのは難しいので、そうなりますよね」
おそらく、前日に宝飾類を盗み、幻術系の魔法であたかもそこに宝石があるように幻を見せておく。そして、折を見て魔法を消せばいいのだ。
「さすれば、宝石が突然盗まれたような不可解な事件になるかと」
「なるほどな」
狼魔女の魔力痕は、ガラスケースから扉のほうへと続いている。
「ギルバート、メロディア、今から魔力痕を追う」
「了解です」
「了解しました」
店から出て行く前に、ギルバート様はディートリヒ様に首輪を付け、散歩紐で繋ぐ。街歩きをする時は、犬に散歩紐を付けなければならないという王都条例があるからだ。
静かに条例を受け入れるディートリヒ様の横顔は、キリリとしていて潔かった。
「では、行くぞ」
「ええ」
「はい」
宝飾店を飛び出し、狼魔女の魔力痕を追う。走っていくのかと思えば、ゆっくり歩いていた。
「あの、ギルバート様、急がないのですか?」
「街で全力疾走していたら、目立つでしょう」
「まあ、そうですね」
あくまでも優雅に、犬の散歩をしている風に装うのだ。私も、魔法杖代わりの日傘を差し、散歩をしている感じを装った。
黒い魔力痕はポツポツと続いている。貴族の商店街を通り抜け、中央街を通過し、だんだんと人通りの少ない道に入っていく。
辿り着いた先は──下町の酒場だった。看板は目立つ場所に出ておらず、常連のみが通う隠れた店、という雰囲気であった。一階部分では営業していないのだろう。中はまっくらだ。
「なんだか不気味です」
「ええ」
「しかし、行くしかない」




