狼魔女と戦うために その三
チュンチュンという、鳥のさえずりで目を覚ます。
「ううん……」
近くにあった温かなものに身を寄せ、顔を埋める。
ふかふかで、手触りが良くて、トクントクンという鼓動を聞いていると心が落ち着く。
「トクントクン?」
なぜ、この温かなものは、音が聞こえるのか。
パッと瞼を開くと、そこには真っ白い毛皮のようなものがあった。
否──これはただの白い毛皮ではない。
「メロディア、まだ、ゆっくりしていろ」
「!?」
息が詰まるかと思った。
白い毛皮の正体は──言わずもがな、ディートリヒ様である。
私は、ディートリヒ様の寝台で一夜を明かしたようだ。
それだけでも大問題なのに、さらなる問題に気づく。
狼化から戻った私は、生まれた時と同じ姿をしていたのだ。
慌てて、近くにあったシーツを手繰り寄せ、体に巻き付ける。
布の擦れる音を聞き、隣で眠っていたディートリヒ様の耳がピクンと動いた。
「ん、メロディア……?」
「こ、こっちを、見ないでください!!」
「な、なぜだ!?」
「は、裸だからです!」
「すごく、見たいのだが!」
「ディートリヒ様、正直すぎるのもどうかと思います!」
そう言って、ディートリヒ様に毛布を被せる。
「これでは、何も見えないではないか!」
「見えないようにしているのですよ!」
使用人部屋に繋がるベルの紐を引くと、従僕がやってくる。扉が僅かに開いたのと同時に、ルリさんを呼ぶようにお願いした。
ルリさんは、私の部屋のほうにある扉から出てきた。
「あ、あれ、ルリさん、その扉、どこと繋がっているのですか?」
「メロディア様のお部屋と」
「ええ!?」
なんと、驚いたことに、私の部屋とディートリヒ様の部屋は一枚の扉で繋がっていた。私の部屋からは、ただの壁にしか見えない。しかし、ディートリヒ様の部屋にドアノブがあり、それを引いただけで簡単に入ることを可能としている。
「し、知らなかった!」
「メロディア様が使われているこのお部屋は、フェンリル家の奥方の部屋ですからね」
「やっぱり、そうなのですね」
ディートリヒ様の部屋の隣だなんて、おかしいと思っていたのだ。
「ディートリヒ様!」
「なんだ?」
「いいえ、今はいいとして」
とりあえず、部屋に戻る。本当に、ディートリヒ様と私の部屋は一枚の扉で繋がっていた。
「ええ~~……」
「ドレスを用意いたしました」
「あ、はい」
今は、服を着ることのほうが重要だった。
サクサクと身支度を整える。今日は詰襟に幾重にもフリルが施された薄紅のドレスを着せてもらった。バッチリ化粧をしたあと、髪も熱したコテで綺麗な縦巻きにし、リボンを左右に結んでもらった。
私の前に姿見を運んだルリさんが、次なる予定を報告してくれる。
「朝食をご準備いたしますね」
「あ、あの、お願いがあるんです」
「何か?」
「可能であれば、ディートリヒ様と朝食をご一緒したいなと」
「かしこまりました。窺ってきます」
食事は一人で食べるよりも、他の人がいたほうがおいしく感じる。昨日、私はしみじみ思った。だから、ディートリヒ様が許してくれるのであれば、一緒に食べたい。
すぐにルリさんが戻ってきて、ディートリヒ様が「ぜひ」と言ったことを報告してくれた。
食堂に円卓が持ち込まれ、私のための朝食が並べられている。そのすぐ傍に、ディートリヒ様の低い食卓も用意されていた。
「まさか、メロディアが一緒に朝食を取ってくれるとはな。いい日だ」
「大袈裟ですね」
思いのほか、ディートリヒ様は喜んでいた。尻尾をピンと伸ばし、忙しなく左右に振っている。
「食事も、メロディアと一緒ならば、数百倍おいしい!」
「それはそれは、よかったです」
「うむ!」
朝陽が差し込む部屋で、私とディートリヒ様は朝食をお腹いっぱい食べた。
「ディートリヒ様、今日はどういったことをすればいいのでしょうか?」
「書類整理と手紙の作成を手伝ってくれ」
「かしこまりました」
いつものようにディートリヒ様の執務を手伝っていたのだが、なんだか、使用人の態度がいつもと違う。
なんだろうか、あの、いつもより慎重というか、私に対して探り探りのような雰囲気は。
狼獣人であることは、ディートリヒ様にバレた翌日にルリさんにのみ知らせておいた。もしかして、他の人にも私が獣人であることがバレてしまったのか。
その割には、怖がっているだとか、奇異の目を向けている様子はない。
言葉にするならば、かしこまっているとか、一目置いているとか、そんな感じ。
私が何をしたというのか。
気になって仕方がないので、ディートリヒ様に「お花摘みに行ってまいります」と言って執務室から脱出し、扉の外で控えていたルリさんを捕獲。近くにあったリネン室に連れ込んで話を聞いてみた。
「メロディア様、何用でございましょうか?」
「あの、なんかさっきから、みなさんの視線がおかしいのですが」
「みなさん、とは?」
「執事や家令、メイド頭さんといった、使用人の方々ですよ」
「おかしい、というのは?」
「私を見る目が、今までとまったく違うのです」
「ああ、それは──」
ルリさんの言葉を、固唾を呑んで待つ。
「メロディア様が、旦那様の正式な女性になったから、ですよ」
「正式な女性?」
「奥方候補、ということです」