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狼魔女と戦うために その二

 今日はここで解散となる。書斎から出て行こうとしたら、ディートリヒ様に声をかけられた。


「メロディア」

「はい?」

「今晩、一緒に食事をしないか?」

「いいですけれど、私、狼になりますよ?」

「奇遇だな、私もだ」


 常に狼姿であるディートリヒ様がそんなことを言うので、笑ってしまった。

 面白かったのは私だけだったようで、ディートリヒ様は真剣な表情を崩さない。どうやら、大真面目に誘ってくれているらしい。

 ディートリヒ様は、熱がこもった視線で私をじっと見つめてくる。


「な、なんですか?」

「いや、メロディアは最近、よく笑うようになったと思って」

「それは……」


 心に余裕ができた証拠だろう。ディートリヒ様のおかげと言っても過言ではない。


「ここでの暮らしが楽しいので、きっと、笑顔が増えたのかもしれません」

「本当か? ここでの暮らしが、楽しいと?」

「嘘は言わないですよ」

「そうだ! メロディアは、素直な子だ! そうか、楽しいか!」


 ここには、私を必要としてくれる存在ひとがいる。

 空っぽだった心を、温かいもので満たしてくれるのだ。だから私は、居心地よく感じてしまう。


「ずっと、ここで暮らしていいのだからな! メロディアがいてくれたら、私も嬉しい!」

「ありがとうございます」

「それで、食事の返事は?」

「断る理由はありませんので。逆に、ディートリヒ様こそ、よろしいのですか? 以前、食事は誰にも見せたくないと、おっしゃっていたような気もしましたが」

「正直に言えば、恥ずかしい。しかし、メロディアにならば、見せても構わない」

「そうですか。でしたら、ご一緒させてください」

「嬉しいぞ、メロディア!」


 そんなわけで、私とディートリヒ様は二人きりの晩餐会を開くこととなった。

 晩餐会まで時間があるので、ディートリヒ様へクッキーの差し入れを作ることにした。最近、時間があれば母のレシピを使って料理を作っているのだ。


「料理長さん、ここの材料、使ってもいいんですよね?」

「ああ、好きにしな」


 フェンリル公爵家の厨房の食材は、使い放題らしい。ディートリヒ様が許可を出してくれたのだ。

 クッキーは何回か作ったので、上手く焼けるだろう。

 まず、バターに砂糖を入れて泡立て器で丁寧に混ぜる。白っぽくなったら、卵と小麦粉を入れて、ヘラで切るように混ぜ合わせるのだ。まとまってきたら、布巾を被せて冷暗所でしばし休ませておく。

 三十分後、生地をめん棒で伸ばす。丸い型抜きで生地を抜き、油を塗った鉄板に並べていく。温めておいた竈で十分ほど焼いたら、クッキーの完成だ。

 お皿に並べ、カードに「ディートリヒ様へ」と書いておく。夜のお茶の時間に持って行くよう従僕に頼んでおいた。


 夜、狼の姿となった私は、ディートリヒ様に食堂まで案内された。

 そこには、低いテーブルに食べやすいように深皿に盛りつけられた料理、水などが用意されていた。


「狼の姿では、食事をしにくかっただろう? 早く、ここを貸してあげたらよかった」


 狼の姿になると喋ることはできないので、首を振ったり頷いたりして会話する。

 本日の晩餐──ニンジンのポタージュの舌触りはなめらか、フレッシュチーズの生ハム巻きはほんのり感じる塩気がたまらない。豚肉のパテはパンに塗って食べる。メインはオマール海老の焼きもので、プリップリの食感にひたすら感激。途中で白桃の氷菓を食べて口直し。雉のパイは、外はサクサク。中のお肉はあっさりしながらも肉汁に旨みがある。チッコリのサラダは、チコリのシャキッという食感とマヨネーズを混ぜたシーチキンとの相性が抜群。チーズを摘まんで、デザートのプリンを食べる。カスタードの優しい甘さは、幸せの味だと思った。最後に、温室栽培のイチゴを食べたら、食事は終了となる。どれも、本当においしかった!

 その後、ディートリヒ様の私室に招かれ、暖炉の前で話を聞く。


「実は、こっそりメロディアに逢いに行ったことがある」

「!」


 そうだったのか。まったく気づかなかった。


「ギルバートに頼んで、散歩をしている犬を装い、こっそり逢いに行ったのだ。しかし、メロディアは目ざとくて、私を見つけるとじっと凝視してきて……冷や冷やした」


 フルモッフに似た白い犬を何かと見かけると思っていたけれど、どうやらそのほとんどは本物だったようだ。


「メロディアに気づかれぬよう、着色料でブチ柄を描いたり、犬用の帽子を被ったりして、変装もしていた」


 そこまでして私に逢いにきてくれていたのか。


「メロディアは逢う度に、綺麗になっていた。他の男に取られやしまいかと、冷や冷やしていた。ついでに告白すると、騎士隊の中でメロディアの結婚話が浮上した時は、私のほうに連絡がいくようになっていて、密かに握りつぶしていた」


……そ、そうだったのか。

 私に結婚の話があったなんて、知らなかった。

 通常であれば、ミリー隊長のほうに連絡がいくらしいが、その前にディートリヒ様のほうに行って結婚の申し出はなかったことになっていたらしい。


「出会いを潰してしまい、すまなかった」


 私は首を横に振る。どうせ結婚の話があっても、私は受け入れなかっただろう。


「いつか、迎えに行くつもりだったのだ。予定では、もう少し先だったが……すまなかった」


 謝られてしまったが、ディートリヒ様を責めようという気持ちは欠片もない。

 ここに配属されてから、両親の謎も解けフルモッフとも再会できた。ずいぶんと、前向きにもなった気がする。


「ルー・ガルーであることは驚いた。しかし、狼姿も可憐だ。だが、一番重要なことは、どんな姿でも、メロディアがメロディアであることだ。優しくて、まっすぐで、一生懸命なお前が、私は好きなのだ」


 ディートリヒ様の言葉に、胸がジンとなる。

 ミリー隊長のように、狼化を気にせず付き合ってくれる男性ひととも出会えたことは、何よりの宝物だろう。


「前にも言ったが、私は、メロディアの苦しみも、悲しみも、楽しみ、喜びも、すべて分かち合いたい。だが、今すぐにとは言わない。五年後でも二十年後でも、どれだけ時がたっても、私は待つつもりだ。もちろん、メロディアが嫌だというのならば、今まで通り、そっと見守るだけにしておく」


 ディートリヒ様は、今まで私が家族以外に見せていないところに触れようとしてくる。でも、嫌だという感情はなくて……胸がぎゅっと締め付けられた。こんな感情は、知らない。


「メロディアが空を自由に飛ぶ鳥だとしたら、私は羽を休める木の枝になりたいのだ」

「……」


 どうして、ディートリヒ様はこんなにも、熱烈な感情をぶつけてくるのか。

 私が返せるものなんて、あまりないのに……。


「ダメだろうか?」


 耳をしょぼんと垂らしながら、ディートリヒ様は聞いてくる。

 喋ることはできないので、気持ちは直接伝えられない。だから、ディートリヒ様にそっと身を寄せてみる。


「メロディア……!」


 ディートリヒ様に名前を呼ばれると、胸がドキドキする。

 私の心を凍らせていた氷がそっと解けていくような、暖かな気持ちを感じていた。

 これはきっと、愛だろう。私は、ディートリヒ様のことが好きなのだ。

 定かではなかった感情の名がわかり、ストンと腑に落ちる。

 暖炉の火と、ディートリヒ様の温もりを感じているうちに、まどろんでしまう。

 こんなふうに安らぎを覚えるのは、両親が生きていた時以来だろう。

 そんなことを考えているうちに、私は深い眠りに就いてしまった。

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