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狼魔女と戦うために その一

 今日も朝から日課であるクロウの散歩を行う。今日は、クロウの彼女である牝馬も一緒だ。厩番のお姉さんと共に、フェンリル家の庭を歩く。


「クロウ、だいぶいい子になりましたよ」

「本当ですか?」


 暇があれば、クロウの調教をしてほしいと頼んでいたのだ。最初は爆走していたようだが、最近は周囲に合わせて走れるようになったらしい。


「素晴らしい調教の腕前で」

「それが、違うんですよ。私の調教の成果ではなく、クロウが変わったのです」

「ええ、本当ですか?」

「見てみますか?」

「はい」


 厩番のお姉さんは、広場で牝馬に跨る。私はクロウに跨った。


「では、行きますよ」

「ええ」


 本当に、クロウは他の馬に合わせて走れるようになったのか。半信半疑である。

 お腹を足で蹴り、合図する。二頭の馬は、同時に走り始めた。


「──え?」


 クロウは牝馬に合わせて、ゆっくり走っていた。突然、問答無用で駆けだすことはしない。広場を一周、二周、三周と回ったが、結果は同じ。クロウは、勝手に駆けだすことはしない。


「クロウ、すごいですね。驚きました」

「愛の力なんですよ」

「もしかして、牝馬に合わせるために、爆走癖を直した、ということですか?」

「ええ、そうなのですよ」


 頑なだったクロウが変われるなんて、驚いた。いくら言っても、爆走を止めてくれなかったのに。


「心の持ちようで、いくらでも変われるんだなと、クロウを見て学びました」

「心の持ちようで、いくらでも変われる……」


 その言葉は、私の心に強く響いた。

 私も、変われるだろうか? その問いの答えは、まだ出てこない。


 ◇◇◇


 ギルバート様に呼び出され、ディートリヒ様と共に書斎に向かった。ここはフェンリル家の所有する書物が、これでもかと貯蔵された場所でもある。


「ギルバート、どうしたのだ? ここに呼び出すなど、珍しい」

「フェンリル家の歴史について、調べていたのですよ。話を聞いていただけますか?」

「構わぬ」

「少々長くなりますが──」 


 そう言って、千年もの歴史ある家系図を広げた。


「フェンリル家は王家の千二百年に続く歴史があり、家系図もこのような状態となっています」


 大地から空へと伸びる大樹の根のように、フェンリル家の家系図は広がっていた。


「ここの、始祖とも呼べる存在はどこから来たのか。その歴史を紐解いてみました」

 フェンリル家の歴史書には、戦争で活躍した英雄が爵位を賜り、そこから発展していったと書かれてある。

「フェンリルの名を授かる前、どんな名で、どんな人物だったのか調べた結果、とんでもないことが明らかとなったのです」

「なんだ、それは?」

「始祖の生まれ故郷とした土地は、ルー・ガルーが棲む森と云われる場所でした」

「なんだと!?」

「ということは、フェンリル家はルー・ガルーを始祖とする一族、というわけでしょうか?」

「その可能性があります」


 だとしたら、両親とフェンリル家が繋がっていた理由が説明できる。

 もしかしたら、両親とフェンリル家の前当主は、協力して狼魔女を倒そうとしていたのかもしれない。


「始祖の記録の中に、一人の女が出てきました。故郷を同じくする、美しい女、と」

「まさか、それが狼魔女なのか?」

「可能性はあります」


 狼魔女はルー・ガルー一族で、始祖を追って森から出てきたのだろうか。


「もしかして、花嫁になるためにやってきたとか?」

「そうかもしれないですね。しかし、その時すでに、始祖は王家の女性を娶っていた」

「ドロドロの、三角関係だったわけか」

「ええ。その後、始祖の妻は殺され、フェンリル家と狼魔女の千年の戦いが始まったと」


 なんてことなのか。きっかけは男女の間にあった愛憎劇だったなんて。


「書物には、我々フェンリル家がルー・ガルーであるとは書かれていませんし、これらは、私が勝手に仮定したもので確証は一切ありません」

「しかし、フェンリル家の家紋が白い狼である以上、関係ないとは言えないだろう」

「ええ」


 そもそもなぜ、フェンリル家の始祖は王都にやってきて家を興したのか。


「それについては、メロディアさんの両親と同じではないのですか?」

「狼化できなかった、と?」


 しかしそれだったら、私みたいに狼獣人になる人が現れてもおかしくないのでは?

 その問に、ギルバート様が答えてくれた。


「過去に、狼化した祖先の話はありました。いずれも、狼魔女の呪いで、狼と化したのだと思い込んでいたようです」

「そう、だったのですね」


 ギルバート様はチラリとディートリヒ様を見る。

 もしかしたら、ディートリヒ様も狼化の呪いがかかっていると思い込んでいる可能性があるようだ。


「あの、兄上、狼魔女の呪いがかかった日のことを、覚えていますか?」

「覚えている。メロディアと出会った日の話であるからな」


 ただ、私の狼化と、ディートリヒ様の狼化は性質が異なる。

 ディートリヒ様は常に狼の姿で、喋ることができる。

 一方、私は月夜の晩のみ狼化し、喋ることはできない。


「その点を考えると、やはり兄上には狼魔女の呪いがかけられているのか」


 この問題は考えてもわからないので、ひとまず措いておく。


「もう一点、興味深い記述を発見しました」

「なんだ?」

「始祖と狼魔女の戦いのさいに、魔女を倒す魔法は、『成人を迎えた一族の乙女』にしか使えない、というものです」


 ギルバート様とディートリヒ様が、同時に私を見た。


「えっと、つまり、光魔法は私にしか使えない、ということでしょうか?」

「そうではないかと、私は仮定しております」


 なんてことなのか。光魔法は私だけ使えるなんて。


「きっと、そのことを、狼魔女は知らないのでしょう」

「知っていたら、私は今ごろ、狼魔女に殺されていますよね?」

「……」

「……」


 兄弟の沈黙が逆に恐ろしい。嘘でもいいから、「そんなことはないよ」と言ってほしかった。


「しかし、不思議なのは、狼魔女はメロディアの両親を殺しておいて、メロディア自身を狙わなかったのはなぜだろうか?」

「狼魔女から恨みを買った相手は、末代まで恨まれますから……」


 ギルバート様の言葉に、ゾッとする。今までのほほんと生きていたことを、奇跡のように思った。

 一つ疑問なのは、私が今、のほほんと生きていること。


「わ、私、なんで今まで無事だったんでしょう?」

「……」

「……」


 ディートリヒ様がとギルバート様は、私からそっと視線を逸らす。

 なんでもいいから、理由付けをしてほしかった。沈黙は恐ろしい。


「まあ、メロディアのご両親が、何かしらの対策をしていたに違いない」

「そうですね。きっと、そうです」


 どうやら私は、根拠のない理由で今日まで無事だったらしい。狼魔女に狙われなかった幸運に、感謝しなければ。

 昔から、運だけはよかったけれど、それも作用しているのか。

 そういうことに、しておこう。私は、運がよかったので、狼魔女に狙われることはなかった。


「大丈夫だ、メロディア。狼魔女が襲ってきたら、私が守る」

「ありがとうございます、ディートリヒ様」

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