狼魔女を追って その十一
刺繍された模様に見覚えがあり、服を全部取り出して広げてみる。
「あ!」
「メロディア、どうかしたのか?」
「この布の刺繍、母の遺品に入っていたテーブルクロスと、一緒です!」
ディートリヒ様とギルバート様が寄って来て、布を覗き込む。
「これは、不思議な模様ですね」
「古代文字ではないようだが」
しかし、なんだか文字のように見えなくもない。古代文字でないことは確かだが。
「なんでしょう。不思議ですね。母のテーブルクロスもでしたが、なんだか未完成の品のように感じて」
広げてみたところ、母のテーブルクロスと大きさは同じくらいだった。
「未完成で、寸法は同じ……ですか」
ディートリヒ様がハッとなり、叫んだ。
「もしや、二枚の布を繋げたら、魔法陣になるのではないか? ここの模様は、半円を描いて刺されているように見える!」
「確かに」
「さすが、兄上!」
急いで私の私室に戻り、遺品入れからテーブルクロスを取り出した。
二枚の布の寸法はまったく同じだった。二枚の布を繋げると、綺麗な円形の模様となる。
「どうだ、メロディア!」
「魔法陣っぽいです」
「ぽいとはどういうことだ?」
「刺繍された文字が、古代文字ではないので」
「そうか……」
がっくりしたのは束の間のこと。ギルバート様が父の日記帳から出てきた試験管を掲げる。
「あ、あの、これを水に溶いて、布を浸したら、魔法陣が完成するのではありませんか?」
そういえば、試験管に文字が刻まれていたのだ。
──この液体を水に溶かし、魔法陣を沈める。さすれば、光魔法は完成するだろう、と。
私とディートリヒ様の声が重なる。
「それだ‼」
さっそく、ためしてみる。
桶に水を張り、試験管の中の液体を入れた。魔法耐性のある杖で水を混ぜる。すると、水面に光る魔法陣が浮かんできた。
水の中に、刺繍された布を入れる。水に手が触れないよう、慎重に沈めた。
すると、水面に浮かんでいた魔法陣が強く光って弾けた。十秒ほど間を置いて、光は収まる。
桶の中の布を覗き込むと糸が溶けてなくなり、代わりに古代文字が浮かんでいた。
「ふむ。やはり、この方法で間違いなかったようだな」
「そう、ですね」
「これが、我がフェンリル家の敵である狼魔女を倒す、光魔法──!」
杖を使って布を取り出し、フェンリル家の脱水機を使って水分を搾り取る。あとは、暖炉の前で乾かした。
「メロディア、どうだ? この魔法は、使えそうか?」
「ええっと、かなりの上位魔法ですね。いくつか、現代では使用が禁じられている魔法式が使われております」
使ってみないとわからないけれど、円陣の中で魔法式は完成している。呪文を唱えたら、術は発現するだろう。
「それにしても、不思議ですね。この魔法は、フェンリル家とノノワール家で半分にされて保管されていた、ということなのでしょうか?」
「ノノワール家から、半分預かっていたのかもしれない」
「だとしたらなぜ、父上は光魔法で狼魔女を殺さなかったのでしょうか?」
ギルバート様の言葉をきっかけに、会話が途切れる。ますます、謎が深まってしまった。
「ひとまず、必殺の奥義は得た。これで、狼魔女との戦いも、有利になるだろう」
「それもそうですね」
とりあえず、今は光魔法を得たことを喜ぼう。そう言って、互いの健闘をたたえ合った。