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狼魔女を追って その九

 落ち着きを取り戻した私達は、昨日やろうとしていた私の両親の遺品から狼魔女を倒す手がかりを探すことにした。

 まず、ギルバート様が調べていたルー・ガルー一族について教えてくれた。


「ルー・ガルー、誇り高き狼獣人の一族だと云われていたようです。森の奥地に住み、人の前に姿を現すことはほぼないと」


 昼間は普通の人として暮らし、夜は狼の姿に変化する。狼の姿は神秘的で、道に迷った旅人の道案内をしたという伝承から『森の精霊』とも呼ばれていたようだ。


「魔法を得意とし、悪しき存在モノを祓ったという伝説もあるようです」

「なるほどな。父はルー・ガルー一族に、狼魔女を倒す手伝いを申し入れようとしていたのかもしれないな」

「ですが、兄上、ルー・ガルー一族は伝承の一つです。実際には存在するはずないのですよ」


 ギルバート様の発言を受け、私とディートリヒ様は見つめ合う。

 私がルー・ガルー一族であることを、ギルバート様に隠しておく理由はない。だから、彼にも告白することにした。


「あの、ギルバート様、非常に言いにくいことではあるのですが」

「なんですか?」


 大丈夫。ギルバート様はルー・ガルーがどのような存在であるか、きちんと調べてくださっている。怖がるはずはない。

 膝の上でぎゅっと握りしめた手に、ディートリヒ様が手を添えてくれる。肉球のぷにぷに感が、私に勇気をくれた。


「私、ルー・ガルーなんです」

「え?」

「ギルバート、彼女の両親は、ルー・ガルーの森から王都にやってきて、暮らしていたようだ」

「そ、そう、だったのですか。では、メロディアさんは夜、狼の姿に?」

「ええ」

「いろいろ、大変だったでしょう?」

「あ……まあ。ですが、狼化した時に、信頼している上司に助けていただいて」

「名は、ミリー・トールだったか。優秀な女騎士だと聞いたことがある」

「はい」


 ディートリヒ様はミリー隊長のことを知っているようだ。なんだか嬉しくなる。


「すみません、話が逸れました。それで、両親がルー・ガルーでしたので、遺品から狼魔女を倒すヒントがあるのではないかと思い、今から調べようかと」

「ああ、遺品の確認とは、そういう意味があったのですね」


 私の両親の遺品を調べると聞いて、ギルバート様はどうしてなのかと疑問だったらしい。今、ようやく意味を理解できたと。


「あまり、多くはないのですが」


 テーブルの上に置かれた鞄の中身を開く。まず、目についたのは、四角い缶に入った父の仕事道具箱。そっと蓋を開けると、艶出しクリームの匂いが鼻先をかすめる。いつも父が纏っている匂いだった。懐かしくなるのと同時に、胸が切なくなる。


「メロディアの父は、靴職人だったのだな」

「ええ、そうなんです」

「父君は、『フルモッフ』時代の私を可愛がってくれたぞ」


 ディートリヒ様は父の仕事道具だった金槌を手に、しんみりと呟く。


「父は、犬好きでしたから」

 ディートリヒ様から父の金槌を受け取る。胸に抱くと、幼少期の思い出が甦ってきた。


 毎年の誕生日に、父は素敵な靴を贈ってくれた。


「お姫様がはいているようなリボンの付いた靴に、バレリーナのトゥシューズのような靴、童話に出てくる花妖精の靴も、作ってくれました」

「花妖精の靴、か。その靴を履いたメロディアは、おとぎの国の住人のようだっただろうな」


 喋る犬と化したディートリヒ様が、もっともおとぎの国の住人のようだが。ギルバート様も同じことを思っていたのか、口元を手で覆い笑うのを堪えているように見えた。

 それから、一品一品確認する。


「これは、母の刺繍箱ですね」


 何やら、複雑な刺繍がなされたテーブルクロスのようなものがでてきた。


「大作だな」

「ええ」


 見たことがない、不思議な模様や文字が刺されていた。刺繍が趣味だった母なので、ひと針ひと針、丁寧に刺されている。

 あとでゆっくり見よう。


「あ!」

「どうした? 何か見つかったのか?」

「いえ、すみません。母の、レシピ帳を発見したので」

「おお! それは大発見ではないか!」

「はい!」


 料理上手だった母のレシピが、事細かに書かれていた。


「丸鳥ピラフに豆のスープ、ウサギのパイに木苺のタルトまで!」


 私が大好きだった料理は、もれなく書いてくれている。いつも、何も見ないで料理を作っていたので、きっと私に教えるつもりで書いていてくれたに違いない。

 料理はしたことがないが、これから挑戦したい。天国の母に感謝をしなければ。

 ここでハッと我に返る。ディートリヒ様が優しい目で私を見つめていた。


「あ……すみません。つい、夢中になって」

「いや、いい。見たいものがあれば、急がずにゆっくり見ろ。大事なものだろう?」

「ありがとうございます」


 今日まで、遺品は見ることができなかったのだ。ここに来たおかげで、見ることができた。感謝してもし尽せない。

 遺品はどれもこれも、家族の思い出がこれでもかと詰まっていた。


「あとは、父の日記ですね」


 中身は、ごくごく普通の日常が書き綴られたものである。当時のフェンリル家の当主様と会った話など書いていないか期待したが、それらしきものはなかった。

 読んでいると、私が初めて立った日、喋った日など、父が感じた感動が文章を推敲せずに書かれている。家族のなんてことない日記なので、恥ずかしくなった。


「えっと、すみません」

「いいや、大事なことが書かれている。あとで、ゆっくり読みたい」

「読み込んだら、何かわかるかもしれないですしね」

「いや、家族の内輪ネタしか書かれていないですよ」


 父がこんな日記を書いていたなんて、知らなかった。じわじわと、顔全体が熱くなっていく。そんな私に、ディートリヒ様がとどめを刺してくれた。


「メロディアはこんなにも愛されて育った娘なのだ。私も、同じように大事にせねば」

「それはそれは、どうもありがとうございます」


 ギルバート様の視線が突き刺さっていたので、遺品探しを再開させる。

 他の遺品も見たが、狼魔女に関連した品はないようだった。


「お時間を取っていただいたのに、何も見つからなくてすみません」

「いいや、メロディアの両親の愛を、垣間見ることができて、私は嬉しかったぞ」

「さ、さようで」


 これで狼魔女をやっつける何かが見つかったら、もっとよかったのだけれど。


「あの、メロディアさん」

「はい?」

「この日記帳、表紙に何か仕掛けがあるかもしれません」

「え?」


 日記帳を裏表とひっくり返しているうちに、違和感に気づいたらしい。


「こちら、普通の日記帳より、重たいのです」

「重たい、ですか?」

「はい。ただ、明らかに重たいというわけではなく、違和感を覚える程度の重さです」


 改めて手に取って見ると、確かに重さを感じる。上下左右に振っていたら、ディートリヒ様が反応を示す。


「む?」

「ディートリヒ様、いかがなさいましたか?」

「何か、ぴちゃぴちゃと水の音が聞こえるぞ」


 そう言われて、耳元で本を振ってみたが、私には何も聞こえなかった。

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