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狼魔女を追って その七

「あの、ディートリヒ様は、もっと素敵な女性がお似合いだと」

「私はメロディア以外と、結婚したくない」

「……」


 このモフモフは、私以外の女を知らないのか。それにどうして、そんなことを国王陛下の御前で言い切るのだろう。


「あの、ディートリヒ様。どうしてそのように、私にだけ……その、なんといいますか……」


 言葉を探すが、自分で言うのは気が引ける。


「メロディア、なんだ?」

「いや、あの……」

「執着しているのか、聞きたいのではないか?」


 国王陛下が、私の言いたいことを言ってくれた。

 なぜ、私にばかり執着しているかなんて、恥ずかしくて聞けるものではない。


「ディートリヒよ、一目惚れだったのか?」

「違う。一目惚れではない!」

「あれ? ディートリヒ様、なんか、私が言ったことが面白かったので結婚するとおっしゃっていたような」

「それも違う!」


 このモフモフは、私のどこに惚れたというのか。謎である。

 しかしながら、私が振った話題だけれど恥ずかしいので止めてほしい。

 私の想いとは裏腹に、国王陛下は前のめりで話を聞こうとしている。


「それで、いつ惚れたのだ?」

「子ども時代に、会っている。そこで、メロディアのほうから求婚してきた」

「え!?」


 ディートリヒ様に会った? 物心ついていない時だろうか?


「わ、私、そんなこと言いました?」

「言った。熱烈な、求婚だった」

「……」


 信じられない。私が、そんなことを言っていたなんて。それに、記憶もまったく残っていなかった。


「覚えていないのならば、もうよい」

「す、すみません」


 諦めてくれたのか。ホッとしたのと同時に、少しだけ胸がツキンと痛んだ。

 これでよかったのだ。私達は、別々の道を歩むべきなのだろう。

 しかし、ディートリヒ様は想定外のことを言ってくれた。


「これから、メロディアを夢中にさせればいいだけのこと」

「おお、ディートリヒ! いいぞ、その調子だ!」

「……」


 なぜそういう方向に大きく舵を切るのかわからない。国王陛下はディートリヒ様を応援しているし……。

 どうしてこうなったのだと、内心頭を抱える。


「なんだか、いろいろと安心したぞ。メロディア嬢、これからも、ディートリヒのことを頼んだぞ」

「いや、無理……」


 言いかけた瞬間、国王陛下の目がギラリと光る。氷結王の名にふさわしい、ひと睨みであった。


「いいえ、わかりました」


 その会話を最後に、国王陛下の主催のお茶会はお開きとなった。

 馬車に乗って、家路に就く。


「メロディア、今日はすまなかった」

「なんの謝罪ですか?」

「伯父上に、いろいろ話してしまって」

「気にしていないですよ」


 それよりも、冷酷非情と噂されている氷結王があんなにはっちゃけた御方で驚いた。ディートリヒ様との血の繋がりは、しっかり感じた。


「賑やかで、楽しかったです。両親の事件の真相も聞けましたし」

「そう……だな」

「フェンリル邸に戻ったら、両親の遺品を見てみますか?」

「本当に、いいのか? 思い出の品なのだろう?」

「はい」

「ありがとう。では、頼む」


 帰宅したころには、すっかり陽が傾いていた。

 ディートリヒ様をそのまま私室に案内し、両親の遺品を見せる。


「これなのですが──」


 鞄を開こうとしたところで、視界がかすんだ。瞼を摩っていると、息苦しさを感じる。


「メロディア、どうかしたのか?」


 これは──いつもの発作だ。

 忘れていた、という叫び声は、息苦しいあまり出てこなかった。


「はっ、はっ、はっ!」


 鞄は手から落としてしまった。床に膝を突き、苦しさに耐える。


「メロディア! 医者を呼ぶ。ここで待って──」

「ディートリヒ様、だ、だめ」

「何がだめだと言うのだ! すぐに、医者を」

「傍に、いて、ください。お願い──」


 ここで、意識がなくなる。今から、獣人化が始まるのだ。


 ◇◇◇


 それは、子どものころの記憶。

 ──お父さん、お母さん、今日も、眠る前にお話して!

 ──メロディア、今日はなんのお話を聞きたいの?

 ──大きな、狼様が出てくるお話!

 ──メロディアは、その話が本当に好きなんだな

 両親は私に、寝物語を語ってくれた。


 むかしむかし、あるところに、狼の村があった。そこには、狼がたくさん住んでいた。

 狼の村を治めるのは、大きな白狼。

 白狼は、村を治めるだけでなく、村を襲う悪い魔女から守ってくれるのだ。

 ある日、悪い魔女が村人を攫うためにやってきた。

 白狼は、奇跡の光魔法を使って、魔女を追い払う。

 魔女は滅び、狼の村は平和になった。

 めでたし、めでたし──。


 ◇◇◇


「うう……ん」


 夢の中に、両親が出てきた。私は両親に囲まれて、温かい布団の中で寝物語を聞くことが大好きな子どもだった。

 その時と同じような温もりを感じて、瞼をそっと開く。

 目の前にあったのは、まっ白い布団。触り心地がよくて、ぬくぬくしている。

 身を寄せると、「むふっ!」という声が聞こえた。

 ここで、意識がはっきりする。眠気はどこかへ飛んでいった。


「!」


 私の傍にあったのは布団ではない。ディートリヒ様だった。


「わ、わう」


 狼化した時は喋れないので、今の混乱を言葉にできない。


「メロディア、落ち着け」

「わわ……!」


 なぜ、ディートリヒ様は落ち着いているのか。わからない。わからないことばかりだ。


「父から、話を聞いていたことを、私はすっかり忘れていた。十年以上も前に、ルー・ガルーについて聞いていたのだ」

「!」

「一時期、父は頻繁にルー・ガルーの夫妻と会っていた。可愛い娘がいると、話していた」


 どうやら私は、ディートリヒ様のお父様に会ったことがあるようだ。まったく記憶にない。


「お腹が空いただろう? 夕食は?」


 食事の準備をしてくれていたようだ。ディートリヒ様が布を銜え、バスケットに入ったサンドイッチや串焼き肉を私に見せる。

 胸がいっぱいで、何かを食べる気分ではない。首を振って、断った。


「そうか……。気が向いたら、食べるといい。今日は、いろいろあって疲れただろう。もう、休め。話は、明日しよう」


 そう言って、ディートリヒ様は部屋から出て行った。

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