狼魔女を追って その六
それを見た国王陛下は、仕方がないとばかりに溜息をついていた。
「今まで、弟との約束で黙っていたのだが」
「父上と? なぜです?」
「狼魔女が絡んだ事件は、ディートリヒ、お前に伝えぬよう、約束しておったのだ」
「!」
ディートリヒ様と共に、言葉を失ってしまう。両親はやはり、狼魔女に殺されていたのだ。
苦しくなって、胸を押さえる。視界がぐにゃりと歪み、意識を失いそうになったが、隣で私を支える存在にハッとなった。
「メロディア、大丈夫だ。私がいる」
「ディートリヒ、様……」
「しばらく、私に寄っかかっておけ」
「はい」
「辛いのであれば、話を聞くのは後日でもいい。国王になど、いつでも会える」
「ディートリヒ様ったら……なんて畏れ多いことを」
ディートリヒ様に体重を預け、ゆっくりゆっくり息をはく。ディートリヒ様の温もりを感じているうちに、苦しさは薄くなっていった。
落ち着いたあと、詳しい話を聞くこととなった。
「フェンリル家が狼魔女を千年もの間、追っていることは知っていただろうが──」
ディートリヒ様のお父様も、狼魔女を倒そうとして亡くなった。
「弟は、狼魔女を追うことに心血を注いでいた。しかし、息子であるディートリヒには、そうなってほしくなかったようだ」
狼魔女の事件が起きる度に、フェンリル家の者達の狼魔女への憎しみは深くなっていく。
「狼魔女を追っていくうちに、人として大事なものを失っていくようだと、話していた」
「……」
思い当たる節があるのか、ディートリヒ様は俯いていた。
「だからせめて、王立騎士団が処理した事件の中に狼魔女が絡んだ事件があれば、隠しておくようにと頼まれていたのだ」
「伯父上……そう、だったのですね」
「ディートリヒ、それからメロディア嬢も、すまなかった」
犯人が狼魔女だとわかっていたら、私は今ごろ復讐に燃えていたのかもしれない。
だから、隠されていてよかったのだろう。
今でも赦せないという気持ちはあるが、敵はフェンリル家が千年戦っても勝てない相手である。狼魔女がどんな相手であるか知っている今は、業火のような憎しみは湧き出てこない。もちろん、復讐心がまったくないわけではないが……。
「メロディア嬢、他に、何か聞きたいことはあるか?」
「あの、両親とフェンリル家の前当主様は、知り合いだったようですが、いったいどのような関係だったのか、ご存知でしょうか?」
「ああ、何か話していたな。なんでも、ノノワール家の夫婦は珍しい一族の出身だそうで、狼魔女の討伐の手がかりを持っていると言っていたような」
「!」
国王陛下の言葉に、ディートリヒ様が反応を示す。
「それは、なんなのですか!?」
「いや、詳しい話は、知らんが……」
両親──ルー・ガルー一族が、狼魔女の討伐の鍵を握っていると?
だから、両親は殺されてしまったのか。
この件については、ディートリヒ様も知らなかったようだ。
「メロディア、両親から、何か話を聞いていたか?」
「いえ……。私に残された手紙には、魔女に気を付けろとしか書かれていませんでした」
「そうか……」
「あの、ディートリヒ様。もしかしたら、両親の遺品の中に何か手がかりがあるかもしれません。調べてみますか?」
「いいのか?」
「はい。とは言っても、鞄一つに入るくらいの物ですが」
両親の日記帳に、靴職人をしていた父の仕事道具、それから母の裁縫箱、数冊の本に地図と、手がかりになりそうな物はないが。
「すべて、持ってきておりますので」
「ありがとう、メロディア」
「いえ、お役に立てるかは、わかりませんが」
会話が途切れると、国王陛下にじっと見つめられていたことに気づく。
慌てて姿勢を正し、会釈した。
「伯父上、すまない。勝手に盛り上がってしまい」
「よいよい。それにしても、ディートリヒの傍に、こんなにも愛らしい女性がいるとは、喜ばしいことだ」
国王陛下の話題に、ディートリヒ様が食いつく。
「そうなのです。このメロディアの愛らしさをわかっていただけるとは!」
いったい、何を言っているのか。国王陛下が私を「愛らしい」と言った手前、突っ込むことはできないが。
恥ずかしくなって、火照った顔を冷やそうと、すっかり冷めてしまった紅茶を飲む。
「長年、女性の影もなくてな。この姿のままでは、結婚もままならぬだろうが……。ディートリヒ、お主は結婚についてどう考えておるのだ?」
「私は、メロディアと結婚したいと思っている」
口に含んでいた紅茶を噴きそうになった。国王陛下の御前で、何を言っているのか。
「おお……そうだったか。いや、お似合いだぞ」
犬とお似合いと言われても、あまり嬉しくないような。国王陛下はいったい何を見ているのだろうか。
「で、ディートリヒよ、結婚はいつなのだ?」
「丁重にお断りをされた」
「は?」
「メロディアは私と結婚する気はないと」
「な、なんだと? お前のように愛らしく、素晴らしく男気ある者が、結婚の申し出を断られたと!?」
国王陛下はくわっと目を見開き、信じがたいという目で私を見る。
「メロディア嬢、ディートリヒのどこか気に入らなかった? この可愛らしい耳か? それとも、ふかふかな毛並みか? それとも頬擦りしたくなる尻尾が気にくわなかったのか?」
「……いえ、見た目の問題ではなく。見た目は、その、私も愛らしいと思っております」
「そうだろう? だったら、性格か? 少々強引で、自分に自信があるところが、嫌だったか?」
「……いえ、性格の問題ではなく。ディートリヒ様は、その、とてもお優しい方です」
「では、なぜ、結婚しない?」
「その前に、私は平民です。社交界の礼儀を知らない女です。つり合うわけありません」
「別に、家柄など気にしない。ディートリヒもそうであろう。私は身分ある女性と政略結婚して、幸せになれなかった者を何人も知っている。だから、結婚をするうえで大事なのは、愛だと思っている。もちろん、愛だけではどうにもならない結婚もあるだろうが、フェンリル家の者には、好きな相手と結婚させるようにしておるのだ」
フェンリル家は社交界の付き合いなどないし、血統も気にしていない。だから、平民であることを気に病むことはないと言われた。
しかし、私がディートリヒ様と結婚できない根本的な理由は、それではないのだ。
私が大好きになる存在は、みんな私の前からいなくなる。誰かと結婚しても、いずれ一人になることが怖いのだ。
国王陛下の前で嘘はつけない。だから、はっきりと伝えた。
「ならばそなたは、一生一人で生きるつもりだというのか?」
「そのほうが、辛くないので」
「……」
なんだか暗い雰囲気になってしまった。