表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/45

狼魔女を追って その六

 それを見た国王陛下は、仕方がないとばかりに溜息をついていた。


「今まで、弟との約束で黙っていたのだが」

「父上と? なぜです?」

「狼魔女が絡んだ事件は、ディートリヒ、お前に伝えぬよう、約束しておったのだ」

「!」


 ディートリヒ様と共に、言葉を失ってしまう。両親はやはり、狼魔女に殺されていたのだ。

 苦しくなって、胸を押さえる。視界がぐにゃりと歪み、意識を失いそうになったが、隣で私を支える存在にハッとなった。


「メロディア、大丈夫だ。私がいる」

「ディートリヒ、様……」

「しばらく、私に寄っかかっておけ」

「はい」

「辛いのであれば、話を聞くのは後日でもいい。国王になど、いつでも会える」

「ディートリヒ様ったら……なんて畏れ多いことを」


 ディートリヒ様に体重を預け、ゆっくりゆっくり息をはく。ディートリヒ様の温もりを感じているうちに、苦しさは薄くなっていった。

 落ち着いたあと、詳しい話を聞くこととなった。


「フェンリル家が狼魔女を千年もの間、追っていることは知っていただろうが──」


 ディートリヒ様のお父様も、狼魔女を倒そうとして亡くなった。


「弟は、狼魔女を追うことに心血を注いでいた。しかし、息子であるディートリヒには、そうなってほしくなかったようだ」


 狼魔女の事件が起きる度に、フェンリル家の者達の狼魔女への憎しみは深くなっていく。


「狼魔女を追っていくうちに、人として大事なものを失っていくようだと、話していた」

「……」


 思い当たる節があるのか、ディートリヒ様は俯いていた。


「だからせめて、王立騎士団が処理した事件の中に狼魔女が絡んだ事件があれば、隠しておくようにと頼まれていたのだ」

「伯父上……そう、だったのですね」

「ディートリヒ、それからメロディア嬢も、すまなかった」


 犯人が狼魔女だとわかっていたら、私は今ごろ復讐に燃えていたのかもしれない。

 だから、隠されていてよかったのだろう。

 今でも赦せないという気持ちはあるが、敵はフェンリル家が千年戦っても勝てない相手である。狼魔女がどんな相手であるか知っている今は、業火のような憎しみは湧き出てこない。もちろん、復讐心がまったくないわけではないが……。


「メロディア嬢、他に、何か聞きたいことはあるか?」

「あの、両親とフェンリル家の前当主様は、知り合いだったようですが、いったいどのような関係だったのか、ご存知でしょうか?」

「ああ、何か話していたな。なんでも、ノノワール家の夫婦は珍しい一族の出身だそうで、狼魔女の討伐の手がかりを持っていると言っていたような」

「!」


 国王陛下の言葉に、ディートリヒ様が反応を示す。


「それは、なんなのですか!?」

「いや、詳しい話は、知らんが……」


 両親──ルー・ガルー一族が、狼魔女の討伐の鍵を握っていると?

 だから、両親は殺されてしまったのか。

 この件については、ディートリヒ様も知らなかったようだ。


「メロディア、両親から、何か話を聞いていたか?」

「いえ……。私に残された手紙には、魔女に気を付けろとしか書かれていませんでした」

「そうか……」

「あの、ディートリヒ様。もしかしたら、両親の遺品の中に何か手がかりがあるかもしれません。調べてみますか?」

「いいのか?」

「はい。とは言っても、鞄一つに入るくらいの物ですが」

 両親の日記帳に、靴職人をしていた父の仕事道具、それから母の裁縫箱、数冊の本に地図と、手がかりになりそうな物はないが。


「すべて、持ってきておりますので」

「ありがとう、メロディア」

「いえ、お役に立てるかは、わかりませんが」


 会話が途切れると、国王陛下にじっと見つめられていたことに気づく。

 慌てて姿勢を正し、会釈した。


「伯父上、すまない。勝手に盛り上がってしまい」

「よいよい。それにしても、ディートリヒの傍に、こんなにも愛らしい女性がいるとは、喜ばしいことだ」


 国王陛下の話題に、ディートリヒ様が食いつく。


「そうなのです。このメロディアの愛らしさをわかっていただけるとは!」


 いったい、何を言っているのか。国王陛下が私を「愛らしい」と言った手前、突っ込むことはできないが。

 恥ずかしくなって、火照った顔を冷やそうと、すっかり冷めてしまった紅茶を飲む。


「長年、女性の影もなくてな。この姿のままでは、結婚もままならぬだろうが……。ディートリヒ、お主は結婚についてどう考えておるのだ?」

「私は、メロディアと結婚したいと思っている」


 口に含んでいた紅茶を噴きそうになった。国王陛下の御前で、何を言っているのか。


「おお……そうだったか。いや、お似合いだぞ」


 犬とお似合いと言われても、あまり嬉しくないような。国王陛下はいったい何を見ているのだろうか。


「で、ディートリヒよ、結婚はいつなのだ?」

「丁重にお断りをされた」

「は?」

「メロディアは私と結婚する気はないと」

「な、なんだと? お前のように愛らしく、素晴らしく男気ある者が、結婚の申し出を断られたと!?」


 国王陛下はくわっと目を見開き、信じがたいという目で私を見る。


「メロディア嬢、ディートリヒのどこか気に入らなかった? この可愛らしい耳か? それとも、ふかふかな毛並みか? それとも頬擦りしたくなる尻尾が気にくわなかったのか?」

「……いえ、見た目の問題ではなく。見た目は、その、私も愛らしいと思っております」

「そうだろう? だったら、性格か? 少々強引で、自分に自信があるところが、嫌だったか?」

「……いえ、性格の問題ではなく。ディートリヒ様は、その、とてもお優しい方です」

「では、なぜ、結婚しない?」

「その前に、私は平民です。社交界の礼儀を知らない女です。つり合うわけありません」

「別に、家柄など気にしない。ディートリヒもそうであろう。私は身分ある女性と政略結婚して、幸せになれなかった者を何人も知っている。だから、結婚をするうえで大事なのは、愛だと思っている。もちろん、愛だけではどうにもならない結婚もあるだろうが、フェンリル家の者には、好きな相手と結婚させるようにしておるのだ」


 フェンリル家は社交界の付き合いなどないし、血統も気にしていない。だから、平民であることを気に病むことはないと言われた。

 しかし、私がディートリヒ様と結婚できない根本的な理由は、それではないのだ。

 私が大好きになる存在は、みんな私の前からいなくなる。誰かと結婚しても、いずれ一人になることが怖いのだ。

 国王陛下の前で嘘はつけない。だから、はっきりと伝えた。


「ならばそなたは、一生一人で生きるつもりだというのか?」

「そのほうが、辛くないので」

「……」


 なんだか暗い雰囲気になってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ