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狼魔女を追って その五

 氷結王に会うことに恐怖を覚えていたが、大の犬好きと聞いて親近感を覚えてしまう。


「そういえば、メロディアも犬を飼っていた、と言っていたな」

「ええ」

「フルモッフ、だったか?」

「はい」

「フルモッフのあとに、犬を飼おうと思わなかったのか?」

「私にとっての家族は、フルモッフだけです。家族がいなくなったから、新しい家族を得ようとか、思わないでしょう? それくらい、大切な存在でした」

「そう、だったのか。すまなかった」

「なぜ、謝るのですか?」

「あ、いや……は、話を、聞いてすまなかったという意味である」

「ああ、そうでしたか。どうか、お気になさらないでください」


 私にとっての愛犬は、フルモッフだけ。

 このような考えをする人は、少ないのかもしれない。でも、フルモッフ以外の犬を傍に置こうとは、どうしても考えられなかったのだ。


「メロディアは犬好きなはずなのに、一向に私に靡かないのは、そういう理由があったのだな」

「犬だったら、なんでもいいわけではないのです」

「そういう身持ちが固いところも、私は好きだな」

「どうも、ありがとうございます」


 愛を囁くディートリヒ様に何もお返しできないので、とりあえずお礼を言っておく。

 と、このような話をしているうちに、王城へと到着した。

 青い空に映える、美しいお城。城の左右に突き出た尖塔は、まるで国王の権力を示しているかのようだ。

 ディートリヒ様は貴賓犬という扱いで、登城するらしい。国王お気に入りの犬ということで、おおよそ犬には向けないような尊敬の眼差しを一身に受けている。

 なんていうか、異様な空間だ。

 騎士の先導で、長い長い廊下を歩いていく。壁は染み一つなく、真珠のような照りがあった。歴代の王妃の肖像画か飾られ、見上げるたびに「ほう」と溜息がでる。

 階段を上がり、再び長い廊下を進む。突き当りに、国王の執務室があった。

 忙しい公務の合間にお茶会をするようだ。

 大きな扉の前で、息を吸ってはく。しかしながら、気分は軽くならない。

 ふと、モフモフを感じて視線を下に向けると、ディートリヒ様が私の手に頬擦りしていた。そして、私に強い眼差しを向けてくれる。大丈夫、心配いらないと励ましてくれているのだろうか。今、この瞬間、緊張が薄くなったような気がした。

 扉が開かれ、面会の瞬間がやってきた。

 国王陛下は、執務をしているようだが、逆光で姿を捉えることはできない。

 中に入り、扉が閉められると、ディートリヒ様は喋り出す。


「伯父上、久しぶりだな」

「おお、ディートリヒ!」


 国王陛下は立ち上がり、ディートリヒ様のもとへ歩み寄る。

 初めて見る国王陛下は、五十代半ばくらいだろうか。白髪頭にキリリとした目元、しっかりと刻まれた目元の皺に、鷲鼻、くるりと上を向いた髭に威厳のある口元と、貫禄ある人物であった。

 氷結王の名がふさわしい、冷酷非情で人間味のない印象であったが──。


「いい子にしていたか! よーし、よしよし!」

「お、伯父上……」


 国王陛下はディートリヒ様を見た瞬間、顔をほころばせる。しゃがみ込んで、ディートリヒ様をよしよしと呟きながら撫で始めた。

 これが、あの『氷結王』と恐れられている国王陛下なのか。傍から見たら、ただの『犬好きおじさん』だ。

 本当に犬が大好きなのだろう。目を糸のように細めながら、ディートリヒ様を撫でている。

 一方のディートリヒ様は、憂鬱な目を宙に浮かべていた。


「あの、伯父上」

「なんだ、私の可愛い子ちゃん」

「今日は、連れがおりまして」

「!」


 国王陛下はわかりやすいほどに、体をビクリと振るわせる。そして、ゆっくりと立ち上がり、髭を撫でて整えていた。ゴッホンと咳払いしたあと、私のほうを見る。


「気づかずに、すまなかった」


 国王陛下の言葉に、私は淑女の礼をして返す。


「ディートリヒ、彼女を紹介しろ」

「はっ。こちらの女性は、メロディア・ノノワール」

「ノノワール、だと?」


 国王陛下は呟いたあと、「しまった!」という表情を浮かべている。ディートリヒ様はそれを見逃さなかった。


「伯父上、彼女の両親の事件の詳細は、伯父上しか閲覧できないようになっております。なぜでしょうか?」

「そ、それは──」

「メロディアは、事件の真相を知りたがっています。事件の被害者の肉親です。知る権利があると思っています」


 ディートリヒ様は国王陛下に頭を下げ、頼み込む。


「どうか、お願いします。事件の真相を、教えて頂けませんか? 私も、知りたいのです。もしや、これは狼魔女が絡んだ事件では、ないのですか?」


 国王陛下は口をぎゅっと結んだまま、開こうとしない。私もディートリヒ様の隣に膝を突き、額を床に突いて願った。


「国王陛下、お願いします」

「メロディア、お前はそこまでしなくてもいい」


 ディートリヒ様は制止したが、二度と国王陛下にお会いできる時はないだろう。だから、私は必死になって願った。

 私が止めないので、ディートリヒ様も伏せをして頭を下げる。


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