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狼魔女を追って その四

 フェンリル家にやってきて、半月ほど経った。

 クロウは可愛い牝馬と、日々イチャイチャしているらしい。牝馬はディートリヒ様の愛馬だが、今は乗ることができない。

 楽しそうに二頭で駆けている様子を見ていると、よかったねと心から思う。

 一方の私は毎晩のように狼化していたが、案外バレずにいる。

 なんとなく言いだせないだけで隠すつもりはなかったが、ここ最近は言わないほうがいいだろうという気さえしてきた。

 というのも、ディートリヒ様の私に対する好意が、日に日に増しているのだ。

 今日も食事のあとに庭の散策に誘われ、寒空の下歩き回った。途中、東屋で休憩している時に、耳元で「好きだ」と言われたのだ。

 声は成人男性のものだが、見た目は犬である。

 フルモッフに似た姿で好きだと言われて嬉しかったが、中身は呪われたフェンリル公爵様なのだ。素直に喜べるものではない。

 それにしても、私のどこを気に入ったのか。謎である。

 初対面時に怖がらずに、抱きしめたのが心に響いてしまったのか。

 でも、これまでの求婚者の話を聞いていたら、積極的な女性はあまり好きではないような気がした。

 人の心の内は、本当にわからない。

 わからないのは、ディートリヒ様だけではない。ギルバート様や周囲の使用人も、私を邪魔者扱いせず、静観しているのだ。

 もしも、私がディートリヒ様の求婚を受け、結婚でもしたら大変なことになるのは彼らなのに。

 平民と貴族の結婚なんて、国王陛下が蛙と結婚するくらいありえないのだ。

 この辺も、何か事情がありそうだ。

 一応、今は「私は平民ですから、お気持ちにお応えできません」と言って、求婚は断り続けている。

 ディートリヒ様は「そんなものは関係ない」と言って聞かない。ギルバート様も「大事なのは、愛です」と言うばかりだ。

 そんな状況なので、私が狼獣人だと判明したら、ますますお似合いであると言われてしまう。

 絶対に、この秘密は明かすわけにはいかなかった。

 一方、ディートリヒ様の狼化の呪いの秘密は、国王一家のみに明かされているという。そのため、社交界にはまったく姿を現さないという噂が広まっているのだ。

 私にとって国王は遠い存在だが、ディートリヒ様にとっては伯父である。だから、とんでもない話がなんてことのないもののように浮上するのだ。


「メロディア、国王の茶会に誘われた。午後は王城にゆくぞ」

「へ!?」


 国王陛下とお茶会なんて、ありえない。相手はあの、氷結王とも呼ばれている冷酷な王だ。私なんてひと睨みされ、氷漬けにされるに違いない。恐れ多いにもほどがあるので、すぐさま辞退を申し出る。


「む、無理です。私なんかが国王陛下のお目にかかるなんて……」

「そうか、会えないか。わかった」

「……?」


 あっさりと引いたので、違和感を覚えた。真意を探るべく、じっとディートリヒ様を見つめる。


「せっかく、八年前の事件について、久々に探りを入れようとしていたのだが」


 八年前の事件とは、両親が何者かに襲われた事件だろう。


「メロディア、本当に行かないのか?」

「い、行きたいです!」

「そうだろう? では、共に行こうぞ」

「はい!」


 元気よく返事をしたあとで、思い出す。そういえば、国王陛下は絶対事件について喋らないと言っていたことを。

 もしかして、嵌められた?

 ディートリヒ様は私を見て、作戦成功とばかりににっこりと微笑んでいるような気がした。


 穏やかな午後──私とディートリヒ様は馬車に揺られ、王城を目指す。

 ギルバート様も同行するかと思っていたが、「楽しんできてください」と言って見送られてしまった。

 現在、ディートリヒ様は私の膝に顎を乗せ、気持ちよさそうに眠っている。

 そういえば、フルモッフもこうやって、私の膝枕で眠ることがあった。

 ディートリヒ様は完全に眠っている。だから、少しくらい撫でてもいいだろう。

 そっと、耳の間に指を滑らせる。触り心地は最高だ。

 モフモフ、モフモフと心ゆくまで撫でた。


「──私の毛並みは最高だろう?」

「わっ!」


 ディートリヒ様は目を開き、私を上目遣いで見上げた。


「い、いつから、起きていたのですか?」

「最初からだ」

「寝ているふりを、していたのですね?」

「そうじゃないと、メロディアは私に触れてこないだろう」

「……」


 その通りだ。私はいとも簡単に、ディートリヒ様の術中にはまってしまった。


「まだ、足りないだろう? 好きなだけ、私をモフモフするとよい」

「いや、もういいです」

「遠慮はするな」

「遠慮も何も、普通はなんの関係もない異性にベタベタ触れることはしないでしょう?」

「メロディアは、私を一人の男だと意識していると」

「まあ、否定はしませんが」

「ならば、犬の振りをしてベタベタするのは止めようぞ」

「犬の振りをしていたのですね」

「そうだ。でないと、好いた女の膝に顎なんか乗せられぬ」


 意外と純情なところがあるのか。これも計算の可能性があるので、鵜吞みにはしないけれど。

 ディートリヒ様は私から離れ、向いの席に跳び乗った。


「ここにいるほうが、メロディアがよく見えるな」

「見ても、得しないですよ」

「いいや、する。メロディアは、見ていて飽きない」

「それは、ようございました」


 ディートリヒ様と話していると、調子がズレてしまう。私はこんなに物怖じせずにぽんぽん喋る人だったのか。自分でも驚いてしまう。

 そもそも、両親が生きていたころの私はお喋りで、お転婆で、明るかったような気がする。

 今の私は、両親が亡くなる前の私に戻っただけなのだろう。

 両親を喪ってから、私はずっと孤独の中で生きてきた。一人でいると、どうしても亡くなった父と母のことばかり考えて塞ぎ込んでいたのだ。

 でも今は、違うことが頭の中を占めていた。それは、ディートリヒ様だ。

 理由はよくわからないけれど、結婚を申し込まれたことに関しては嬉しかった。自らが望まれることなんて、今までなかったから。けれど、結婚を受けるか、というのはまた別の話である。

 結婚できない理由に身分差を第一に挙げた。その次に、自分が狼獣人であること。

 だけど心の奥底では、それが理由ではないことはわかっている。

 私は怖いのだ。家族ができて、また喪ってしまうことが。

 最初にいなくなったのは、フルモッフ。次に、両親。

 大切な人を喪うということは、魂が引き裂かれるようなことだ。嘆いても嘆いても、家族は帰って来ない。あのような経験は、二度としたくない。

 だから私は、一人で生きるためにがむしゃらになって働いてきた。


「メロディア、何を考えている?」

「いいえ、何も」

「そんなことはないだろう」

「なぜ、そう思うのです?」

「私が目の前にいるのに、見えていないような。自分の殻に閉じこもっているような孤独な目だ」

「……」


 鋭い指摘に、息を呑む。ディートリヒ様にはお見通しだったのか。


「悩みがあるならば、私に打ち明けてくれ。メロディアの抱える苦しみを、私にもわけてほしい」

「それは、できません。私の苦しみは、私だけのものですから」

「心を、開いてはくれないのだな」

「ディートリヒ様のことは、何も知りませんから」


 そう答えると、ディートリヒ様の耳がぺたんと伏せられ、ピンと立っていた尻尾はだらりと垂れる。

 なんだか可哀想になって、声をかけた。


「ディートリヒ様、ご趣味は?」

「え?」

「ディートリヒ様のこと、教えてください」

「もちろんだ。私の趣味は、散歩だ!」


 ディートリヒ様の趣味はお散歩──犬の姿でそんなことを言うので、笑ってしまった。


「メロディアが散歩紐を引いてくれる時が、一番楽しいぞ」

「それ、呪いが解けても同じこと言わないでくださいね」

「メロディアがしてくれるのならば、受け入れるが」

「受け入れないでください」


 そういえば、もう何年も犬の姿でいると聞いた。


「不便ではないのですか?」

「不便に決まっている。何もできないからな。特に、食事の様子は誰にも見せることはできない。ナイフやフォークを使わず、皿から直に食べるからな」

「ふふっ!」

「笑うな」

「ごめんなさい」


 ディートリヒ様がお皿から直食いしているのが面白いのではない。私も夜は同じように直食いなので、気持ちはわかるから笑ってしまったのだ。確かに、人に見られたくない。

 それから、ディートリヒ様は犬の姿になった時の失敗談の数々を聞かせてくれた。


「国王は大の犬好きで、私を見た瞬間、笑顔を浮かべながら撫で始めた時にはゾッとした。あの、人を睨んだだけで凍らせるという噂がある、冷酷な氷結王が、だぞ?」


 どの話も面白くて、お腹が痛くなるほど笑ってしまった。

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