狼魔女を追って その三
ギルバート様は、仕込み剣をすらりと抜いた。それと同時に、暗闇から狼が跳び出してくる。
「ギャウ‼」
黒い狼は闇から浮き出たように、まるで気配がなかった。数は三匹。跳びかかってきた狼を、ギルバート様が剣で薙ぎ払う。
ディートリヒ様も体のバネを最大限に使って跳び上がり、狼に頭突きを喰らわせていた。私も、ぼんやりしている場合ではない。攻撃魔法は使えないが、できることはある。
「光よ、闇を照らせ!」
日傘を振り上げ、光魔法を狼達の目の前で発現させる。
「ギャウン!」
視界を奪われた狼に、ディートリヒ様が体当たりをした。洞窟の岩肌に激突した狼は息絶える。
「先を急ごう」
不気味な洞窟の中を、一歩、一歩と進んでいく。途中で、道が二手に分かれていた。どちらに進めばいいのか。
「む?」
「兄上、どうかしましたか?」
「左の道のほうから、声が聞こえた」
「マリーローズ嬢かもしれません」
歩調を速め、声がするほうへと向かおうとするが、何か違和感を覚える。立ち止まって、耳を澄ませてみた。まだ、私の耳では声が聞こえない。
「メロディア、どうかしたのか?」
「あの、理由はわかりませんが、胸騒ぎがして」
「それは、よくないな」
「聞こえた声は、罠かもしれません」
ギルバート様が懐から何かを取り出す。人の形に切った紙だ。それに息を吹きかけたら、まるで生きているかのように動きだす。
人型の紙は左の方向へと走って消えてなくなった。それから数十秒後──ズトン! という爆発音が聞こえ、左の通路から石を含んだ突風が噴き出した。
「メロディア!」
ディートリヒ様が、私を風から守ってくれる。
「左の道は、罠でしたか」
「狼魔女め、姑息なことをしてくれる!」
だとしたら、正解は右の通路だろう。ここも、念のために人型の紙を走らせる。
五分後、人型の紙は戻ってきた。おまけに、手にはリボンを持っていた。
「これは、マリーローズ嬢のリボンだ」
「行きましょう!」
人型の紙の先導で、洞窟内を進んでいく。だんだんと息苦しく感じるのは、狼魔女の結界の力が強まっているからか。
ようやく、開けた場所に辿り着いたが、濃い血の匂いが広がっていてぎょっとする。
そこは、異空間のように思えた。
ムッと漂う異質な臭いは、血を煮込んだものだろう。
狼の生首がいくつも転がっている様子は、不気味としか言いようがない。
中心に大きな鍋が置かれ、何かが炊かれている。鍋を混ぜるのは、幼い少女だった。地面に付くほどの長い外套を纏い、頭巾を深く被っている。
「あれが……狼魔女?」
「そうだが、本体ではない」
「狼魔女の影ですね」
奥に、縄で縛られたマリーローズ嬢と侍女の姿を発見した。気を失っているようで、共に寄り添いぐったりしている。
狼魔女は鍋を混ぜるのを止め、頭巾を取った。
「ヒッ!」
狼魔女の顔は狼で、黄色い目を細くしながら舌なめずりをした。それが、動きだす合図だった。
まず、狼の生首が体もないのに動きだす。弓から放たれた矢のように、まっすぐ私達に飛んできた。ギルバート様は次々と狼の生首を切り落とし、ディートリヒ様は長い尻尾で跳ね返している。
私はといえば、持ち前の反射神経を使って避けまくるのみ。反復横跳びの成績はよかったのだ。
ディートリヒ様は生首の耳に咬み付き、放り投げる。それを、ギルバート様が斬って捨てた。兄弟の連携はさすがと言えばいいのか。
狼魔女の前に躍り出る。
「お前は、いい加減にしろ!」
狼魔女の首筋に咬み付いたが、あまりダメージを受けているようには見えなかった。
首の骨を砕かれても、立ち続けている。
ギルバート様が心臓を剣で刺すと、ようやく地面に伏した。そして、砂となって消える。
「案外、あっけないですね」
「狼魔女の攻撃の手段はすべて、狼なのだ」
「昔から、狼と自らの影を使って暗躍し続けているのですよ」
「そう、だったのですね」
両親は狼魔女の狼に襲われ、死んでしまったのか。考えていたら、胸が苦しくなる。
「メロディア……」
「あ、マリーローズ嬢を、助けなければなりませんね」
今は任務中だ。考え事をしている場合ではない。
幸い、マリーローズ嬢と侍女は無傷だった。宝石や銀器類は見つからなかったが。
それでも、命は助かったのだ。セロテン伯爵に、大いに感謝された。
事件は解決したが、根本的な問題は解決していない。
狼魔女との戦いは、いたちごっこのようなものだとディートリヒ様は話す。
「この不毛な戦いは、私の代で、すべて終わらせるつもりだ」
「兄上……!」
ギルバート様は感極まり、目を潤ませていた。
決意はとてもカッコよかったが、犬の姿なので話があまり耳に入ってこない。
「メロディア」
「はい?」
「狼魔女との戦いが終わったら──私と結婚してほしい」
「あの、すみません。変なフラグが立ちそうなので、戦いが終わってから申し込んでもらえると助かるのですが……あ、求婚を必ず受けるという話ではなく、すべてが終わったら考えるという意味です」
私とディートリヒ様の間に、ヒュウと冷たい風が流れていく。はっきり言い過ぎてしまったのか。もっと、柔らかい表現にしたらよかったのだろうか。
ちらりと、ディートリヒ様の様子を窺う。
「ふっ、つれない女だ。まあ、簡単に手に入らないからこそ、燃えるのだがな」
「……」
あまり気にしていないようで、ホッとした。