狼魔女を追って その二
応接間に案内され、侍女と従僕から話を聞くことにした。
「マリーローズお嬢様は、昨日のお昼過ぎに侍女のレイラを伴って出かけました」
「特に変わった様子はありません」
騎士隊の報告書にあった以上の供述は得られない。ここで、ギルバート様が動く。
懐から何かを取り出し、二人の前に突き出して見せた。
「あれは……?」
「振り子魔法である」
チェーンの先端に水晶がついた振り子を、ギルバート様は二人の目の前で振る。
「水晶に魔法がかけられており、あのように左右に振ると魔法が展開される。潜在意識の中に潜り込んで、真実を聞き出すのだ」
「な、なるほど」
これが、王立騎士団とは違う、フェンリル騎士隊の捜査のようだ。
振り子を前にした侍女と従僕の目は虚ろとなる。そんな二人に、ギルバート様は問いかけた。
「昨日、マリーローズ嬢を送り出す時、異変はありましたか?」
「……宝飾類を、たくさん、準備するように、命じられました」
「……それから、銀器もなるべくたくさん鞄に詰めるよう、命令されました」
「なるほど。それから、他には何か?」
「……肉、それから、お菓子と、果物」
「……酒も、用意するようにと」
馬車の中に宝飾類に銀器、食料に酒を積んで、出発したらしい。
「どちらのほうへ行かれましたか?」
「……森、西の、森」
「……黒い狼に、導かれて」
「わかりました」
ギルバート様は振り子を動かすのを止め、パン! と手を叩く。すると、侍女と従僕はハッと肩を揺らし、我に返ったようだった。
「私達は、今まで何を?」
「どうして、ここに?」
どうやら、狼魔女の魔法にかかっていたようだ。
調べたところ、マリーローズ嬢の宝飾類はなくなり、銀器もごっそり持ち出されていた。二人の供述は、間違いないようだ。
「マリーローズ嬢の私物をお借りできますか?」
「は、はい」
用意されたのは、ハンカチだった。これも、フェンリル騎士隊独自の調査に使うのかもしれない。今後のために、様子をしっかり窺う。
果たして、あのハンカチをどう使うのか。
セロテン家の使用人を退室させてから、行動を開始する。
ギルバート様はハンカチを掴み、ディートリヒ様の前にしゃがみ込んだ。
「兄上、これを」
「ふむ」
ギルバート様は、ハンカチの匂いをディートリヒ様にかがせていた。
「なるほどな」
「……」
どこからどうみても、探査犬が行方不明者の匂いをかいでいるようにしか見えない。
「あ、あの、それは、どういう意味が?」
「マリーローズ嬢の魔力を探っているのだ」
「あ、さようでございましたか」
これは、狼の姿でのみ使えるものらしい。匂いをかいで探索するのではないようだ。
「では、出発するぞ」
「ええ」
「了解です」
セロテン家をあとにし、私達は森のほうへと出発する。
今度はディートリヒ様が馬車を先導していた。かぎ取ったマリーローズ嬢の魔力を頼りに、森の中を探すようだ。
西の森は木々が鬱蒼と生え、気味が悪い。魔物も出現するので、騎士隊の任務でも何度か調査に入ったことがある。
ギルバート様と二人、気まずい時間を過ごしていた。
気の利いた会話なんて、まったく思いつかない。息が詰まりそうになったのと同時に馬車が停まった。
「ギルバート、メロディア、外に」
何かを発見したらしい。ギルバート様に続いて、外に出る。
辿り着いた場所は、行き止まり。蔓に覆われた中に、大きな岩肌が見えていた。
そんな状況の中、ディートリヒ様はくんくんと地面の匂いをかいでいた。やはり、ああやって探すのか。正直、犬にしか見えないが。
「マリーローズ嬢の魔力が、ここで途切れている」
「ここから、狼魔女の結界が張られているのかもしれません」
ギルバート様は仕込み剣を抜いて、近くにあった木に投げつける。すると、パチンと何かが弾けるような音が鳴った。
景色が揺らぎ、目の前にあった岩がなくなって洞窟のようなものが出現した。
「当たりだな。さすが、我が弟」
「違和感に気づいた、兄上のおかげですよ」
ここから先は危険らしい。警戒を強め、あとに続くことにした。
洞窟探索のために、魔石灯をともす。これは、魔石に魔力を流し込むと光る仕組みとなっている。ガラスのランタンに魔石を入れて使うのだ。一つあるだけで、洞窟内を煌々と照らしてくれた。
「不気味……ですね」
「ああ」
中はじっとり湿っていて、どこからか水滴の音も聞こえる。ヒュウヒュウと隙間風のようなものも吹いていた。
ディートリヒ様はくんくんと洞窟内の匂いをかいでいたが、マリーローズ嬢の魔力を感じ取ることはできなかったらしい。
「狼魔女の空間だからな。仕方がない」
直接調べて回るしかないようだ。
ふいに、洞窟内の空気が変わる。鳥肌が立ち、寒気も感じた。ディートリヒ様も同じように、何かを感じていた。
「メロディア、ギルバート、来るぞ」
「ええ」
「な、何が、来るのですか?」
「狼魔女の、狼ですよ」