突然の求婚 その五
シャッと、カーテンが開く音で目が覚める。
「ううん……」
「メロディア様、おはようございます」
「おはようござい……ます!?」
びっくりして、跳び起きた。いつもと同じ朝だと思っていたら、ぜんぜん違う。
そうだった。私は第一騎兵部に配属されて、フェンリル家のありえない待遇の中で暮らすこととなったのだ。姿を確認すると、人に戻っていたのでホッとする。
「こちらをお飲みください」
「え?」
いきなり紅茶を差し出される。これは、目覚めの一杯と呼ばれる、寝台の上で飲む紅茶らしい。貴族は、なんて優雅な生活をしているのか。
渋みの強い紅茶を飲むと、目が覚めた。
その後、洗面所で顔を洗う。騎士隊の制服は、綺麗にアイロンがけされたものが用意されていた。他にも、櫛からリボン、化粧一式まであった。高級ホテルでも、ここまでの品は置いていないだろう。慄きながらも、ありがたく使わせていただく。
身支度が整ったころには、円卓に朝食が用意されていた。
焼きたての三日月パンに、カボチャのポタージュ、色とりどりのサラダ、カリカリに焼かれたベーコンにゆで卵と白いソーセージ、それから小型ボウルに注がれたカフェオレ。
独身寮にいた時は、食事は戦争だった。しかし今日は、のんびりと食べられる。
「う~~ん、おいしい!」
思わず食事の感想が口から出てしまうほどの、絶品料理の数々だった。
朝食を堪能したあとは、クロウの散歩に出かける。新しい環境の中で暮らすこととなったクロウだが、今日も元気いっぱいだった。
昼間は、馬用の柵の中で自由に過ごせるらしい。
「あなたも高待遇となってよかったですね」
クロウは「ヒヒン」と嬉しそうに返事をしていた。
朝の散歩を終えたあと、朝礼をするためにディートリヒ様の執務室へと向かう。
第一騎兵部の騎士舎はないらしい。活動はすべて屋敷の中で行っているようだ。
屋敷の裏手にあった二階建ての建物は、使用人の宿舎らしい。
「こちらが旦那様の執務室となります」
「ありがとうございます」
ここから、ルリさんとは別行動となる。
扉を叩いて声をかけると、すぐに返事があった。
「入られよ」
「失礼いたします」
中に入ると、中の様子に驚く。書斎も兼ねている執務室だが、窓以外の壁一面にびっしりと本が並んでいた。
「驚いただろう? ギルバートの趣味でな」
視界の端に、誇らしげなギルバート様の姿が映り込んだ。
「文官になれと言っていたのに、騎士隊の仕事をすると聞かなくてな」
「私が協力しないと、第一騎兵部は誰もいなくなってしまうではありませんか」
「そうだが……」
第一騎兵部は今まで、フェンリル家の親族でのみ運営されていたらしい。今、二人だけという理由は、聞いて良いのか悪いのか。
「メロディアよ、たった二人だけなのか気になる、という顔をしているな?」
「え? あ、はい……」
「簡単な話だ。他の親族は皆、狼魔女に喰われてしまっただけ」
「!」
話を聞いた瞬間、全身が粟立つ。
「す、すみません」
「いいや、今から話そうとしていたのだ」
フェンリル家は千年もの間、狼魔女と戦ってきた。
「千年前、当時の公爵だった男の妻を、狼魔女が攫ったことが戦いのきっかけだったらしい」
フェンリル家の当主は妻を助け、狼魔女に報復した。
「狼魔女に大打撃を与え、勝利した──と、思っていた。しかし、狼魔女は死んでいなかった」
狼魔女は、フェンリル家を恨む。そして、フェンリル家に敵対しはじめた。
「それから千年もの間、私達は狼魔女と戦ってきた」
歴代当主の中でも、ディートリヒ様のお父様は大きな力を持っていたらしい。
「そんな父を喰らい、狼魔女はさらなる力を付け、私達に牙を剥いている」
先月、魔女との戦いで一族の者を、亡くしてしまったらしい。
「今まで一族の者のみ狼魔女と敵対していたが、このままではいけないと思い始めた。そんな中で、奇跡の回復魔法を使うメロディアの噂を聞いた」
「はい」
「だが、私達はこの戦いに、命を懸けている。それでも、我が部隊で共に戦ってくれるか、問いたい」
ドクンと、胸が大きく鼓動した。半端な覚悟では、任務に参加することすら許されないのだろう。
「安心してくれ。もしも、難しい場合は、事務の仕事を手伝ってもらおうと思っている。メロディアが我が第一騎兵部の仲間であることに、変わりはない」
もしかしたら、両親が忠告していた魔女は狼魔女のことなのかもしれない。
私は知りたい。両親が亡くなった事件の真相を。任務に参加することによって、知る権利を得られるような気がしたのだ。しっかりとディートリヒ様を見て、答える。
「私は、狼魔女と戦います」
「本当に、いいのか?」
「はい。実は、亡くなった両親が、魔女と関わり合いがあったようで──」
そう告げた瞬間、ディートリヒ様の青い目が揺れたような気がした。もしかして、何か知っているのか。勇気を振り絞って、問いかけてみる。
「あの、ディートリヒ様、何か、ご存じなのですか? 八年前の、今の時季にあった事故なんです」
「……父が、絡んでいた事件かもしれない。しかしその事件については、一切教えてくれなかった。事件についての詳細も、詳しく公表されていない。伯父上……国王に教えてくれるよう頼んだが、父の遺言で教えることはできないと」
「そう、だったのですね」
やはり両親の事故が起きた日に、何かがあったのだ。
「何が起きたのか、私は知りたいのです。だから、任務に参加させてください」
「わかった。これからは、共に戦おう」
ディートリヒ様は、私に手を差し伸べる。同じように手を差し出したら、ディートリヒ様はそっと手を置いてくれた。強い瞳を向けられて、私は深く頷いた。
傍から見たらお手をした犬にしか見えなかったが、ディートリヒ様の意思は確かに受け取った。