プロローグ 私の愛犬だった大切な存在
──私、メロディア・ノノワールには、忘れられない思い出がある。
あれは、十一年前の雨の日だった。
七歳だった私は、お使いの帰りに茶色い子犬を見つけた。どうしてか水たまりの中にいて、震えていたのだ。
全身泥だらけで弱りきっているように見えたので、私は犬を家に連れ帰った。
勝手に拾ってきて怒られるかなと思ったけれど、両親は嫌な顔をせずに「早くお風呂に入れてあげなさい」と言ってくれた。
湯を沸かし、盥の中で犬を洗う。泥を落とすと、犬が真っ白な犬であることに気づいた。瞳は今まで、しょぼしょぼしていて開ききっていなかったが、海のような美しい青である。
弱り切っていた犬を、私は一生懸命看病した。すると、三日ほどで元気になった。
両親に許可をもらい、犬を飼い始めることにした。『フルモッフ』と名付け、私は目一杯可愛がった。
フルモッフは最初こそ私を警戒していた。けれど、一生懸命看病するうちに懐いてくれて、私が名を呼ぶと「わん!」と返事をする賢い子だった。何をするにも一緒で、お風呂も、眠る時も、遊ぶ時だって離れなかった。
『フルモッフ、私達、ずっと一緒よ!』
そんなことを話していたのに、フルモッフとの生活は一ヵ月ほどで終わってしまった。ぶかぶかだった首輪を外し、逃げてしまったのだ。両親と共に探し回り、迷い犬の張り紙も作って貼って回った。けれど、フルモッフは見つからなかったのだ。
泣いて、泣いて、泣いて泣いた。どれだけ泣いても、フルモッフは帰って来ない。
フルモッフとの突然の別れは、白い布地にインクを一滴垂らしてしまった染みのようにずっと消えてなくならなかった。
十一年経った今でも、白い犬を見かけると、フルモッフではないかと見つめてしまう。この癖は、永遠に治らないだろう。
私のフルモッフは今、どこにいるのか。今も生きていて、幸せに暮らしているのならば、これ以上嬉しいことはないだろう。