1 終わりの女神は終わりたい
更新頻度は週一ぐらいを目指してがんばります。
2018/12/22 行間とか読みやすいように改修
神話 終わりの始まり
まだ、神々がいた頃。
まだ、命に終わりがなかった頃。
一柱の女神が生まれました。
それが、物語の始まり
そして、全ての終わり
さぁ、終わりを始めよう
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「貴様はここまでだ。終わりの女神よ」
私の部屋に押しかけてきた男はそうのたまった。
お客様が来ていると知らせを受けていた私は大急ぎで汚部屋の片付けをしているところで、脱ぎっぱなしの服やら下着やらを腕いっぱいに抱えていた。
ちょうどそんなちょっと人には見せらんない状況の時に、ノックもなしに扉が開け放たれ、さっきの台詞をのたまったのだ。
ちょっと待ってよ。ノックぐらいしてよ。というかレディーの部屋でしてよ。気遣いが足りなくなくて?
混乱している私はさらに重大なことに気がついた。そういえば今超絶にダサい部屋着だ。
首元がだるだるに伸びた白地のTシャツに、「働いたら負け」と味わいある筆跡で書いている。
サイズが合ってないのですごくダボついてるし、股下ぐらいまで覆ってるので下はパンティしかはいてない。っというかブラもしてない。
自らの格好を省みた私は心の中で悲鳴をあげた。ひぇぇ!
「なっ!えっ?その、すまん!」
バタンと力強い音を立てて扉が閉まった。
押しかけ野郎は扉の向こうだ。扉が閉まる直前に見えた男の顔は赤かった気がする。
「その、すまない。準備が出来たら教えていただけるだろうか?」
扉の向こうから声が聞こえた。敬語だ。
ふむ、この惨状をなんとかする猶予をくれるらしい。お言葉に甘えて全力で片付けよう。とりあえず服を着替えよう。
そんなこんなで30分後。私は扉の向こうに声をかけた。
30分でどうにかできるわけがないので基本荷物はクローゼットに押し込んでいる。
見えなければいいのだ。
「お待たせしました。どうぞお入りください。」
極めて落ち着いて、女神らしい威厳のある声で声をかける。
少し下手に出てるのはさっきの惨状を見られているから仕方がないのだ。
声をかけてたっぷり30秒ほどたった。
あら?もしかしてお帰りになってしまったのかしらん?と不安になってると、再び扉がバーンと開け放たれた。
「貴様はここまでだ。終わりの女神よ!」
ファーストコンタクトのときと同じ台詞だ。どうやらさっきの出来事は無かったことにするらしい。
アイコンタクトでその意思を感じ取った私は深く頷く。
「ようこそいらっしゃいました。貴方が、私を殺す勇者ですのね」
煌びやかな椅子に優雅に横座りしながら、落ち着いた私が出せる一番威厳がありそうな声で応える。
勇者は腰にはいた剣を抜く。
吸い込まれるような白い剣だ。
どこか動物の牙を思わせる荒々しさと、何者をも切り裂かんとする鋭利さをまとっている。勇者の剣として名に恥じぬ逸品だろう。
「そうだ、終わりの女神よ。神々を殺し、命に終わりを定めた邪神よ。私は貴様を殺し、過去の穏やかな世界を取り戻す」
勇者は応える。
曇りのない自らの行いは正しいことであると信じ切った瞳で。
いや、それが正しい行いであることは間違いないのだ。なにせ終わりの女神を……私を殺すというのだから。
私は椅子から優雅に立ち上がる。
サラサラと身に纏った白いドレスが流れていく。
ゆっくりと勇者のもとに歩み寄りながら、まるで抱擁をするように両手を広げる。
この心臓を射し貫きやすいように、この命を奪い殺しやすいように
「あぁ、勇者よ。私を殺すものよ」
歩みながら勇者に笑いかける。
勇者の剣が触れるまで近づいて、そっとその剣先を摘み、その切っ先を心臓の位置へ導く。
一押しすれば、その刃は私の心臓を貫くだろう。
予想外の動きだったのだろう、勇者は驚いた顔をして固まっている。
「そして、私の悲願を叶える者よ。あと一押し、少し力を込めれば貴方と私の願いは叶う。」
うっとりとした目で勇者の瞳を覗き込む。そんな驚いた顔しないで。大丈夫あと少し押し込むだけだよ。
でもその前に確かめなければならない懸念事項がある。
「しかし勇者よ。貴方には私を殺す力がお有りか?」
その言葉を聞いた勇者は顔を歪める。
「私にはお前を殺す力がないと、そういうのか」
僅かに怒気をはらむ声。侮られている。そう感じたのかもしれない。
「いいえ、決してあなたを侮ったわけではないの。ただ、私は唯一の死のない、終わりの定められぬ女神。それをあなたに殺すことができて?」
単純な疑問を問いかけるように、落ち着いた声で尋ねる。そして勇者の口から、私が望んでいた答えが出る。
「出来る。出来ると確信したから来た。この刃は神殺し。フェンリルの牙だ」
思わず、にこりと微笑んでしまった。
フェンリル。神殺しの獣。昔、まだ私が生まれる前に、幾人かの神を噛み殺したその牙。
そうか、そうか。やっと、私の願いは叶うのか。
ゆっくりと目を閉じる。その時を待つように。
あとは勇者が一押しするだけ。
ズクリと慣れ親しんだ激痛が走る。
そして私は確かに死んだ。