消せない想いの行き着く先は
お越し下さりありがとうございます。
「ずっと好きでした。私と付き合って下さい!」
な、なんで……。
夕日が世界を茜色に染める放課後。
幼馴染みの美晴を迎えに来た俺は、体育館の中から聞こえてきた、世界で一番聞き慣れた声に衝撃を受けた。
それが美晴の声だったから。
俺に向けられた言葉ではなかったから……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺、桐ケ谷弘樹と秋本美晴は幼馴染み。
誕生日は俺が5月17日、美晴が1日違いの5月18日だ。
家も隣で家族ぐるみの付き合いがあり、物心ついた頃から俺達二人はいつも一緒だった。
あれは確か小学校に上がる前だったか、一緒に公園で遊んでいた時に「わたしねぇ、おおきくなったら、ひろきちゃんのおよめさんになるの」って言ってくれた事、今でも俺は忘れてはいないよ。
小学生になると、自然と同性の友人と遊ぶ事が増え、学校では一緒に居る機会も減った。だけど、家に帰れば俺達はいつも一緒に過ごしていた。
贔屓目なしに美晴は可愛い。
幼馴染みの俺から見ても紛うことなき美少女だ。
普段はポニーテールにしているが、下ろすと腰近くまで伸びた黒髪が一層女性らしさを際立たせ、愛くるしい顔が庇護欲を掻き立てる。
中学生になってから、美晴は度々告白されていたらしい。
本人から聞いた訳ではないが、『人の口に戸は立てられぬ』というくらい、噂というものは望む望まないに関わらず伝わってくるものだ。
そんな噂を聞く度、胸の奥がモヤモヤしていた。
でも美晴に彼氏が出来たという噂は、一度として聞いた事が無い。
中学二年の時だったと思うが、突然美晴が「今日から私と一緒に通ってよ。隣同士だから良いでしょ」と言ってきた事があった。別段断る理由もなかった俺は、それ以降ずっと登下校を共にしている。
もしかしたら、頻繁にされる告白の予防線として、俺の傍にいる様にしたのかもしれない。
でも、それがきっかけで、俺は自分の胸の内にある想いに気付いた。
美晴が好きだ。いや、本当はずっと前から美晴が好きだったんだ。
美晴は俺の事をどう思っているのだろう?
嫌われていない自信はある。
だって、俺の事が嫌いならわざわざ一緒にいようとは思わないだろう。
でも、美晴にとって俺は何なんだろう? ただの幼馴染み、告白の予防線、それとも……。
美晴の気持ちを知りたい! だけど、この関係を壊したくない。美晴に拒絶されたら……そう思うと、一歩を踏み出す勇気が無かった。
高校生になって1年余り、その後も何度か告白されているらしい。でも、彼氏が出来たという話はいまだ聞かない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日も玄関先で待っていると、間も無く隣から美晴も出てきた。
「弘樹、おはよう!」
元気な挨拶に返事をして、一緒に学校へ通う。学校へは徒歩15分の道程だ。
家を出て住宅街の中をしばらく歩くと、駒根川の土手に差し掛かる。この土手を上流に向かって歩けば、俺達が通う菱成高校の校舎が見えてくる。ちなみに校庭は土手を挟んだ河川敷に有る。
土手を二人並んで歩く。先週まで満開だった桜並木はもう完全に散ってしまい、すっかり葉桜となっている。
「ふっふふ~ん」
今日も美晴はご機嫌だ。トレードマークのポニーテールが振り子のように揺れている。何がそんなに楽しいのか、今日も満面の笑みだ。
高校二年になった現在、美晴の身長は158cm、体重は秘密だそうだ。
中学生になった頃は俺も美晴と同じくらいの身長だったが、あれから一気に背が伸びて、今では俺の方が20cmも高い。
「なあ、美晴」
「なあに?」
美晴が振り向く。笑顔が可愛い。
「何でいつもそんなに嬉しそうにしているんだ?」
「だって弘樹と一緒にいられるんだもん。毎日幸せだよ!」
これ以上無いって程の満面の笑みに見惚れてしまった。俺だって幸せだよ。でも……俺はもっと、今以上の幸せを感じたい。
美晴は笑顔を俺に向けて喋りながら歩いている。よそ見ばかりして転んだりしなければ良いのだが。
美晴は勉強の成績は良いのに、天然と言うかどこか抜けてるところがあるからな……。
その時、美晴の進行方向に大きな石ころがあるのが目に入った。美晴は喋る事に夢中で、全く気付いていない。
朝から転んで怪我なんてさせようものなら、美晴の母親に……ではなく、俺の母ちゃんに大目玉を喰らいかねない。
母ちゃんは、美晴を猫可愛がりしていて「本当の娘だったら良かったのに~」と堂々と言い放つくらいだ。それだと俺が困るのだが……。
やれやれ、仕方ないな。
美晴の腕をギュッと掴む。
「え? 弘樹、何する……きゃあ!」
何とか間に合って、美晴の転倒は免れた。
「ほら、よそ見してるとまた転ぶぞ。足挫いたりしてないか?」
引き起こした美晴の顔が、目の前15cmのところにある。
必然、美晴と目が合う。
「うん大丈夫……。弘樹、いつもありがとう」
美晴は頬を染めながら言ったが、俺だって絶対に赤くなっている。通学途中の男女が見つめあっている構図、何だか照れる状況だなと思っていると……
「おうおう、お二人さん今日もお熱いねぇ」
「いいなあ、美晴ちゃんには桐ケ谷君がいて」
「今日も夫婦でご出勤かい?」
「朝から見せつけてくれるね~」
「おのれリア充爆発しろ!」
俺達の横を通り過ぎる同級生から冷やかしの声が聞こえてくるが、まあこれはいつもの事だ。
別にイチャイチャしているつもりは無いんだが……最後の誰だ!
そんな日常をこなしている内に校門を潜り、昇降口へ。
「弘樹、今日も一緒に帰ろうね~~!」
美晴が向日葵のような笑顔で俺に言い、先に教室へ向かった。校舎に入ると一定の距離を置くんだよな……。なんだか寂しい気もする。
他に好きな男でもいて、俺と一緒にいるのを見られるのは嫌なんだろうか? やっぱり俺は、美晴にとってただの幼馴染みに過ぎないのかなぁ……。
美晴はクラスメイトと挨拶しながら愛想を振り撒いている。あの笑顔にコロッと逝く奴が後を絶たないらしい。
そういえば、昨日の昼休みにも美晴は屋上へ呼び出されていたな。また告白されたのか……これで何人目だよ。
正直に言って煩わしい!
このまま誰か他の男に美晴を持っていかれるのを大人しく見ている場合じゃない。
俺は3年も前から、いや、もっとずっと前から美晴の事を、幼馴染みとしてではなく女性として好きなんだから……。これまでの幼馴染みという関係よりももっと確かな関係、ハッキリ言えば恋人になりたい。
もう、この気持ちは抑えられない。
今日こそ、今日こそは美晴に告白するんだ。それで……来月の誕生日を『恋人として』祝いたいんだ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
放課後、サッカー部の練習を終えた俺は、校庭の隅にある部室棟の前で美晴を待つ。
中学生の頃から俺はサッカー部、美晴はバスケ部に所属している。
普段は片付けをしている間に、美晴が校庭まで迎えに来るのだが、今日に限って一向に姿が見えない。
左腕に嵌めたデジタル時計を見ると【18:07】と表示されている。
まだ部活、終わってないのか? このまま待っていても埒が明かないので、バスケ部の部室がある体育館に行こう。
河川敷のグラウンドから土手を上れば、体育館が見える。
あれ? 体育館の中は真っ暗だ。一つも灯りが点いていないし、バスケットボールが弾む「ダムッ、ダムッ」っていう音が全く聞こえない。
もう部活は終わったのか? とにかく体育館まで行ってみよう。
体育館の入口に差し掛かる。
物音ひとつ聞こえないが、まだ入り口は開いていて誰かが残っているようだ。
中を覗き込むと重厚な鉄扉の少し開いた隙間から、バスケコートの中央に俯き気味に立つ美晴の姿が目に入った。
なんだ、居るじゃないか……。
射し込む夕日がまるでスポットライトを当てたかのように、美晴だけを照らしている。制服を着ている事から、もう部活は終わっているのだろう。
中に入って声を掛けようと思い、靴を脱ぐ為にしゃがんだ時だった。
「ずっと好きでした。私と付き合って下さい!」
体育館の中に響き渡る声。
え……。
美晴の声だった。
もう10年以上聞き続けてきた声だ。
聞き間違える筈がない。
な、なんで……。
どうして美晴が俺以外の男に告白なんて。
美晴も俺の事を好きでいてくれると信じていたのに……。
俺が勝手にそう思っていただけなのか。
体育館の中は薄暗くて、相手が誰なのかわからない。だけど、美晴の正面に誰かが立っているのは見える。その周囲にも幾人もの人影が居る事も、ぼんやりとだか見えた。
これじゃあ……まるで公開告白じゃないか。
なんで……なんでなんだよ!
ハァハァ、ハァハァ……。
呼吸が浅くなる。過呼吸にでもなったみたいだ。
不意に目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。よろめいた俺は、鉄扉に頭をぶつけてしまった。
その時、中にいる美晴がこちらに振り向き、
――目が合った。
「あっ、弘樹?」
美晴は俺に気付くと気まずそうな顔をしてから、少しはにかんだ。
何なんだよ、その反応は。
何でそんな平然としていられるんだ。
嘘だ! こんなの嘘に決まってる。
こんなの……こんなの聞きたくなかった。
でも、聞き間違いじゃない。確かに美晴の声だったし、この状況は疑う余地もない。
これが現実なのか……。
胸の奥からサーッと熱が失われ、凍りついていくような感覚。
「ごめん。不味いところに来ちまったみたいだな。俺、先帰るわ……」
精一杯の言葉を絞り出すと、俺は逃げだした。
校舎の前を全力で駆け抜け、土手を上る。
「弘樹ぃ、待ってよ、待ってってばぁ!」
後ろから美晴の声が聞こえてきたが、何も聞きたくない。
駒根川の土手を、無我夢中で走り続ける。住宅街に入っても走るのを止めず、辿りついた自宅の門を通り、玄関ドアを開けた。
「あら、弘樹お帰り……あんた、顔色悪いけどどうしたの?」
母ちゃんが何か言っているがどうでもいい。無言で自室に駆け込みドアの鍵を掛けると、ベッドに倒れ込んで頭から布団を被った。
――あれは夢だ。
――悪い夢なんだ。
美晴が他の男の事を好きだなんて、悪い夢に決まってる。
でも……
聞いてしまった。
美晴の告白を、俺は聞いてしまったんだ。
美晴と共に過ごしたこれまでの人生を思い出すと涙が溢れてくる。
美晴は俺じゃない他の男を選んだんだ。
祝福なんてしてやるもんか。
こんな……こんなのって無いよ。
「ぐ、ぐうぅ……」
泣くもんか、泣いてやるもんか。
だけど涙が止めどなく溢れてくる。
ドンドンドンッ!
その時、俺の部屋のドアを叩く音が聞こえた。
『弘樹、話を聞いて! 誤解なの。私の話を聞いてよ!』
美晴が来たのか?
なんで今更……他の男に告白なんてしておきながら……。
ずっと一緒に生きてきて、いつかは両想いになれると心のどこかで信じていた。
でも、美晴には好きな奴がいたんだ。
無性に腹が立ってきた。
「うるさい!」
『弘樹! 話を聞いて、お願い!』
「うるさいって言ってんだろうが! 帰れ! もう二度と来るな!」
枕を思いっきりドアに投げつけた。
蕎麦殻がぶつかる鈍い音が響いた。
何が誤解だ。
今さら何を話すって言うんだ。
ふざけるな。
告白の相手と宜しくやればいいだろ。
ずっと、ずっと好きだったのに……美晴との未来を思い描いていたのに……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドンドンッ!
また部屋のドアを叩く音が聞こえる。
『弘樹、早く起きな! 朝だよ。学校に遅れるよ』
母ちゃんの声が聞こえる。
もう朝か……。
俺はあのまま寝てしまっていたんだ。
昨日俺は、告白すらさせてもらえないまま失恋したんだ。結局、俺の想いは一方通行だったっていう事か。
ドアを開けると、心配そうな顔をしている母ちゃんがいた。
「弘樹。朝ご飯出来てるから、早く食べて学校に行きなさい」
「ごめん、母ちゃん。何も食べたくない」
「あんた、昨日美晴ちゃんと何かあったのかい? 美晴ちゃんに聞いても自分が悪いんですってそればっかりだし」
「……何でも無いよ」
美晴は他の男に告白して、俺の事なんて何とも思ってませんでした、なんて言える訳ないじゃないか。
学校に着いて二年二組の教室に入る。
美晴は先に登校していたらしく、もう席に着いていた。
席が離れているのが救いだ。
授業中もチラチラ美晴の視線を感じる。
昨夜は誤解って言っていたけど、誤解って何だよ。一体何の弁明が有るってんだよ。俺の目の前で他の奴に告白しておいて、よくそんな事が言えるよな。
休み時間に美晴が俺のところに来たが、無視した。とても気持ちの整理なんて出来る訳がない。口を開こうものなら罵声が飛び出してきそうだったので、無言で机に突っ伏して過ごした。
放課後、俺は部活をサボり帰る事にした。
顧問には、同じ部の奴に体調が悪いので休むと伝えてもらう事にした。
一人で歩く駒根川の土手。
これからは一人で歩くんだ。
美晴は俺じゃない誰かと……一緒に帰るんだ。
翌日の昼休み、俺は顧問の先生に呼び出された。
とてもじゃないが部活なんかやる気になれず、中学生の時から続けてきたサッカー部を辞めた。
退部届を渡した時は顧問の先生も驚いていたが、何か察してくれたようで受理してもらえた。
美晴も、もう俺のところに来る事はなくなった。
あれから一週間。
美晴のあの告白を聞いてしまってから一週間経った。やっと気持ちの整理もついて来て、美晴が他の誰かに告白した事を受け入れられるようになってきた。
でも、この一週間、俺は一度も笑ってない。
笑えないんだ。
美晴がいつも隣にいて、危なっかしくて気が気で無くて、それでもあいつが笑ってくれたら俺はいつも笑顔でいられた。
だけど、もう俺の隣に美晴はいない。美晴の告白を断る男なんていないだろう。あんなにも可愛いのだから……。
きっと美晴は告白した相手と付き合っているのだろう。
――美晴が俺以外の誰かと寄り添い帰っていく。
――美晴の笑顔が俺以外の男に向けられる。
そんなのは見たくない。
そんな光景を見て冷静で居られるのか、俺は自信がない。
ああ、もうこんな事考えたくない。
気付けば、既に放課後になっていた。帰ろうと思い教科書や筆記用具を鞄にしまっていく。ムシャクシャして頭を掻き毟った時だった。
「ヒロくん」
「ん?」
話し掛けてきたのは、小学校から同級生の岡田佐知子だった。佐知子だけ、昔から俺の事を『ヒロくん』と呼ぶ。
「サッちゃんか……」
美晴ほどではないが小さい頃、佐知子ともよく遊んだ。
美晴の『可愛い』と対照的に、佐知子を形容するなら『綺麗』という言葉が良く似合う。深淵のようなストレートの黒髪、少し冷たさを感じさせる切れ長の瞳、スラッとしたスタイルでまさに日本美人という風貌だ。美晴よりも背は高く、165cm位ある様に見える。
「ヒロくん。美晴ちゃんと何かあったの? あれだけいつも一緒にいた夫婦だったのに、この一週間全然話もしてないんじゃない?」
触れて欲しくない事に触れられて、無性に腹が立つ。
「何にもねーよ、それから夫婦でもない。……大体なぁ、そんなこと言ったら彼氏さんに悪いだろうが!」
「え? 彼氏って……美晴ちゃんに彼氏? ウソでしょ?」
佐知子は心底驚いたという顔になった。
「先週、告白の場所に居合わせちまったんだよ」
「相手は誰?」
「暗くて見えなかった」
薄暗かったし、確かめる余裕も無かったしな……。
「本当に美晴ちゃんが告白したの?」
「そうだよ! 疑う余地もなくこの目で見たんだよ。この耳で美晴の告白を聞いちまったんだよ!」
俺の言葉を聞いた佐知子は、眉間にしわを寄せて考え込む様な素振りの後、急にモジモジし始めた。
「じゃあ、ヒロくん。……私の……彼氏になって!」
「はい?」
何言ってんだ? この女は。さっきまで涼しげに俺をからかっていたと思ったら、急に頬を赤く染めやがって……。
「だから、私と付き合ってって言ってるの」
「だから何でだよ」
「だって悔しくない? ヒロくん、ずっと美晴ちゃんの事好きだったんでしょ? でも美晴ちゃんはそうじゃなかった」
「ハッキリ言うなよ。これでも傷付いてるんだから」
分かっていても、言葉にされると傷つくんだよ。
「だから~、美晴ちゃんが居るから言えなかったんだけど……私、ずっとヒロくんの事好きだったんだよ。私と付き合ってみない? お試しでも良いから、ねっ!」
必死だな、おい……。
「勝手にしろ」
「じゃ決まりね。早速だけど、一緒に帰ろ!」
「……」
「はい、沈黙は『肯定』と見做します」
佐知子は俺の手を取り、引っ張るように歩きだした。細くて冷たくて、ギュッと握ったら折れてしまいそうな手だな……。
昇降口で靴を履き替えると、佐知子は再び俺の手を握ってきた。
――佐知子は、美晴を忘れさせてくれるだろうか。
――忘れる事が出来たら、どんなにか楽になれるのだろう。
このまま佐知子と付き合うのも、悪い事ではないのかな? どうせ美晴は俺の事なんて……。
そのままずるずると流された俺は、毎日下校を佐知子と共にした。
金曜の夕方、土手の途中で別れる場所に差し掛かった時、佐知子が自信無さそうな表情で言い出した。
「ねえ、ヒロくん」
「ん?」
「明日デートして欲しいの。見たい映画があるから、一緒に行ってくれない?」
「ああ、わかった」
佐知子とデートか……。
翌朝、待ち合わせの場所に現れた佐知子は白いワンピースに身を包んでいた。
佐知子ってこんなに可愛かったんだ。想像をはるかに上回る美しさに、俺は思わず見惚れてしまった。
「何なに? ボーっとしちゃって。もしかして彼女に見惚れてた?」
「ああ、凄く似合ってるよ」
そう言った瞬間、佐知子の顔が急に赤くなった。
「ほら、行くわよ! 時間に遅れちゃう……」
電車に乗り、隣町のショッピングモール内にある映画館に入る。土曜日なのに、そんなに混んではいなかった。
何か初デートでアクション映画っていうのも微妙な感じだな。だけど、佐知子なりに俺を元気付けようと考え、この映画を選んでくれたのだろう。
映画は、封印されし遺跡の鍵をひょんなことから手に入れた主人公が、道中で出会ったヒロインと共に遺跡に突入し、追手を掻い潜りつつ最後は財宝を手に入れ幸せに暮らすというストーリーだった。
なぜ遺跡内にゾンビが沢山いて、主人公達に襲いかかってくるのかは疑問だったが、なかなか面白かった。
その後、食事を済ませたファミレスを後にし、街を歩くと公園に差し掛かった。
「ヒロくん、あのベンチでお話していかない?」
「ああ、いいぞ」
公園の階段を並んでおりている時、佐知子が階段を踏み外し転びそうになった。
「キャッ!」
咄嗟に佐知子の右腕を掴み引き寄せる。
佐知子は慌てて俺にしがみついた。
「ごめんなさい」
「あ、ああ……」
”ごめんなさい”だって?
美晴だったらこんな時、満面の笑顔で『ありがとう!』 と言うだろう。
何なんだ、この違和感は……。
「ヒロくん……?」
佐知子が心配そうに俺を見つめている。俺は佐知子の腕を掴んだままだった。
「ああ、すまん。何でもない……」
「ヒロくん、今日はありがとう。私、嬉しかった」
佐知子はそう言うと目を瞑り、口を少し突き出している。
これってキスしろって事なのか?
佐知子の両肩に手を掛け、ゆっくり引き寄せる。
もう少し……もう少しで佐知子の唇に触れる。
佐知子とキスして
佐知子と付き合って
佐知子との未来を思い描く
これで良いんだろうか……
~~ ダメ!! ~~
「!!」
何だ、今のは?
頭の中から美晴の声が聞こえた様な気がした。
そして、美晴の泣き顔が脳裏に浮かぶ。
何でそんな悲しそうに泣くんだよ、美晴。俺を振ったのはお前の方だろ? それとも、まだ何か言いたい事があるとでも言うのか!
「ヒロくん?」
思わず、佐知子から顔を背けてしまった。
「……やっぱり」
佐知子の声が聞こえた。
気まずいな……。
「もういいだろう? 俺は帰るぞ」
この空気に耐え切れなくなり、歩き出した俺の背中越しに、佐知子の声が聞こえてくる。
「ヒロくん、ごめん。私達別れましょう」
「……」
「やっぱり私じゃ美晴ちゃんの代わりにはなれなかったみたい……。ヒロくん、ずっと寂しそうだったものね」
俺が向き直ると、佐知子は諦めたような表情で語り出した。
「キスもしてくれないなんて……。でも、お試しじゃ仕方ないか」
「……」
時折吹き抜ける風に佐知子の黒髪が靡く。
髪を押さえながら佐知子は話し始めた。
「私ね、ヒロくんを試したんだ」
そうなのかな、とは思っていた。
「傷ついたヒロくんに付け込んだのよ。今なら私の事好きになってくれるかな、美晴ちゃんへの気持ちを振り切って、私と真剣に向き合ってもらえるのかなって。
でも、ダメだった。私には……いいえ、世界中の誰でも、ヒロくんと美晴ちゃんの間には割り込めないって分かってしまったわ」
ため息をついた後、佐知子は続ける。
「でもさ、やっぱり私、美晴ちゃんがヒロくん以外の人と付き合うなんて信じられないのよね。
誤解って事本当に無い?
美晴ちゃんとしっかり話したの?」
佐知子は、俺の目をジッと見つめている。
観念した俺は正直に答える。
「……してない」
「やっぱり……。ヒロくんが見たっていう告白は、本当に告白だったの? ちゃんと確かめたほうがいいんじゃない?」
「そうかもしれないな」
「あれからバスケ部の子に聞いてみたんだけどね。美晴ちゃん、ずっと一人で寂しく帰っていくそうよ」
美晴が一人で……何でだよ。
彼氏が出来たんじゃないのかよ……。
「それ、本当か?」
「こんな事、嘘つく訳ないじゃない。美晴ちゃんが誰かと付き合い始めたんなら、あんなに辛そうな顔してるかな……。
私が言えた義理じゃ無いけどヒロくん、最近美晴ちゃんの顔見てないよね。
声も聞いてないわよね。
あの子の気持ち考えてみた事ある?」
「……」
何も答えられない。
さらに佐知子は続ける。
「そもそもよ。美晴ちゃんの彼氏とやらの姿を、その後一度でも見たの?」
「……見てない」
そうだよな……。考えてみれば美晴が男と一緒に居る所なんて一度も見ていない。いくら目を背けていたって、美晴の姿が目に入れば自然と目が向いてしまう。
それなのに一度も男の影を見ていないって事は……初めからそんな奴は存在しなかった?
もしかして俺の勘違いなのか……だとしたら俺は美晴になんて事をしてしまったんだ!
「はいはい、君は好きな人のところにすぐに行きなさい。ちゃんと誤解を解くのよ」
佐知子はため息を吐いてからやれやれといった感じで言うと、シッシッと野良犬でも追い払うかのように俺を家の方向に追いやった。
最後に見た佐知子の顔はまるで泣いているかのようだった。
川沿いの土手を、佐知子に言われた事を思い返しながら一人歩く。
――美晴が一人寂しく帰っている。
――美晴に彼氏なんて出来ていない。
俺は、とんでもない勘違いをしていたのだろうか。
土手を下りると、やがて俺の家が見えてくる。でも、今俺が向かうのはその隣、美晴の住む家だ。
しかし、美晴の家は真っ暗で外灯さえも点いていない。
誰もいないのか……念の為呼び鈴を押したが反応は無い。美晴、どこに行ってるんだよ!
仕方ない。一度自宅に戻って帰ってくるのを待つしかないか。
自宅の門を通って玄関ドアを開ける。
「ただいま」
「お帰りなさい、弘樹くん」
「!!」
家に帰りついた俺を迎えたのは、美晴の母親の美由紀さんだった。
「弘樹くん、ごめんなさい。美晴が弘樹くんを傷つけたって今日知ったの」
「おばさん……」
美由紀さんの後ろから、美晴が俺の前に出てきて口を開いた。
「弘樹……ごめんなさい。私、こんな事になるなんて思ってなくて……ごめんなさい」
そう言うと美晴は泣き出してしまった。
美晴を泣かせているのは俺だ……。
「おばさん、ごめんなさい。きっと俺も美晴を傷付けていたと思います。美晴と二人で話をさせてくれませんか?」
泣き崩れた美晴の肩に手を添えて、美由紀さんの答えを待つ。
「……いいわよ。しっかり話をして頂戴。おばさんは洋子さんとここで待ってるから」
リビングの奥にいる母ちゃんも俺を見て頷いた。
「ありがとうございます」
美晴を連れて階段をのぼり、俺の部屋に入る。
床に正座しようとする美晴の手を引いてベッドに座らせ、俺も隣合わせてベッドに腰掛ける。
美晴は声を押し殺すように泣き続けている。
――美晴が泣いている。
――世界で一番大切な人が泣き続けている。
「……美晴」
もう泣かないでくれ。
気が付けば、いまだ泣き止まない美晴を抱きしめていた。美晴の体、こんなに小さかったんだ。
「うわーん、弘樹ぃ、ごめんなさいぃ!」
とうとう声をあげて泣き出してしまった。
さらに強く抱き締める。
美晴が泣き止むまで、ずっとこうしていよう。
「弘樹。もう大丈夫」
美晴は手で涙を拭いながら言った。
「美晴、話をしよう。俺達きっと誤解だらけだ」
「……うん」
「何でこんな事になっちまったんだろうな……」
「私が悪いの。あんなところで……」
「あの時の告白は何だったんだ?」
本当にあれは告白だったのか?
「あれは……あの時の告白は練習だったの。ずっと前から好きな人に告白する為の練習だったんだよ」
「好きな人って?」
「弘樹に決まってるじゃない」
そうか、よかった……。だけど、疑問は残る。
「でも、何であの時あそこで練習なんかしてたんだ? 周りにも大勢人がいたよな」
「あれはみんな女バスの子達だよ。一年生の子にね、聞かれたの。いつから桐ヶ谷先輩と付き合ってるんですかって。
それで……付き合ってないよって答えたの。
みんな私達はとっくに付き合ってるって思ってたみたいなんだけど、そうじゃないのなら……」
美晴は気不味そうに目を反らした。
「何だ、言い辛い事か?」
美晴は溜め息をついた後、覚悟を決めたかのように話し始めた。
「そうじゃないんだけど……うん、はっきり言うね。弘樹に告白したいっていう子がいて……そんなの嫌だから、私が告白するって言ったんだ。そしたら、誰かがリハーサルしようって言い始めて、私も引っ込みつかなくなっちゃって……その時に弘樹が」
「そうだったのか。美晴が誰かに告白した訳ではなかったんだ……」
良かった……俺の誤解だったんだ。ホッとした。
「当たり前だよ。私が好きなのは弘樹だけだもん」
「それで弘樹の方は? あれから佐知子ちゃんと仲良いよね。弘樹が佐知子ちゃんと手を繋いで帰るところ、私見ちゃったんだ。
もしかして……付き合ってるの?」
美晴が不安そうに見つめてくる。
「さっきフラレた」
「そっか、やっぱり付き合ってたんだ……」
美晴は肩を落とした。明らかにガッカリしている。
「付き合うって言っても、手を繋いだだけで他には何もしてないぞ」
美晴は俺をジッと見つめている。
「サッちゃんは俺の事を好きだと言ってくれた。だけど俺を試したとも言っていた」
「試した?」
「俺がサッちゃんを好きになれるかどうか」
「……」
「それと、俺が美晴を今でも好きなのかどうかを試したと言ったんだ」
「……うん」
美晴は絞り出すように答えた。
「美晴、聞いてくれ。俺はお前のいない人生なんて考えられない。そんなの有り得ないんだ。この2週間で、お前がどれだけかけがえのない存在なのか身に染みたんだ。生きてる心地がしなかった……」
「それは……私もだよ」
俺はベッドから降りて床に土下座した。
「美晴、早とちりした俺が悪かった。許してくれ!」
これでもかって程額を床に押し付ける。
「許してくれ!」
「弘樹、止めて! 頭を上げて!」
美晴が慌てて寄り添ってきた。
「弘樹のせいじゃないよ、悪いのは私なんだよ」
「いや、俺が悪い。俺が勝手に勘違いしたせいで美晴を苦しめてしまった」
そうだよ。勝手に勘違いして……悪いのは俺の方じゃないか! 美晴、本当にごめん。
「それは私も同じだよ! 私だって弘樹に辛い思いさせた」
「いや、お前は悪くない。俺が勝手に決め付けて逃げ出したんだ」
その結果、どれだけ美晴を傷付けてしまったか……。
「もうやめて。こんなの嫌だよ。もう何も喋らないで!」
その時だった。
唇に柔らかいものが触れた。目を瞑った美晴の顔が至近距離にある。目尻には水滴が宝石のように輝いて見えた。
~ 人生初のキス ~
今、俺は美晴とキスをしている。
美晴の背中に両手を回し、そっと抱き締めた。美晴が愛おしい。重ねた唇はそのままに、右手で美晴の頭を撫でる。
華奢な美晴をギュッと抱きしめる。
「ううっ、弘樹ぃ、苦しいよぅ……」
「あっ、すまん。つい感極まってしまって……大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
そのまま少しの間抱きしめ合ってから、落ち着いた俺達はもう一度ベッドに座りなおした。
ただ、さっきと違うのは、俺の左手と美晴の右手は指を絡めて握られている。所謂『恋人繋ぎ』だ。
「なあ、美晴」
「ん?」
「俺さぁ、不安だったんだ。美晴が頻繁に告白されているのを知ってから、いつか誰かと付き合ってしまうんじゃないかって。それで誰かに取られるくらいなら、ハッキリ告白して俺の恋人になって欲しいって、そう思って告白しようと思って……あの日、体育館で」
「そうだったの……」
そう言った美晴の顔は不安が浮き彫りだ。でも、俺はもう迷わない。
「俺はお前が好きだ。
俺と恋人として付き合ってくれないか?」
「私で良いの?」
「で、じゃなくて美晴が良いんだ。美晴じゃなきゃ嫌なんだ」
「うん、私も弘樹じゃなきゃやだよ」
「それじゃ、返事は?」
「私を弘樹の彼女にして下さい」
この言葉をずっと聞きたかった。本当に嬉しい。嬉しくてたまらない。
「美晴、俺とずっと一緒にいてくれ」
「うん!!」
美晴はとびきりの笑顔で答えてくれた。
もう二度とこの笑顔を離すもんか。
俺達はもう一度キスをした。
1階に下りると母さんと美由紀さんが待っていてくれた。
「どうやら仲直り出来たみたいね」
繋いだ右手を慌てて離す。
「あらまあ、前よりも仲良くなったんじゃない?」
「美由紀さん、ウチの息子と嫁をからかわないでいただけますかしら」
「いえいえ、洋子さんこそウチの娘と旦那さんをイジるのはやめて欲しいですわね~」
母親達にからかわれる。嫁とか旦那とか、絶対この二人ふざけているよな……。
でも随分心配掛けたと思うし、謝ろう。そう思って美晴を見ると、美晴も同じ事考えていたみたいでコクリと頷いた。
「母ちゃんもおばさんもすいませんでした!」
「御心配をお掛けしてすみませんでした」
ピンポーン
その時チャイムが鳴った。
「あら、誰か来たみたいね」
母ちゃんが玄関に向かう。
「弘樹ー、あんたにお客さんよ」
俺に客? 誰だろうと思って玄関に向かう。
そこには大勢の女子がいた。その中でも一際背の高い子が俺に話し掛けてくる……。
「桐ケ谷君、突然お邪魔してごめんなさい。私、女子バスケ部部長の堀口って言います」
「はあ、どうも……」
堀口さんは言いずらそうにしているが、女子バスケ部か……。
「あの……秋本の告白の事で。あの時、秋本の向かいに立っていたのは私なの。男に告白してたんじゃないの。信じて!」
へえ……あの告白練習の時、美晴の前に立っていたのはこの人だったんだ。でも練習だったんだしな……。
「……ああ、その事ですか。もう済んだ事ですよ」
俺は穏やかに答えた。
すると堀口さんは、見る見るうちに顔が青褪めていった。
「え……。そんな、それじゃ秋本の気持ちは……」
「美晴の気持ち?」
「私の口からは言えない。けど、もう一度秋本と話をして欲しいの。このままじゃ秋本が可哀そう」
後ろの方ですすり泣く声まで聞こえる。
「ん? 何を言ってるんですか?」
「だって……」
「堀口先輩、ちょっとごめんなさい」
そう言って、堀口さんの脇から少し小柄な女の子が前に出て来た。
「一年の三崎友紀と言います。
桐ケ谷先輩、この度は申し訳ありません! 私のせいなんです。私があんな事言ったから美晴先輩もムキになって……それであんな事に……。
でも私、美晴先輩と桐ケ谷先輩の仲を引き裂きたかったんじゃないんです。お願いします。美晴先輩ともう一度だけ話をしてあげて下さい!」
そう言って三崎さんは頭を下げた。この子は一体何を言ってるんだ?
ああ、そうか! そう言う事か……。
「君達、ちょっと待ってもらえるか?」
誤解を解くにはこれが一番だろう。誤解なんて、もうまっぴらだ。
「美晴。美晴、ちょっと出て来てくれ」
すると、気まずそうな顔をした美晴が廊下から顔を出した。
「美晴。話は聞いていたな?」
「うん……」
美晴の肩に手を回してバスケ部の面々に向き直った。
「みんな、心配させてすまない。けど、俺達はこの通り大丈夫だ。俺も勝手に決めつけて、美晴には悪い事したと思って反省してる。今はもう元通りだよ」
「ちょっと弘樹、恥ずかしいよぅ」
美晴が俺の胸に手を当てて突き放そうとするが離さない。離すもんか! バスケ部の面々が口々に良かった~と言っているのが聞こえてくる。
「それから、君。三崎さん!」
俺は、三崎さんに言わなければならない事がある。
「はい」
三崎さんは俺の前に立ち、真剣な顔をしている。
元はと言えば、この子の発言から始まった事なんだな。文句の一つも言ってやろうか……いや、違うな。この子にも悪気なんて無かったんだろう。
それなら俺が言う事は……
「俺に好意を持ってくれたのは凄く嬉しい。とても光栄に思うよ。だけど、俺は美晴なしの人生なんて考えられないんだ。君の気持ちに応えられなくてゴメン」
「はい。振られちゃったのは残念ですけど、桐ケ谷先輩が思った通りの誠実な人で良かったです」
三崎さんも笑顔で返事をしてくれた。そんな三崎さんの肩に、堀口先輩が手を添える。
「なんか、私達の出る幕無かったね……。まあ安心出来た事だし、これで失礼するよ。ああ、秋本、部活出て来てくれると信じて待ってるよ。それじゃまた来週学校で!」
そう言った堀口先輩を先頭に、バスケ部の面々は帰って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月曜早朝。
俺と美晴が土手を高校に向かって歩いていると、佐知子が道の端に佇んでいた。
「あらあら、夫婦喧嘩は終わったみたいね」
美晴は耳まで真っ赤になっている。
一応礼は言っておくか……。
「サッちゃん。色々ありがとうな」
「何の事かしら? 私は私のしたいようにしただけ。
ヒロくんに感謝される様なことは何もしてないわよ」
佐知子は涼しげな表情をしている。だけど、傷付けてしまったよな。せめて礼だけでも。
「それでもありがとうよ、感謝してる」
「ま、良いわ。勝手に感謝してなさい」
フフッと佐知子が微笑む。
「佐知子ちゃん、私も……ありがとうね」
美晴も佐知子に礼を言った。
「あなたにも感謝される筋合いは無いわ。それにヒロくんの初彼女は私よ。残念だったわね」
佐知子が意地悪な笑みを見せる。それを見た美晴の頬が膨れた。
「何も無かったくせに……良いもん! 弘樹のファーストキスは私が貰ったんだから!」
「ちょっ、お前、何言ってんだよ!」
慌てて美晴の口を塞ぐ。
「あらあら、お熱い事で。でもね美晴ちゃん、これだけは言っておくわ。ちょっといい?」
佐知子はそれまでの微笑から一転して、真剣な表情に変わると美晴を手招きした。俺はどうすれば……。
「あ、ヒロくんはそこで待ってて」
「ヘイヘイ」
俺はお呼びでないってか……。
佐知子は、美晴を引っ張って10mくらい離れた。美晴に何か変な事吹きこむんじゃないだろうな……。
それから俺からは聞こえないが、少し会話があって、佐知子は微笑しながら先に学校へ向かって歩き出した。
「おい、美晴。サッちゃんに何か変な事言われなかったか?」
「うん。大丈夫」
「何を話していたんだ?」
「えへへ。内緒!」
そう言った美晴は、俺の手を取り学校へ向けて歩き出した。
美晴の笑顔が眩しい。今まではそれが当たり前だと思っていた。だけど失いそうになってその大切さに気付かされた。
繋いだ手に、ほんの少し力を込める。
俺はもう二度とこの手を……美晴を離さない。
『 消せない想いの行き着く先は 』
【 Fin 】
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