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2月14日 バレンタイン PM 15:30 ~放課後~

 「トシ君……」

 「初鹿さん……」


 そうして、僕達は放課後を迎えていた。告白のチャンスは刻一刻と減るばかり。一方僕の方はというと、まだ最後の謎が解けていなかった。問題なのは、どうやってチョコを机の中から消し去ったのかの方だ。そこで僕は立ち上がると、初鹿さんを見た。彼女も焦っているのか、じれったそうにもじもじとしている。


 「……決着をつけてくるよ」

 「なら、私も――」

 「――いや、大丈夫」


 ここまで来たら、あとは出たとこ勝負で行くしかない。


 「それより、もう時間がない。初鹿さんこそ大丈夫? っていうか、上坂先輩の居場所とか分かる?」

 「……一応家なら知ってるけど……それに、私帰宅部だから時間だってあるし……」

 「よかった。なら、告白の準備に移って」

 「えっ? ト、トシ君……それって……? 」


 僕がそう言うや、相変わらず初鹿さんは照れ屋なのか顔が真っ赤になって俯いてしまった。……うん、こういう内気な女の子も可愛いかも。だから、そんな彼女のためにも進むことにしようか。


 「今しかないと思ったんだ。だって、最後のチャンスだから……」

 「そっか……でも、ありがと。私、嬉しい……えへへ」


 蕩けるように微笑む初鹿さん。なんだろう、この胸の奥に迫る感覚は。彼女はなんだかとっても綺麗で魅力的で……


 「……明日の朝、吉報を待ってるからね」

 「うん! ……その、期待してて……いいよ!」


 それを振り払うように僕は初鹿さんを応援すると、真っ直ぐに3年生のクラスへと向かっていた。






 そして、僕は再び先輩たちを訪ねていた。教室で窓を背にした3人組を睨み付ける。学ランに愁いを帯びた表情の……たぶん上坂先輩だ。鍛え上げられた身体に精悍と言っても過言ではない顔立ちをしている。そしてその両隣。左側にいるのが腕を組んで厳しい表情を隠そうともしない水禅院先輩。そして右側にいたのは、今時珍しいロングスカートの持ち主だった。傍らのペットボトルの紅茶をラッパ飲みしている。


 「……飛んで火に入る夏の虫ってやつか。おい、ビビってないでさっさと入れ」

 「失礼します」


 ――益子麗(ましこれい)先輩だ。


 僕が教室に入った瞬間、勢いよく扉が閉められ鍵までかけられてしまう。先輩たちのクラスメイトの仕業のようだ。だけれど、特に口を挟むつもりはないらしく、こっちに冷たい視線を向けてくるばかり。


 「しけたツラしてんなお前は。こんな奴に追い詰められるなんて……水禅院、テメエなに腑抜けた真似をやってんだぁ?」

 「それは仕方ないと思いますよ? だって水禅院先輩は……高潔な人ですから」


 僕がそう言うや、水禅院先輩が驚いたような顔をした。そんなに意外かな? でも、僕は実際会ってみてそう思ってる。なにしろ――


 「水禅院先輩はチョコを消した犯人ではありません。もし犯人なら、昼休みの時にさっさと僕を叩き出していたでしょうから……」


 だって今日はバレンタイン。1年で最も告白に向く日なのだ。言い換えれば、今日一日だけ謎を守り切って上坂先輩に告白してしまえばいいだけの話。もし水禅院先輩が犯人なら、僕達と話すなんてありえない。最初から力業で叩き出せば良かったのだから。


 それをしなかったのは……高潔な先輩が、形だけとはいえ助けを求める後輩を見捨てられなかったからなわけで。


 「そもそも、水禅院先輩が登校してきたのは上坂先輩と同時。席に着く上坂先輩の目の前で初鹿さんのチョコだけを盗むのは不可能です」


 ……ニヤリ、と益子先輩が笑った。声にこそ出してないものの、その生き生きとした表情は明らかに面白がっている。


 「ははぁ? なるほど、確かにちっとばかし知恵は回るようだが……所詮は浅知恵だ」


 そこで益子先輩はようやく立ち上がると、ツカツカと僕に歩み寄ってきた。


 「まったく残念だ。もう少し知恵が回るんなら、あたし達がこき使ってやったのに――」

 「麗、言葉に気をつけなさい」

 「だがな……こいつ、本当に手足を動かすくらいの知能しかないんだぜ? だってこいつ……このあたしを疑ってる(・・・・・・・・・・)んだからなァッ!!」


 同時に机が軋む轟音がクラスに響き渡り、後ろから悲鳴が聞こえてくる。益子先輩が本性を剥き出しにして机を蹴り飛ばしたのだ。驚くことに、木製の机には大きな罅まで入っていて――


 ……僕も突然の凶行にまったく反応できなかった。その隙に益子先輩は僕の胸倉を掴むや、頭突きを食らわす勢いでメンチ切ってきたのだ……!


 「あァァ!? テメエ舐めんじゃねえぞッ!! よりにもよってこのあたしをチンケなメンヘラ女と一緒に扱うだぁ? いい度胸だ、タダで済むと――」


 こ、怖い……。怖いよこの先輩……!? これって目をつけられたって事だよね!?


 「――思ってませんッ! それに、失せ物も見つけましたからッ!」


 僕は必死でどうにかそう叫んでいた。あまりの怖さにそれが限界だった。


 「なら出せッ! 出しやがれッ! このふにゃちん野郎!!」

 「ゴミ箱(・・・)です! 焼却炉にもトイレのゴミ箱にもッ! 消えたチョコはありませんでしたッ! あとはこの教室のゴミ箱の中だけ――」


 ――口にしてから気付いたけど、まだ手元に残してる可能性もある。その場合、僕はタダでは済まされないわけだけど……まずい。内心が焦りでいっぱいになってしまう。その隙を突くように益子先輩は――


 「知るかテメー! っていうか、あそこは生ゴミとかも入ってっから近づかない方がいいぞ!」


 ――視線を逸らして貧乏揺すりしていた。この人、嘘つけないタイプの人だ。あ、後ろで水禅院先輩が頭痛を堪えるように額に手を当ててる……。


 「なんでゴミ箱なんかの中身を知ってるんですか……!」

 「や、やめろって! マジ汚いから! これはホントだからッ!!?」


 そんな制止を無視して僕は、教室の奥のゴミ箱を盛大にぶちまけていた。うわぁ、確かに上に詰め込まれた紙ゴミからは異臭が漂っている。だけれど、だ。後ろから羽交い締めにしてくる益子先輩を強引に振り払うと、僕は躊躇なく紙くずの中に手を突っ込んで……それを見つけ出していた。


 そう、初鹿さんが愛情込めた……茶色く、紅茶色に汚れたチョコレートだ。


 それを見た瞬間、僕はもう怖くなんてなくなっていた。代わりに湧き上がってきたのは、拳が震える怒りだけ。そうして、僕は前を見た。ようやく犯人を糾弾できるのだから。


 「あなたは……最低の屑ですッッッ! バレンタインの女の子の気持ちを踏みにじって……いくら何でも酷すぎますッ!!! もっと他に方法があったでしょう!!! 初鹿さんに謝ってくださいッ! 上坂先輩(・・・・)ッッッ!!!」


 そう。それが初鹿さんのチョコを隠した犯人なのだ。


 「待て! 明はこの件に関係ない――」

 「――大ありですッ! だって、益子先輩が犯人なら、水禅院先輩がはったりに反応するはずがないんです! そもそもお二人は犬猿の仲であり……にもかかわらず水禅院先輩が益子先輩を庇った理由は1つだけ! 上坂先輩を(・・・・・)庇っているからです!」


 そう。確かに益子先輩は初鹿さんの後にチョコを入れたけど……その後は人の少ない教室で席に座っていたのだ。つまり、益子先輩にも犯行は無理だ。となれば、答えは1つ。チョコは消えてなど……いなかったのだ。


 ……この場に初鹿さんを連れてこなくて良かった。だって、こんなのって……ないよ。フラれるならまだしも……ゴミ扱いするなんて……!


 「このドチクショウがッ!!! 地獄に落ちろッッッッ!!!」


 涙すら浮かべた僕の絶叫に、教室は静まりかえってしまった。上坂先輩は静かに目を閉じて考えている。益子先輩はばつが悪そうに明後日の方向を向いていて、水禅院先輩は――


 「――ねぇ、あなた。そんな屑なら、どうしてこの馬鹿女が惚れたと思うんですの?」

 「え?」


 優しい目で僕を見ていた。まるで聞き分けのない子供を宥めるような……そんな視線で。あ、あれ? よく考えれば、そんな屑ならどうして水禅院先輩が味方を……?


 待って!? 何かがおかしい!? 水禅院先輩は間違ってない。僕は何か、とんでもない見逃しをしてたんじゃないか?


 「俺がこんな酷いことをしたのにはわけがある」


 そこで、ようやく最後の容疑者が口を開いた。とても静かな、それでいて力のある声だった。


 「むしろ、それが目的だった」

 「……どういうことですか?」

 「手酷く振るのが目的だったんだ。初鹿香織……あのストーカー(・・・・・)には、そうでもしないと通じないから……」


 は、初鹿さんがストーカーだって!? そんな、そんなことは――


 「あたしも5時間目にクソ委員から話を聞いて、どうにかして真相を伝えようとしたんだ。でもお前……いい奴なんだな。お前の友達はあたしが探ってると知るや、誰一人として連絡先を教えようとしなかったんだぜ?」

 「あの時、あなたはわたくしにこう言いましたわよね? どうして僕の隣の子が初鹿さんだと分かったんですか、と。その言葉、そっくり返しますわ。初鹿さんは、どうして私が一度も会ったことのない恋敵の水禅院だと分かったのかしら?」

 「あ、そ、それは……」

 「水禅院、あんな気違いにさん付けすんな」


 あぁぁぁぁッッ!! そうだ、さっき初鹿さんはなんて言った!? ”上坂先輩の家なら知ってる”!? どうして!? どうして帰宅部の彼女が、全く接点のない上坂先輩の住所や行動を知ってたんだ!?


 「しつこく付きまとう彼女に何度もやめろと言ったよ。でも駄目だったんだ。あの女、何を言っても妄想で自分の都合の良いよう解釈してしまい、話が通じない。それどころか、夜になると部屋の窓を叩くんだ。何度も何度も、朝が来るまでずっと……」

 「うちらでやれることはやった。でも無駄だった。挙句の果てに力を貸してくれた水禅院にまで嫌がらせを始めて――」

 「――教師陣に話を通しても駄目。保護者に話をしても駄目。だから、こうするしかなかったのですわ」


 ……あぁ、先輩のクラスメイト達が敵意を向けてくるわけだ。僕は……僕は……何をやってんだ? 女の子にカッコつけたくて、ストーカーの片棒を担いでいただけじゃないか。これじゃあ地獄に落ちるのも謝るのも、僕の方だ……。


 「だからといって、あなたが恥じる必要はありません」

 「水禅院先輩……?」

 「あなたはただ、可哀想な女の子のことを想って動いただけ。堂々と胸を張っていれば良いのですわ」

 「先輩……」


 不覚にも胸が熱くなる中、唐突にスマホが着信を告げた。やむなく中座して取り出せば、知らない番号が表示されている。誰だろう。


 『おっすー! トシ君の電話で良かったかなー?』

 「た、高村さん!?」

 『そうですよー。まったく、授業終わると初鹿さんは帰っちゃうし、トシ君はすぐにどっか行っちゃうし』

 「あぁ……うん、それには深いわけが――」

 『――それで、チョコは見つかった?』


 言葉に詰まった。どうしよう……こんな時、僕はなんて答えればいい?


 「……見つからなかったよ」


 追い詰められた僕はそう答えていた。だって、先輩たちに迷惑をかけたくないから。だけど高村さんは特に気にした風でもなくて。


 『そっか。……あのさ、トシ君。明日ちょっと早く学校に来れない?』

 「え? 大丈夫だけど――」

 『――大事な話があるんだ。だから8時に教室に来て! それじゃッ』


 同時に切れる通話。無意識のうちに番号をアドレス帳に登録したところで、ようやく思考が追いついた。


 ………………え? それって?






 「トシ君……ごめんね? 呼び出したりしちゃって――」

 「――大丈夫! そんなことより、こんな時間に呼んだって事は……」


 翌朝、僕はおよそ考えられる限りのお洒落をして、高村さんと二人きりになっていた。高村さんは艶やかな唇を震わすように笑っていて、僕の心臓も跳ね上がりそう。


 「……うん。実はバレンタインのお礼、なんだけど」


 僕はもう天にも昇るような心地で、恥ずかしそうに笑う高村さんを見ていた。頑張って生きてきて……良かった――


 「はいっ!」


 そこで高村さんはくるりと反転するや入口の方を見た。思わず僕は目が点になっていた。呆気にとられながらも向けた視線の先には何もなくて……


 「ほら!」


 高村さんが外に向かってそう言うなり、彼女は現れた。それはもう憑き物が落ちたように清々しい表情の……初鹿さんだった。雰囲気が違うのは化粧をしてるからかな?


 …………あ、バレンタインのお礼ってそっちか。見れば初鹿さんの手には、夢敗れた証の予備チョコが。もちろん本命の印たるキスマークも無し。あぁ、うん、まぁ、そんなことだろうと思ってたよ。あれだけ苦労して、お下がりの義理チョコ一つ。…………ちくしょう。


 そうして、落ち込んだ僕の前に透き通った笑みを浮かべた初鹿さんが立ち塞がったのだ。


 「トシ君……これ、チョコレート。もちろんキスマークはついてないよ」

 「あぁ、ありがと。うん、嬉し――」

 「――だって、ここにつけるって決めてたから……」


 疑問を挟む隙もなかった。初鹿さんの両腕両足が蛇のように僕の身体に絡みつき、柔らかな感触を伝えてくる胸と唇が僕の同じ所へ押しつけられ……


 「……ちゅ……んふ……トシ君……好き……大好き……あなただけは……私を見てくれる……」


 キスされた。同時にネットリとした舌が僕の口に素早く入り込み、そのせいで話すことさえままならない。だけれど……あぁ、残酷なことにそれだけは見えてしまったのだ。


 「うんうん。それじゃあ、邪魔者は退散するねー。イチャイチャも程々にな!」


 体温を交し合う僕達を見ると、満足そうに高村さんは立ち去っていく。え? なんで高村さんどっか行っちゃうの? 僕のこと……なんとも思ってなかった……? そう言えば上坂先輩は言ってた。ストーカーは自分の都合の良いように解釈するって。


 ……違うんだ高村さん! 僕が本当に好きなのは――


 そう言おうとした所で、痛みと共に首がグキリと音をたてた。目の前の彼女が、僕に無理矢理自分を見させたのだ。そうして、紅色の唇を開き――


 「――これで、あなたには私だけ……」


 あぁ、なんてことなんだ……。これ以上ない痛恨の、バレンタインの失敗(バレンタインズ・ミス)だ……。


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