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2月14日 バレンタイン AM 8:28 ~朝礼前~

 神様、ありがとう。


 僕が喜びのあまりクラクラしそうになってるのにはわけがある。今日、僕が母校たる水上(みなかみ)中学校2年2組に登校するや……なんと、クラスの人気者にして僕も密かに想いを寄せている高村さんが話しかけてきたのだ。しかも、焦った表情で頼りたいと言わんばかりに!


 普段は取り立てて目立つタイプではない僕にとって、憧れの高村さんとお話しできるだけでも貴重なチャンス。だから、内心の喜びを隠しつつ大儀そうに席に座って荷物を置くと、真面目な、そして密かに鏡に向かって練習したカッコイイはずの顔を作って、彼女の方に意識を傾け……


 「聞いてよトシ君っ! 初鹿(はつしか)さんのチョコが消えちゃったの!?」


 その事件に首を突っ込むことを決心する。2月14日、全ての中学生が喜びと悲しみに踊る日にそれは発生した。バレンタインの主役たる女の子、その気持ちのこもったチョコレートが消えてしまったという。


 だから僕は、高村さんにいいところを見せたいというのもあって、消えたチョコレートの行方を捜すことにしたのだ。




 ともかく、僕は残りの朝のホームルームまでの時間を使って、状況を確認することにした。今にも泣き出しそうな被害者と一緒に一旦教室を出て人気の少ない場所に向かうと、彼女に向き合ってみる。


 「えっと、確か初鹿……」

 「初鹿香織(はつしかかおり)です。えっと、トシ君でいいのかな?」


 ……そういう彼女の表情は暗い。


 もちろんバレンタインにチョコが消えたという大事件の被害者なんだからというのもあるんだけど、それだけじゃない。初鹿さん自身が暗いのだ。……僕が即座にクラスメイトのフルネームを思い出せなかったのは、決して僕がお馬鹿さんだったわけじゃなくて、初鹿さん自身がとても目立たない女の子だからだ。


 身長は150㎝くらいだけど、化粧っ気のない顔立ちはそばかすが残っていて、長く伸びた前髪が瞳ごとそれを隠してしまっている。僕と話す時もどこかオドオドとした態度で、視線があっちこっちに向かっていた。とても内気な子なんだろう。


 だから……あまり交流の無い僕に話しかけられず、クラスの中心の高村さんを通してきたのかな。失せ物探しは、僕の数少ない特技だし。


 「それで……えっと、どこから話せば……」

 「最後にチョコを見たのはいつ?」


 失せ物探しの基本が、これ。これを確認しないと、無駄足を踏む羽目になっちゃうから。失せ物探しが得意……つまり、物をよくなくす僕が言うのだから間違いない。


 だけども、こんな簡単な質問にも初鹿さんはたっぷり3分もかけてしまった。少しだけ焦ってしまう。まずい、そろそろホームルームが始まって……


 「実はね……私、好きな人がいるの……」


 ……というわけだった。なるほど、話すのに時間がかかるわけだ。


 「でも……上坂先輩は……とても人気がある先輩なの。だから、誰よりも早く渡そうと思って、学校の正門が開くと同時に駆け込んだんだ」


 上坂先輩、名前だけは知ってる。確か陸上部の先輩で、県大会とかにも出てる有名な人だ。


 「その時に……誰もいない廊下でチョコのラッピングを確認したのが最後だと思う……」

 「うん。それでその後は?」

 「……上坂先輩の教室はまだ誰も来てなかったから、職員室の先生にお願いして開けてもらったの。予め先輩の席は調べてたから、後は机の中にこっそりチョコを入れて……そこで急に恥ずかしくなってお手洗いに隠れちゃって……」

 「それじゃあ……」

 「でも……お手洗いは上坂先輩のクラスのすぐ近くだから……。緊張で胸が爆発しそうで、鏡の前で深呼吸したりして心を落ち着けていて……その間に誰かが教室を通る気配はなかった、と思う」


 つまり、チョコはその時点で上坂先輩の机の中に入っていたってわけか。


 「その後、足音が聞こえてきた。それで私、お手洗いから出られなくなってしまって……」

 「あぁ、うん。上級生ばっかの場所だもんね」

 「それもあるけど……それ以上にチョコの行方が気になったの。だから、暫く手洗い場から教室の中の様子を探ってた。幸い、お手洗いからなら、扉が開けっ放しの教室の中は見えたし……」


 そこで初鹿さんは両手で顔を覆ってしまった。まるで誰かに呪われてしまったと嘆くように。だけども、すぐに両手は取り払われて……僕は思わずギクリとしていた。初鹿さんは怒っていたのだ。しかも、まるで相手を祟り殺してやると言わんばかりの、赤く充血した目で。


 「そうしていう内にあの女がやって来たの」

 「あの女?」


 漂い出す不穏な空気。若干引き気味の僕に対し、初鹿さんは気付かなかったようで、そのまま一気に捲し立てた。


 「上坂先輩と同じクラスの益子先輩。あのガラの悪い人。……実は益子先輩も上坂先輩の事が好きみたいなの。それで、益子先輩もチョコレートを上坂先輩の机に入れていた。私、隠れて見てたから間違いない。そしてあの女は自分の席に戻ると、後はひたすらソワソワしながら挙動不審になってた。


 その時には時間もだいぶ過ぎていて……徐々に先輩のクラスの生徒も登校してきて……ついに上坂先輩もやって来た。別の女と一緒に、だけど」

 「それは……」


 思わず僕は口に出してしまっていた。上坂先輩、凄い。女の子3人に好意を寄せられるなんて……。


 「水禅院千代(すいぜんいんちよ)っていう……トシ君知ってる? 物凄いお金持ちの家の、性格の悪いお嬢様なんだけど……」


 ……聞いたことくらいはある。変わった名前だから覚えてた。水禅院先輩は実家がとんでもないお金持ちなのと……物凄く厳しい事で有名だったはず。確か風紀委員長だったかな。1ミリでも校則を破ったら問答無用で処罰を下す、それはそれは恐ろしい先輩だとか、反抗する生徒に対しては容赦なく実家の権力を盾に圧力を加えてくる……とか。


 幸い僕は風紀違反なんてしないから、縁がないけれど。


 「前途多難なことに、あの水禅院までも上坂先輩に言い寄ってるみたいで……その朝も上坂先輩と一緒に登校してきた。教室に入るやいなや益子先輩が慌てて2人の間に割り込んで、後れを取りかえそうとばかりに話し始めて。でも、そうしていると……水禅院がいきなり皆の前で上坂先輩にチョコを渡したの。


 私、驚いて頭が真っ白になってしまって……。でも、それは私だけではなかった。先に来ていた益子先輩もなの。焦った益子先輩は慌てて自分の方が先にチョコを渡したと主張してた。それで上坂先輩が改めて自分の机に手を入れて。


 だから、私も出て行こうとしたの。だって、本当に最初にチョコを渡したのが誰なのか……すぐに分かると思ったから。ところが……私のチョコは何故か机から出てこなかった……! おかしいよね? 真っ先に私が入れたはずなのに!」


 いつの間にやら、初鹿さんは興奮したのか僕に縋り付くように食ってかかっていた。その充血した瞳のあまりの迫力に思わず腰が引けてしまう。


 「その……単に上坂先輩が手前に入ってた益子先輩のチョコに気を取られただけ、とかは?」

 「ありえないよ!? だって上坂先輩、益子先輩のチョコを見つけた後も確かに机の中に手を突っ込んで探してたの! つまり、私のチョコは何処かへ消え去ってしまったんだ! あの益子か水禅院の手によって……! だから私、慌ててクラスに戻って……そこで思い出したの。トシ君が前にクラスでなくなった物を一瞬で探し出したのを……! お願いトシ君っ! 何でもお礼はするから、どうにかして上坂先輩が帰ってしまう前にチョコレートを見つけ出して!?」






 4時間目の授業終了のチャイムを聞きながら、僕は事件のことを考えていた。消えたチョコレート、奇妙な話だ。だけども……実はこの時点で大体の結末が分かっていたりする。


 だって、チョコは自分で勝手にいなくなったりしない。だから、誰かが初鹿さんのチョコを移動させたんだ。確かに初鹿さんは教室を覗いていたけど……それはクラスに人が増えれば増えるほど見えにくくなるはずで。まして、チョコを移動させた犯人も上坂先輩の机の近くにいたわけで……


 「……あの、トシ君」

 「あ、初鹿さん」


 ちょうどチャイムが鳴り終わったぐらいのタイミングで、初鹿さんがやって来ていた。だけれど、もちろんその手にお弁当は握られていない。代わりにギュッと制服の胸元を掴んでいて……あ、結構胸大きいんだ初鹿さん……


 「それで、進捗はどうかな?」

 「…………進んでないよ」


 とっさに取り澄ました僕の言葉に初鹿さんはがっくりと肩を落としてしてしまう。なんだか申し訳ない気分だ。でも、朝に状況を教えてもらった時は、あの後すぐにホームルームが始まってしまったからチョコを見つける時間なんてなかった。


 「でも、大体の見当はついてる。だから……一緒に探しに行こ?」

 「……!? わ、分かった。よろしくお願いします……」


 ニコリと笑う初鹿さん。こうしてみると……結構可愛らしいのかもしれない。


 「でも、その前に1ついい?」

 「……? なにかな?」


 ……だから、これを伝えるのは正直不本意だ。きっと彼女は……いや、ほかのどの女の子もそうだと思うんだけど、間違いなく悲しむ。


 「……予備のチョコとか持ってたりしない?」


 ……チョコは自分でいなくなったりしない。ということは、誰かが移動させたんだ。つまり、誰かは初鹿さんのチョコを上坂先輩に受け取られては困るということで。となれば、初鹿さんが気持ちを込めて作ったチョコは既に処分されてしまっているはずで……


 「あ、大丈夫だよ。念のために予備のチョコも用意してあるし……」


 だけれど、今回は初鹿さんの愛情が勝ったみたいだ。初鹿さんがいそいそとバッグから取り出したのは、綺麗にラッピングされたハート型のチョコレート。シンプルな白色の包装紙に赤色のリボンがきゅっと結びつけてある。よく見ればリボンも赤一色ではなくちょっとずつピンク色にグラデーションしていて、本命なのは一目瞭然だ。


 「朝机に入れたのも、これと同じ?」


 何気なく確認すると、返事が返ってこない。不審に思って顔を上げると、何故か初鹿さんは真っ赤になっていた。その唇が何かを言おうと震えては、しかしきつく結ばれてしまう。


 ……ここでは言いにくいことなのかも知れない。そういえば、周りの女の子達がチョコと聞いて聞き耳を立てているような気も……


 「場所、変えよっか」

 「あ、ごめん」


 そうして、大人しい彼女の手を引っ張って連れ出していた。とはいえ、昼休みの時間は少ない。だから、僕達は3年生の教室にほど近い視聴覚室へとやって来ていた。思った通り、この時間だから誰もいない。


 「……トシ君。さっきはありがとう」

 「ううん。僕の方こそ、無神経だった」


 チョコをギュッと抱きしめた初鹿さんは、ほっと胸をなで下ろしていた。そのまま僕達は適当な椅子に座って向かい合う。


 「さっきの話だけど……実は1つだけ予備のチョコと本命のチョコじゃ違うところがあるの」


 黙って僕は頷いた。


 「このチョコはそのままだけど……本命には……これがついてるの」


 そう言って初鹿さんが取り出したのは……口紅だった。思わず胸が跳ね上がる。それは、赤にほんの少しだけピンクを混ぜたような肉感的な大人の色をしていたのだ。思わず生唾を飲み込んでしまう。口紅がチョコに付くってことは……


 「……その、キスマーク……ってこと?」

 「……う、うん。今朝……そうした方がいいかなって……思って……」


 なんて……なんて大胆な……! 視線が勝手に初鹿さんの唇に吸い寄せられてしまう。今はしてないのか、色素の薄い唇は恥ずかしいのか少しだけ噛みしめられていて……


 「それで……何か分かった?」


 ハッとなってしまう。そうだ、こんな所で呆けているわけにはいかない。僕には心の女神の高村さんが、彼女には心の男神の上坂先輩がいる。よそ見している場合じゃない。


 「つまり、一目で本命と分かるチョコってことだよね? そうなると……最悪チョコは見つかっても……」

 「……そっか。もしチョコが故意に隠されたとしたら、きっと捨てられてるって事だよね?」


 ……その通りだ。僕が視線を逸らして頷くと、彼女は内心を押し隠して笑って見せた。


 「……そう……だよね」

 「……どうする? 一応僕の方で探してみるけど……告白するなら予備のチョコを……」

 「あ……うん。そっちは大丈夫。それより……トシ君、お願いがあるの。私、悔しい。だから……」


 ……犯人を見つけて? 言われなくてもだ。第一このままじゃ高村さんに胸を張って報告もできないよ。なんとかして、愛を告げる彼女(バレンタインズ・ミス)の仇を取らないと……!


 「任せて。既に心当たりは付いているから」


 ……あの時チョコレートを移動できた人間は限られる。後は直接話を聞くだけだ。


 「益子先輩と水禅院先輩に話を聞きに行ってくる。初鹿さんは……」

 「連れてって」


 頷く彼女の前髪の向こうの瞳は座っていた。女の子って強い。






 かくして、僕達は覚悟を決めて3年生の教室に足を踏み入れていた。


 なるほど、上坂先輩の席は教室の左奥に位置していて、初鹿さんが隠れていたトイレからは最も遠い位置にある。これなら生徒が登校してきて犯行が見えなくてもおかしくはない。そしてその席の近くには……ゴミ箱がある。


 「あ……上坂先輩がいない」

 「昼休みだから、別の場所で食べてるのかな? あるいは購買とか……」

 「……うん。たぶん購買だと思う。上坂先輩、いつもお昼は購買でパン買ってるから」

 「あら、下級生かしら? 何かご用?」


 そこで女の先輩が僕達に気付いたのか声をかけてくれた。和人形を思わせる長い黒髪に、意志の強そうなアーモンド型の瞳。色白の唇は僕達を怖がらせないようになのか、優しいカーブを描いていて……そこで背後の初鹿さんが呻いた。


 「水禅院……先輩」

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