過去の過ち(4)
とある名門国立大学の前に夕夏はいた。出てくる学生はみんな若くてキラキラしていて呆気にとられてしまう。
あの日、夏樹にお願いして和人の大学を教えてもらった。結局、勇気が出ずに教えてもらってから2週間も経ってしまったけれど、今日こそ昔のことをしっかり謝りたいと思って来た。
しかし、想像以上の大学生の爽やかさに、自分と比べてしまい肩を落とした。
「なにしてんだストーカー」
気怠そうに睨みつけてきたのは和人だった。前回はそっちが私の職場の近くで待ち伏せしていたくせに、と喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「話がしたくて」
ついてこい、ということなのか無言で歩き始めた。向かった先は大学から二駅の喫茶店だった。
「俺、今日バイトあるからさ。ここ、バイト先の近くの喫茶店なんだよ」
ああ、なるほど。
和人はアイスコーヒー、夕夏はホットミルクティーを頼んだ。
飲み物が届いてからも沈黙は続いた。早く話始めなきゃいけないのに、なんと切り出せばいいのか分からない。
「和人…昔から頭良かったけど、やっぱりいいとこの大学に入学していたんだね、びっくりしたよ」
「そんな話がしたかったの?」
結局、和人から言わせてしまった。
「…ちが、う」
けど。 わざわざ掘り返してまで謝ることなのだろうか。和人は私のことを恨んでいて、思い出すのも嫌かもしれないのに。私に会うのだって本当はすごく嫌なのかもしれないのに。プレゼントもらったくらいで浮かれて、誤って少しでも和人との時間を取り戻せたら、だなんて。虫が良すぎる話だ。
夕夏は、俯いていた顔をあげて和人の方を見た。
和人の……笑顔が好きだった。無邪気に笑って喜んでくれる笑顔がとても好きだった。もう一度見たいなんて願ったらいけないだろうか。
「和人…私、今日は謝りたくて来たの。和人に酷い言い方をしてしまったこと。ずっとずっと、後悔してた。だけど、和人はきっと私のことなんか忘れて元気にやってるだろうって思ってた。それなのに私のことたくさん覚えてくれてて、私は和人のことを何も知らないって思った。もし…もし、可能ならあの頃の愚かな私を許してほしい。もう一度あの頃の時間を取り戻したいの。和人のことを知りたいの。たくさん教えてほしいの。…だめかな」
全て言い終わった後に顔が熱くなった。なんて事を言っているんだ、私は。話まとまってなさすぎるし、そもそも自分のことを一生許さないって言ってきた彼に、いくらなんでも図々しすぎる。
「…すぐには難しい」
そうだよね、と夕夏は返す。
当たり前だ。それなのに少し涙が出そうになるなんて、どこまで私は自分勝手なのだろう。
「どうして俺に許してほしいの?罪悪感を消したいから?」
「違うよ。和人はこういう言い方嫌うかもしれないけど、やっぱり私…和人が大切なの」
それに対しての返事はなかった。しばらくして「じゃあそろそろバイト行くから」と二人分のお会計を済ませて出て行った。
泣きそうになるのを必死に堪えて唇を噛み締めた。自分が悪いんだ、と何度も何度も責め立てた。
夕夏はふらつきながらも立ち上がりお店を後にした。
帰り道、一人で見上げた青空は小さく見えた。
いつの日だったか、和人をつれて家族でピクニックに行ったことがあった。迷子になった和人を探し回り、転んで膝を怪我した和人を見つけた。慰めようと何を言っても泣いていた和人に、「寝っ転がってみて」と二人で芝生に寝転んで青空を見た。
「人と見る青空ってとっても広くて大きく見えるの。夜空は何倍も綺麗に見える。…ちっぽけなことなんて忘れちゃうくらい」
夕夏は和人の手をギュッと握った。
「昔からね、大きな空を見ると悲しいことも辛いことも全て忘れられたんだ。だから、和人がいつでもこの青空を見られるように、私はこの手を離さない」
そんなことを和人に言っていた私が見上げる空はなんて狭くて小さい青空なんだろう。苦しい、夕夏はそう思った。
和人に抱く“大切”という気持ちが少しずつ変わり始めていた。