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あなたがいれば私は。  作者: 浜辺 琴乃
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そして、愛




 〈体調は大丈夫?〉


 大島からの連絡はあの夜、一昨日の食事の後きたが、なかなか返せずにいた。夕夏は身体を起こし実家に行く準備をした。

 長く深い溜息を吐くと、大島に“大丈夫です!心配かけてごめんなさい”と送って家を出た。



 家族で食事なんて久しぶりだし、今日は考えるのをよそう。明後日の31日は大島と会うのだから、それまでにしっかりしなくては、と背筋を伸ばした。



 夕夏の家からバスで20分ほどのところに実家はある。あえてなるべく近いところ越してきたのだ。いつでも帰れるように。



「ただいま〜」

「あ、姉ちゃん!遅いよ」



 玄関まで小走りでくる夏樹。

 ふと足元にある夏樹や両親の靴の中に一足、見たことないものが入っていた。男物の靴だ。



「誰か来てるの?」



 夏樹は何も答えずに「はやく!」と急かしてくる。

 夕夏は首を傾げ不思議に思いながらも靴を揃えてリビングへと入った。


 中のソファーでくつろぐ和人の姿があった。その光景は、まるで10年前に戻ったかのようだった。



「…よう」

 和人が軽く手をあげる。

「あ、うん…お邪魔します」

 夕夏も続けて軽く会釈。



「お邪魔しますって、夕夏さんちでしょ」



 久しぶりにみた和人の笑顔だった。

 それに「夕夏さん」って…。

 夏樹の前だから気を遣っているのだろうか。そもそも再会してからは「あんた」とか「お前」とかで名前は呼ばれていなかったような。



「夏樹!あんたは手伝いなさい」



 キッチンから母の声が聞こえ慌てて夏樹は行ってしまった。リビングに残された2人。何を話していいのかわからず、夕夏は窓の外を眺めていた。

 その沈黙をやぶったのは和人だった。



「この家…変わらなくて落ち着く」

「え?家具とか2年前くらいに一気に変えたよ」

「うん、それはわかる。でも…匂いとかおばさん達の雰囲気とか居心地の良さとか、全部。あの頃のまんまだ」



 和人はこの家が好きだったんだなと思った。きっと和人には帰りたい家はないのだろう。和人は孤独だ。昔も今も、その目は時に孤独になる。笑っていても、寂しい顔をしている。



「ここは…和人の家でもあるんだよ」

「……またそういうこと言うのかよ」



 ふわっと笑った今度の笑顔には、寂しさは感じられなかった。




 食卓に豪華な母の料理が並ぶと、両親と夏樹、それから和人と5人で乾杯をした。全員お酒を飲める歳になっていることがなんだか感慨深い。私はもう26のおばさんだけど。



 話題は和人の話が多かった。引っ越したあとはどうしてたとか、そんな話だ。夕夏はそんなことに何1つ興味はなかった。気になるのは、和人の彼女である“舞”という女のことだった。




「あら、もうお酒無くなっちゃった。氷もないわ。ごめんね夏樹、買ってきてくれる?」

「あ、お母さん。私が行くよ。夏樹はさっきも準備手伝ってたし」

「ほんと?結構重いし1人じゃ大変よ」

「俺も行きます。お世話になりっぱなしじゃあれなんで」



 和人は立ちあがってそういった。何度か断ったが譲ろうとしなかったため、2人で行くことになった。近くのスーパーまでは片道10分ほどだからそんなに苦じゃないのに。



「ありがとね。なかなかのしつこさで折れちゃった」

「夕夏さんみたいっしょ」



 2人きりで夕夏さんと呼んでくるとは思ってもいなく、思わず照れて何も言い返せなかった。


 少し沈黙が続く中、それを破ったのは和人だった。



「彼氏、できた?」

「どうして…?」

「少し前に見かけた。歩いて時に」

「そうなんだ。うん…付き合ってる。職場の人。まだ付き合い始めだけどね」

「そのネックレスもその人から?」



 夕夏は首元のティファニーのネックレスを見た。そして頷く。



「…そっか」


 少し、和人の顔が暗くなった気がした。その時、居酒屋での和人の言葉を思い出した。


 ー「再会した時に気づいたんだよな、俺。振られてから8年間ずっと憎んでたと思っていたこの気持ちは…まだ、あいつを好きな気持ちだった」ー


 あの日以来、夕夏の頭の中は和人で埋め尽くされて行く。やっと大島で埋まっていったばかりだったというのに。


 だから…聞かなくちゃいけない。もう一度はっきり振ってくれたらもう何があってもこんなことにはならないもの。


 それをどのタイミングで聞けばいいのか悩んでいた。



 買い出しを終えて家に帰ると少し飲み直してから両親は先に寝にいってしまった。三人で飲んでいると夏樹が突然言った。



「姉ちゃんの卵焼き食いてえ!」

「いいけど…」



 素直に喜んでいる夏樹の隣で、和人の顔が曇った。もし、本当に彼女に気を遣って私を振ったのなら。私の卵焼きを食べて少しは何か話してくれるだろうか。その一心で夕夏は卵焼きを作り、食卓に並べた。


 すぐに箸をつける夏樹と、なかなか食べようとしない和人。



「お前姉ちゃんの卵焼き大好物だったじゃん。食わねーの?」

「…食べる、けど」

「けど?なに?」

「いや食べるよ」



 一口、二口。

「…うまい」

 そう言った和人の表情は今まで見たことのないものだった。


 夏樹の携帯が光り「やば。彼女に呼び出されたからちょっとだけ出てきていい?」と言って足早に出て言った。


 また2人きりになる。今日三度目だ。さすがにもうなにを話したらいいのかわからなかった。



「あのさ、和人」

「…ん」

「卵焼き美味しかった?」

「うん、すげえうまかった」

「…舞さんのとのどっちが?」



 目を見開く和人。

 それもそのはずだ。名前なんて和人から聞いたことがない。それでも夕夏は続ける。



「この前和人と友達が居酒屋で飲んでて話しているのをたまたま聞いちゃったんだ。ごめんなさい。盗み聞きするなんて趣味悪いし気持ち悪いのはわかっているけど、私はどうしてもそこから離れられなかった」


 和人は黙って俯いている。


「和人…私と舞さんの卵焼き、どっちが美味しかった?」

「……舞の卵焼き」

「嘘」

「嘘じゃない」

「嘘だよ」

「なんでだよ」



 そんなの。そんなの。そんなの。

「私が和人を好きだから」

 決まってるじゃない。



 もうその時の夕夏には大島はいなかった。



 今日、思い知らされた。

 和人のことがやっぱり好きだと。


 だからもう一度告白して振ってほしい。そしたらもう…忘れるから。



「まじで…ふざけんな」


 怒っている…というより、困って悲しんでるような声だった。


「何のために俺が…!!!もう…無理」


 深いキスをされた。強引で激しくて、それなのに優しくて温かい。胸が苦しくてドキドキして、息が止まってしまうかと思った。



 和人が覆い被さるような体勢になる。


「好きだった。出会ったときからずっと、好きだった。長くて綺麗なこの髪の毛を何度も触りたいと思ってた。細くて白いこの腕を何度も掴みたいと思ってた。綺麗なこの体を何度も抱きしめたいと思ってた。再開して相変わらず俺はあんたが…夕夏さんが、好きで仕方なかった。告白されたとき、嬉しくてしかなかった。抱きしめたいと思った。……もう、我慢できない。夕夏さんのせいだから…責任とって」



 そう言ってもう一度深いキスをする。絡み合う舌が熱い。和人の手が夕夏の衣服に伸びる。不思議と怖くなかった。むしろ、早く触れて欲しくてたまらなかった。和人の手が微かに震えているのを見て愛おしく思った。


 ありのままの姿になり、いたるところに優しくキスを落としてくれた。そして突如くる猛烈な痛み。ギュッと目を瞑り、そして開けるとそこに和人の顔があって不思議と痛いのに気持ちが良かった。

 その日の痛みを表すなら…“幸せ”

 それしかなかった。



「夕夏…愛してる」



 和人の声が、深く夕夏の耳に響いた。涙が溢れて止まらなかった。全身で叫んでいる。


 和人が好きだ、って。



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